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第1話 悪戯コネクト(1)

 大地も海も空も汚れた、この世界に未来はないと、誰かが言う。

 うっさい黙れやとあたしは言った。

 この世界にはなくたって、あの子たちにはあるんだと。






「ええん、首長会議やだよう。大勢のえらいひとの前で話すとかまぢ無理。世界が滅べば参加しないで済むのに……」


 目的地に近づくにつれ、トカゲがぶうたれてきた。このご時世でその冗談は本気できついので、あたしは「縁起でもないこと言いなや」と叱咤した。ついでに「大の男にぶりっこなんて似合わないわよ」とツッコむと、彼は、さっきまでガスマスク越しに見せていた、わざとらしい表情を崩した。


「お行儀よく輸送ヘリにも乗ってんだから、愚痴くらい言わせろ……で、ジュリはさっきからなにやってんの? 部下のお前が遊んでくれないから、上司の俺は退屈なんだが」

「上司のあんたが昨日も愚図ってなんの準備もしなかったから、部下のあたしが代わりにしてやってんのよ」


 言葉の節目を区切って、ちゃんと厭味《いやみ》に聞こえるように言ったのだが、トカゲにそれは効かなかった。座席に座るあたしの膝上五センチにまで積まれた書類の山が見えないわけはないだろうに、「そんなの置いといてしりとりしよう」などと寝惚けたことを抜かした。


「あたしたちにそんな暇ないでしょうが」

「え? 資料だってもう完成してるし、することなくない?」

「ちゃうわ。中身知らないだろうから確認しとけって話よ」あたしは手持ちの一枚を叩く。「実際しゃべるときどうすんの。あたしたちは七連を代表して来てんだからね。水瓶の整備に、薬座《ヤクザ》の繊維事業、防災行政無線の発掘、そのための資金援助要請、エトセトラエトセトラ。発言すべきことは山のようにあるでしょ」


 あたしが眇めても、目の前のトカゲはどこ吹く風で、窓枠に頬杖をついて外を眺めるだけだった。挙げ句、「乗りっぱな(、、、、、)はしんどいわ~」なんてぼやいている。

 そんなに地上が恋しいなら、いっそヘリから突き落としてやろうか……よっぽどそうしてやろうと思ったが、こいつが死んで困るのはあたしだけじゃないんだと思えば、踏みとどまることができた。

 このトカゲという無責任男は、しかし、第二十三期オオサカの首長である。若くして首長の座につきながら他地域の首長とも渡り合う、オオサカの優秀な統率者(リーダー)であるはずなのだが、見てのとおり上司としては最悪で、首長補佐である私の仕事は、専《もっぱ》ら尻拭い。否、突然に押しつけられる無理難題に対して後始末では到底間に合わないので、先回りをして対応しなければならない。

 会議を欠席することこそないだろうが、会議を丸投げにされることはありうる。本当に勘弁してくれよ……と思いながら見つめていると、トカゲはしみじみとこぼした。


「相変わらず、トウキョウは空気がきれいだな」


 私たちの乗る、河豚《ふぐ》にプロペラをくっつけたようなこの機体は、二時間ほど前にオオサカを発ち、現在はトウキョウ上空を飛行しているところだ。

 今日のトウキョウは天気がよく、黄ばんだ煤煙も溶けてゆくような、まばゆい鼠色の空をしていた。


「ジュリも見てみ。街並みがはっきりくっきり見える。オオサカとは大違いやんけ」

「オオサカだけじゃないでしょ。どこも空気汚染がひどいし、」あたしは自分の顔のガスマスクをこんこんと小突く。「これ(、、)がいらないのなんてトウキョウくらいだわ」

「いいよなあ、空気清浄機……先人たちの文明の利器か。五十年くらい前はさ、オオサカよりもよっぽど、トウキョウは空気が汚い、って言われてたんだと。時代は変わるもんだねえ」


 五十年前。

 冗談でも縁起でもなく世界が滅亡しかけたのも、ちょうどそのころの話だった。

 当時の地球も、温暖化とか気候変動とか、様々な環境問題を抱えていたようだが、そんな問題なんて鼻息で飛ばせる大問題と衝突した。

 文字どおり、衝突した——隕石落下(メテオインパクト)である。

 それも、石ころ二つ三つなんていう生易しいものではなくて、大地が穴ぼこだらけになったり、海水が干上がったり、その結果、異常気象に見舞われたり、ガスや放射線が充満したり、食糧危機に瀕したり、とにかくありとあらゆる環境問題が取り返しのつかないほど促進させられたりと、これまで築きあげた文明がしっちゃかめっちゃかになるにはじゅうぶんな規模のものだった。


「インパクト前から地球滅亡の危機を予見していた人類は、宇宙に逃げて実験したり、隕石の撃墜機を開発したり、深海に身を潜めて国を作ったりと、とにかくいろいろしてたらしいけど、どれもこれも上手くいかず……いや、一個だけ成功したんだっけか?」とにかく、とトカゲは続ける。「結局はインパクトから逃れられずに、まんまと直撃された。直接攻撃された。隕石に殴られたのを皮切りに、大地や海や雨や光、遍《あまね》く自然に叛旗(はんき)を翻された人類は、有害物質に汚染されまくって惑星のほぼ全土が居住不能地域(アネクメネ)化した爆心期を、それでもなんとか生き延びなきゃならなかったわけだ」

「生き延びつづけてくれた先人には感謝しないとね。外気に触れれば死亡(アウト)っていう絶望的な状況から、ガスマスクをつければなんとかってとこにまで立て直してくれたんだから」

「そこは素直に感謝したいけど、その先人が厄介なんだよな。爆心期を生き延びて首長の座に収まってるジジイは、ハングリー精神が違う。俺はオオサカが搾取されないようにするのでやっとだよ」


 かつては一つの国だったというこの列島連邦も、現在では三十余りの地域に分断されている。それぞれに首長を掲げることで自治をおこなっていて、オオサカではトカゲが首長の座に就いているように、他の地域でもそれぞれで首長を擁立していた。

 首長会議とは、各地域を代表した首長たちの集う、定期的な報告会談のようなものだ。しかし、実際のところは、各々の腹の探り合いであり、手前の得の取り合い。舌戦での攻防。この前の会議では、トカゲは危うく、水瓶(、、)の管理権を持っていかれそうになった。


「だから準備しろって言ってんのよ」あたしは話を戻す。「こっちの資料があたしたちからの提案書で、こっちの資料がまた相手から吹っかけられたときの反論と対応一覧。いくらオオサカが七連の頭領でも、水瓶の管理権なんて、シガやキョウトだって絡んでくるのよ。奪われでもしたら、あたしたちが村八分にされるわ」


 トカゲが「世知辛い」と言って大仰にリアクションを取ったとき、運転席から「間もなくポートです」と声がかかった。目的地である警視庁本部跡のヘリポートまで到着したらしい。

 脱いでいたモッズコートをトカゲが着こむのを見て、あたしも身支度を整えることにした。臍のあたりまで下げていたファスナーをぐっと引き上げ、ジャケットの形を正した。無造作に流していた髪はバナナクリップで一つにまとめる。グローブに覆われた拳を握っては開くと、手の甲にある拳鍔のような篭手が鈍く光った。

 あと少しで着陸しそうなところで、ヘリポートの塔屋から、二つの人影がこちらへと向かってくるのが見えた。トカゲが「お出迎えやん」と呟く。

 運転席へ指示を出し、ヘリのドアを開けさせる。分厚い機体によって緩衝されていたバラボロと鳴るプロペラの音が、一気に鼓膜を劈(つんざ)いた。

 ヘリが着陸するより一足先に、トカゲは地面へと降り立つ。

 書類などの手荷物を背嚢へと押しこんで、あたしもヘリから飛び降りた。

 少し遅れてヘリも着陸し、けたたましいプロペラの音が次第にやんでいく。

 塔屋から出てきた二人へと、トカゲは口を開いた。


「お久しぶりですね、イガラシ首長」


 わざわざあたしたちを出迎えたのは、第百一期トウキョウ首長である、イガラシという男だ。爆心期よりも前の生まれらしく、あたしやトカゲの歳よりも優に四回りは上のはず。ロマンスグレーの髪を持つ、針金のように細身の男で、頰のこけた風貌はいつ死んでもおかしくないほどだった。

 イガラシは表情を変えずに「元気そうだな、トカゲ殿」と返した。


「そちらもお元気そうでなによりです」

「はっ、私のようないつ死ぬかわからん老体でも、元気に見えると言うのかね。君はずいぶんと長生きしそうだ」

「いやだなあ。皮肉で言ったんじゃないですよ」トカゲはイガラシの隣を見る。「そういえば、前回お会いしたときと、首長補佐殿が違いますね。あの方はどうされたんですか?」

「ちょうど二週間前にくたばったよ。あれも歳だったからな」


 歳だった(、、、、)と言うものの、有害化学物質により人体がみるみる汚染されていく現代に、純粋な老衰は存在しない。爆心期前までは九十近くあったという平均寿命も、いまでは五十代半ばほどだ。

 それを鑑みれば、イガラシも前首長補佐もなかなかに長命だったが、補佐のほうは先に彼岸へと渡ってしまったらしい。あたしとトカゲは「お悔やみ申しあげます」と告げた。


「こいつは、あれの代わりに新しく入った首長補佐だ」

「ゴローと言います」イガラシに促され、男は自己紹介をした。「イガラシ首長よりお話は伺っています。オオサカのトカゲ首長と、ジュリ首長補佐ですね。このたびは遥々トウキョウまでようこそお越しくださいました。国会議事堂までの護送車を用意させていただきましたので、そちらまで案内します」


 イガラシの首長補佐・ゴローは、三十代くらいの男だった。ふわふわとした癖毛に、腰の低い態度、若々しい面差しも相俟(あいま)って、年相応の精悍さは感じられない。腰に佩《は》いた警棒がなければ、彼が首長補佐だとは、トカゲも見抜けなかったはずだ。トウキョウの首長補佐の座に就くのは、護身術を嗜んでいる者がほとんどなので。

 第百一期トウキョウ——その期数からも伺えるように、トウキョウは何度も行政部を解体しては再編成している。だが、どれだけ編成を改めようと、首長政権の反対勢力は必ず存在しており、膨らんだ不満や暴動の末、首長の命を脅すケースまであった。

 警視庁本部跡から、首長会議の場である国会議事堂までは、さほど距離もない。それなのに護送車を用意されるのは、イガラシ政権の反対勢力からの攻撃を恐れてのことだ。首長会議のためにトウキョウへ赴く際は、どの地域の首長補佐も、念のために、護身具や暗具を携帯している。

 一言で言うと、トウキョウは治安が悪いのだ。

 かつてブーメランの形をしたこの島が一つの国だったころ、国民の安全を一手に担っていたという警察組織は、いまや壊滅状態となっている。その残滓たる自警組織は各所に配置されているが、公的組織というわけでもない。

 このヘリポートたる警視庁本部跡にしたところで、あくまで跡地なのだ。イガラシ首長もほとんど手つかずにしていると聞いた。碌《ろく》な手入れもされておらず、いつ崩れるとも知れない。砂上の楼閣どころか、建物自体が砂である。

 無秩序が秩序であり、法治ならぬ放置——そんな、安全でなければ首都でもないトウキョウが、それでも首長会議の開催場所に選ばれるのは、ひとえに、空気清浄機のおかげだろう。


「そのマスクも外してくださってかまいませんよ」


 あたしはゴロー補佐から言われたとおりにマスクを外したけれど、トカゲは「これがないと落ち着かないので」と返した。

 これは首長会議でのお決まりのパターンだ。会議に参席する錚々たる面々の中で、どう控えめに言っても、トカゲは若手の部類に入るため、文字どおりのポーカーフェイスとして、マスクを活用しているのだ。

 さて。間もなく国会議事堂へと到着する。

 劣化した白があまりに侘しい建物で、ところどころは煤けたように汚れている。爆心期より前は木々の並んでいたというとおりも、いまでは更地の状態だ。そこを通り抜け、建物の中に入り、中央広間を抜けて、本会議場へと辿りつく。

 本会議場にはすでに他地域の首長とその補佐たちが到着していた。

 半円状に並べられた席には地方から馳せ参じた一行が、最奥に位置した雛壇のような席——所謂《いわゆる》議長席には、第七期ホッカイドウ首長が座っている。

 議長席に着くべきは、ホストであるトウキョウ首長のイガラシなのでは、とは、この場にいる誰一人として思うまい。全ての道は北へ通ず、という言葉があるように、列島連邦の事実上の首都をホッカイドウが担っているためだ。

 イガラシ首長とゴロー補佐は適当な席に座り、トカゲとあたしもその近くの席に座った。全員の着席が確認できたところで、ホッカイドウ首長が「本日もお集まりいただき、誠にありがとうございます」と口を開く。


「本来ならば、このような挨拶は、私ではなくトウキョウ首長であるイガラシ氏に一任すべきでしょうが……恐れ多くも皆さまの後押しもあって、不肖私がこの席に居座らせていただいております。ご容赦くだされ」


 恰幅のいい白髪の男・ホッカイドウ首長は、ご機嫌に笑った。

 皆さまの後押し(、、、、、、、)》などと、その髪のように白々しい。勢力に物を言わせてのさばっているだけだ。しかし、そのような反論が起こることもなく、ホッカイドウ首長の独壇場となる。


「いまから約五十年前、この地球に災厄が降りそそぎました……忘れもしません、この老いぼれも、まだ成人にも満たない少年でした。世界の終わりだと、誰もが信じて疑わなかった。私はこうして生き永らえることができましたが……環境が乱れ、生態系が乱れ、その過程で、人間を含む生物の多くが死に絶えました。けれど、我々は抗ったのです。強く、逞《たくま》しく、独立した地方自治により、その苦難を乗り切ることができました」


 否、独立したというより、断絶されたに等しい。爆心期当初はてんやわんやの状態で、交通網は壊滅的だったと聞く。

 そして、その断絶を逆手に取ったのがホッカイドウだ。広大な土地、豊かな自然、並外れて高い自給率、それに見合わぬ過密しない程度の人口。ゆとりを持ったまま周囲から隔絶したホッカイドウは、まるで地上に残されたたった一つの楽園のように、今日《こんにち》まで存続した。

 かつてこの国で二番目に自給率の低かったオオサカが、今日《こんにち》までしぶとくも生き抜いてこられたのは、当時の〝近畿連盟〟、現在の〝七連〟と呼ばれる強固な繋がりにより、列島連邦最大の湖である水瓶(、、)を確保できたからだ。

 爆心期当初は、放射能物質による汚染、著しい酸性化など、多くの問題を抱えていた水瓶だったが、周辺地域の協力により、濾過装置での浄水が可能となった。その一件から、浄水事業に加わった七つの地域は、互いの利益のため、資源の融通などの協力関係を結んでいる。

 ちなみに、かつてこの国で最も自給率の低かったトウキョウが、これまでしぶとくも生き抜いてこられたのは、運命の悪戯ならぬ、神の悪戯だと言われていた。


「人類が生き延びたことは奇跡に等しい、素晴らしい功績です……しかし、この老いぼれは、老いぼれだからこそ、知っています。爆心期以前の活気を取り戻すことは叶っていません。もう、隔絶の時代は終わりました。これからは、列島連邦の総力を以て、新時代を切り拓いていこうではありませんか!」


 儀礼的な拍手が喝采する。

 ホッカイドウ首長はにこやかに礼をした。

 近くに座っていたトウキョウ首長は「話が長い」と愚痴のようにこぼす。それを目聡《めざと》く見つけたホッカイドウ首長はイガラシ首長を見遣り、「トウキョウには期待しているよ、」と声をかける。


「トウキョウ区の至るところに設置された空気清浄機を、列島連邦の各地にも配置できれば、我々の繋がりはより強固なものとなるだろう」

「生憎と、難しいがね」イガラシ首長は肩を竦める。「インパクトにより、叡智を結集させた道具も、叡智を具現化するための設計書も、叡智そのものである人材も、全て失われた。現在《いま》の技術では、当時のような空気清浄機は再現できない。装置の解析計画の進捗も芳しくなく、今日の報告はそれくらいのものだ」


 こちらから提示できるものはなにもないと、イガラシ首長は膠《にべ》もなく、この会議の土俵から下りた。


「そもそも、トウキョウだけに装置の解析を負わせるのも無謀だったのだろう。各地域が一基ずつお預かりすることができれば、解析もスムーズに進むのでは?」

「言ったはずだぞ、イソガリ」イソガリとはホッカイドウ首長の名前だ。「設計書は失われている。元の状態を保持したまま、取りつけられた装置を移動させられる保証はない。壊れてしまっては元も子もないし、そんな博打に出られるほど、トウキョウは豊かではない」イガラシ首長は目を眇める。「前会議でも提案したことだが……ホッカイドウから食料物資を援助していただけるなら、不可能ではないだろう」

「イガラシ首長だけとは思わんが、各地域の首長はホッカイドウに夢を見すぎているように見えます。たしかにホッカイドウは、植物を栽培できるほどには土壌も回復しました。しかし、この島は元より火山灰による酸性土壌のため、作物は育ちにくい……特に今年は凶作で、どこの穀倉も余裕がない。自領を賄うのにやっとの状態なのです」

「奇遇だな、うちは毎年凶作だ。穀倉も、六つあるうちの半分は空だ」


 二人の首長の争いはその後も続いた。まさにデッドヒート。他地域の首長も補佐も、「落ち着いてください」と水を差すことはなく、むしろ「どうかその火の粉うちにが飛んできませんように」と唱えていたはずだ。なので、ホッカイドウ首長が「そういえば、」と言ってこちらを向いたときには、あたしも内心でどぎまぎした。


「今回の会議では、オオサカのトカゲ殿が、七連を代表して来てくださったのだとか。七連は水瓶を所持する潤沢な組織ですし、今日はよいお話が聞けると期待していますよ」


 水瓶の名を出したあたり、ホッカイドウ首長の目的は明白だった。

 しかし、トカゲは動じずに、「もちろんです」と目を細めた。顔の下半分はガスマスクをつけているため見えない。いっそ飄々として見える顔色で、トカゲは言葉を続ける。


「ホッカイドウ首長のお話には胸を打たれました。さすがは爆心期を生き抜いたおひとだ。見据えるものが違います。たしかに、現在の我々に必要なのは、列島連邦内の強固な繋がりと言えましょう……よって、オオサカからは、瓦礫や廃墟に埋もれてしまった防災行政無線の発掘を提案したいと思います」


 この会話の流れを利用し、トカゲが仕掛けた。

 話を逸らされたと思ったらしいホッカイドウ首長は、「無線か」とわずかに眉間を渋めたけれど、トカゲは毅然と返す。


「連絡網の復興、と言うほうが適切でしょうか。七連に加盟しているヒョウゴが繊維業を盛んにおこなっていることは周知でしょうが、その事業の延長として、有線連絡網の開発にも取り組んでいます。成功すればヒョウゴから七連へ、七連から列島連邦へと広めていきたいと考えているのですが……それもいつになるかはわかりません。革新も大切ですが、温故知新、すなわち、埋もれた利器の再利用こそ、現実的な打開策になると思います」


 輸送ヘリの中では資料を確認する姿など見えなかったというのに、よくここまで口が回るものだ。否定のしづらい真っ当な意見を述べている。そのうえで、あとで話題に出しやすくするためのフックとして、繊維事業の話まで織りこんだ。さすがは顎から先に生まれた男。舐めたらあかん。オオサカ首長は伊達じゃない。


「ふむ……たしかに現在の技術では電話機器の開発も難しい。トカゲ殿の言うとおり、無線という連絡手段があるに越したことはない。しかし、それはそのように優先すべき事項だろうか」

「最優先事項です。トウキョウが解析計画の拡大のため、各地域の協力を仰ごうとも、ホッカイドウが豊作となり、食糧を分配できようとも、円滑に事を進めなければ頓挫してしまいます。互いに協力する時代を作ろうと言うのなら、連絡網の復興は欠かせません」


 淀みなく話すことで、会話の主導権を握れた。

 上々だ。ここから一気に資金援助の話にまで繋げられれば!


「共に手を取り合いましょう。輝かしい未来のたびゃっ」


 と、流暢にしゃべっていたトカゲの顔に、泥団子が飛んできた。


「……は?」


 ついでにその泥飛沫があたしの頬にも跳ねた。ざらついているのにぬめっとした不快な感触。威力行為と呼ぶにはあまりにお粗末だったが、首長会議の場であることを踏まえれば極めて悪質だ。

 突飛なことに反応が遅れたものの、あたしは泥団子の飛んできたほうを振り向いて——驚いた。

 首長会議の場に、子供がいる。

 カラフルなパーカーを着こんだ、いたずらな顔の少年だ。大きなフードに隠されたその髪は、錆のような赤だった。そんな彼が持つのは玩具《おもちゃ》のシューターガン。次弾の泥団子を装填しながら、舌を打つ。


「ちっ、外したか!」


 外しとらんわ。

 内心で入れた私のツッコミとは別に、背後から笑い声がする。ぎょっとして振り返ると、いつの間にか、円形に並べられた議席の最後列に、これまた見知らぬ少年が腰掛けていた。

 赤錆の髪を持つ少年と色違いのパーカーを羽織っている。服装どころか髪まで色違いなのか、さながら青錆のような色をしていた。手に持っているのは、泥団子の装填されたシューターガン。少年はくすくすと笑っていたのを止めて、突っ返すように言う。


「ミクロの動きはわかりやすすぎ。そんなんじゃ当たんないよ」

「ほざけ!」


 ミクロと呼ばれた赤錆の髪の少年は、青錆の髪の少年に強く反論して、再びその銃口を向ける。そこで、我に返ったらしいイガラシ首長が「ミクロ! ヨハク!」と声を荒げた。


「今日は首長会議があると言ったはずだ。邪魔をするな!」

「だってさあ、話長すぎ」

「我慢してたけど、こっちだって白熱しちゃったんだもん」

「大人って勝手だよな。お前らの都合なんて知らねえよ。もっと時間を有効的に使って手短に済ませてほしいね」

「それに、あんなのも避けられないなんてどうなの?」


 青錆の髪の少年は挑発するように肩を竦める。

 ゴロー補佐は「オオサカ首長になんてことを、」と身を乗りだしたが、そんな彼の背中も泥団子で打たれた。ベチャリと音を立てて大きく潰れる。

 その犯人に気づいたのは、少年たちが先だった。短く悲鳴を上げたゴロー補佐も無視して、「えっ、おい、イチル! いまのは反則だぞ!」「いまイガラシと話してたのに」と非難する。

 二人の振り向いた視線の先を追うと、また違う少年がいた。彼らより少しだけおとなびた、茶けた髪色の男の子だ。イチルというらしい彼は「ごめん、つい」と笑った。


「でも、俺にかまってる暇はないよ。もうすぐ、ニィナとレーヨンが追いつく」


 イチルの言葉に、「「げっ」」という色違いの声が重なる。

 幾許《いくばく》もなく、本会議場の後方の扉が開け放たれた。


「みーつけた!」


 と、溌溂な少女の声が響く。

 眩しい髪を持つ薄着の少女が、覆面を被った子供——おそらく少年だ——に抱えられたまま、やはり、シューターガンを構えていた。

 そこからは、まさに、泥試合だった。

 阿鼻叫喚。突然現れた五人の子供たちに、この場にいる大人はなすすべもなく嬲られた。まるで砲弾のように飛び交う泥団子。血飛沫のように飛び散る泥水。特に泥水鉄砲が最悪で、資料は全部ずぶ濡れになった。会議どころではないてんやわんやだ。


「世話係《シッター》はどうした!?」

「過労で倒れました!」


 イガラシ首長とゴロー補佐が遠くで叫ぶ。誰のものかわからない、「食らえ! 泥団子爆弾!」という声が鳴って、また一つ、泥が弾けた。難を逃れるために、机の下に隠れる者もいた。あたしはトカゲを匿いながら、この惨における諸悪の根源どもを見る。


「こら待て、ニィナ!」

「やっだよう!」


 この子供たちはいったいなんなんだ。会議を滅茶苦茶にしておいて、大人を混乱に陥れておいて、ただ無邪気に遊んでいる。

 子供たちはゴムまりみたいに、机の上をあっちこっち飛び移った。

 その身体能力は驚愕どころかいっそ凶悪だ。ていうか行儀が悪い。


「ちょ、あんたら、」


 いい加減止めに入ろうとしたところで、赤錆の少年が、あたしのまさに目の前を通る。すると、泥水でびちょびちょになった資料に足を取られ、少年は「わっ」と宙を舞った。

 咄嗟に、腕を出す。

 泥と水でぐちゃぐちゃのまま、なりふりかまわずに、あたしはその少年を抱きとめた。

 その勢いにつんのめって、踏鞴《たたら》を踏む。思わずぎゅっと力をこめれば、その見た目どおりに軽く、生々しい重みが、腕の中に沈んだ。

 少年と一緒に舞った紙がばさばさと床へ落ちていく。

 危なかった、と受け止めきれたことに安堵した。あたしは抱きしめた少年の肩を掴み、その顔を見つめながら怒鳴りつける。


「テーブルの上に乗んな! 落ちたら怪我するやろ!」


 たちまち、しんと静まり返った。

 目の前の赤錆の少年も、全身がスポンジにでもなったみたいに、あたしの怒声を吸いこんでいた。瞠《みは》った目は、瞬きもせず、ただじっとこちらを映す。間近にした彼の顔は無防備で、頬に貼ったペイントシールも、瞼や顎に散った泥も、全部があどけなかった。

 あたしは他の子供たちも見回す。


「あんたたちも! 泥団子なんか、目に入ったら下手しい失明するんだからね。痛いって泣いても遅いわよ。遊ぶなら、もっと別の遊びを、別の場所でやんなさい!」


 さっきまでの暴れん坊が嘘のように、少年たちは、ぽかんとしていた。まるでなにを言われたのかわかってないみたいに。

 怯んでくれてもよかったけれど、その反応は予想外だ。たっぷり溜めこんだ静寂に、あたしが内心で狼狽えていると、ホッカイドウ首長が声を上げた。


「…………会議は一時中断としましょうか」


 会議の長として、休会を申しでた。こんな悲惨な状況で会議を再開しようとはさすがに思わなかったらしい。

 ホッカイドウ首長はしみじみと言葉を続ける。


「いやはや、トウキョウには、興味深いものを見せていただきました」


 意外にも皮肉の色を含んではいなかった。それは、真実、この事件を起こした子供たちが、興味深い対象だったからだ。

 あたしもトカゲも、ホッカイドウ首長の言葉を聞くまで、この少年少女らの正体など想像もしなかったけれど。


「なるほどなるほど……この子供たちが、噂の《神の落とし子(チルドレン)》ですか」


 チルドレン。

 先人たちの遺した人間遺産。

 宇宙空間でおこなわれた実験により誕生した、子供たちである。

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