第15話 きらきら光るエレメノピー(4)
「やっとコネクトできるのが見つかったんだ!」
ヨハクは見たことないくらい嬉しそうな顔をしていた。ニィナと顔を見合わせて、こうしちゃいられないとばかりに、あれだけ嫌がっていた豆をもぐもぐと口の中に詰めこむ。ニィナと一緒にうげえうげえと苦い顔をしながらも、勢いよく飲みこんでいった。
「よく見つけたな、レーヨン」あたしの隣にいたミクロがレーヨンへ駆け寄る。「どこにあったんだ?」
「軍港」
「嘘だろ。海水に耐えた船があったのか?」
「船じゃなくて、空軍の戦闘機。けっこうあった。もう飛ばしてる」
「さすが、仕事が速い」イチルはあたしを振り返る。「ジュリちゃんもちょうどいるし、今夜、やっちゃう?」
再びみんなが顔を輝かせる。
レーヨンまでぱっと明るくなった気がした——と思ったが、気のせいではなかった。
レーヨンの瞳がひときわ強く青白んでいる。
あたしは逆に顔を青白くさせた。
「ちょっとちょっと、不穏な言葉が飛び交いすぎたんだけど、あんたらなんか悪巧みしてんじゃないでしょうね?」
「悪巧みだって」
「失礼しちゃう」
「俺たちはジュリの真似をしてるだけなのにな」
こんなときばっかり気の合う三人——ヨハク、ニィナ、ミクロだ——は、おすまし顔でいた。あたしの手にあったトレイを掻っ攫い、どこからともなく用意したバスケットに詰めなおしている。
ていうか本当にどこから用意したんだ。嘘みたいに早い動作である。
あたしは飄々としているイチルを眇める。
「あたしの真似って、どういうことよ?」
「宇宙を見に行くんだよ」
へ、とあたしが漏らしたとき、レーヨンがあたしのほうに近づいてきた。覆面越しの瞳が、あたしをじっと見つめては瞬いている。
レーヨンはあたしの脇に腕を通したかと思えば、ひょいと脚まで持って、あたしの身体を抱きあげた。
「捕まってて」
言うが早いか、レーヨンはその場をばびゅん》と離脱した。
世界が一気に後ろへ流れていく。超人的で爆発的なスピード。あたしを抱えたまま、レーヨンは狂ったように駆け走った。
そういえば、はじめて会ったときも、ニィナを引きずったまま、とんでもない速度で移動してったんだっけな。そんな遠い感想さえも踏み砕いていくように、レーヨンは皇居から飛びだしたのだった。
元気よく「びゃーっ!!」なんて叫べたのは最初だけだ。息も詰まりそうな圧力を体に受ける。風に晒せれる手も耳も裂かれそうなほどに冷たくて痛い。あたしはがっちりとレーヨンに抱きつきながら、どうしてこんなことになったのかと考えていた。
「レーヨン、減速して。ジュリちゃんが潰れちゃう」
ふと近くでイチルの声がした。たちまち走る速度は落ちてゆき、体に受ける圧力も緩やかになる。あたしがそっと顔を上げると、厚着をしたイチルが並走していた。その後ろにはバスケットを持ったミクロと、ニィナ、ヨハクの三人もいた。
「ジュリー! ニィナも抱っこして!」
「ニィナはこれが抱っこに見えるの? しがみついてるんだよ。笑えるね。ジュリってば振り落とされたくなくて必死」
「ジュリさんのことは絶対に落とさない」
「驚かせてごめんね、ジュリちゃん。でも、そんなに怖がらなくても大丈夫だから、とにかく俺たちについてきて」
ついてくるもなにも、こうやって攫われてるんだからどうしようもないだろうが。こちとら食堂についた途端にこれだったんだぞ。
「待てい! とにかく一から説明しなさいよ、あんたら!」
舌を噛みそうになるのも恐れずにあたしが悲鳴まじりに叫ぶと、彼らは「一からぁ?」「しょうがねえな」と口々に言った。
「ジュリはさ、そもそも俺たちのコネクトをどう思う?」
「はあ!? 急になんやねん!?」
「理不尽。一から説明してんのに」
「文句言う前に最後まで黙って聞いたら?」
色違いの双子が同じ表情をする。
なに? あたしが悪いの?
あたしの不満や不服も置き去りに、ミクロは話を続ける。
「俺たちチルドレンの脳は爆心期より前の文明の利器にコネクトできる。インターネット・オブ・シングスの名残だかなんだかとは言われてるけど、そのインターネットとやらは爆撃されずに済んだのかって話。そんなわけねえよな。ありとあらゆる通信機器、通信機能は隕石にぶちのめされた。プロバイダだって壊滅。当時の海底ケーブルも強酸性の海に融けて水の泡。空に上げた通信衛星だって、人の手入れもなきゃ朽ちる。ていうか、この分厚い雲に覆われてるんじゃ通信も阻害されちまうよな」
そう言って、ミクロは汚い空を見上げた。
月も星もなにも見えない、ただエアロゾルに塗りつぶされただけの暗い夜空。
「つまりさ。まぐれの電話は本当にまぐれなんだよ、なんで繋がってんのかわかんねえのに繋がってんだ。じゃあ、なんで俺たちだけが、こんなにも自由に接続できるのかっていうと、通信可能な回線を見つけるアンテナを張ってるからなんだ。まあ、理屈はもっと複雑で、それがあってもすぐに見つけられるもんじゃねえんだけどさ。よく使うコネクトラインならまだしも、戦術高エネルギーレーザーだぜ? 産まれて初めて探したし、すんごい時間かかった」
「しかも、そんなレーザーを搭載してるものなんて、戦艦くらいのものだと思ってたからさ、」イチルがミクロに続く。「強酸性の海の中を生き抜いてる船か、陸にあるのばっかり探してたんだ。それでもやっぱり見つからないから、ドローンをあちこちに飛ばして探ってたんだけど、まあ収穫はゼロだった。そもそもレーザー以外の方法を考えるべきなのかなあって悩んでたところだったんだけど……さっきレーヨンがやってくれたってわけ。さすが。純粋な情報処理はレーヨンが一番得意だもんね」
ヨハクが「泳ぐのは苦手だけどね」と鼻で笑った。
「ちなみに、レーザーに着目したのはヨハクのアイディア。ニィナの電磁投射砲を使うっていうアイディアも悪くなかったんだけど、演算上で、弾きだした高熱弾道で本当にエアロゾルが流動するほどの風速を出せるかっていう不安と、あるいは局所的なスコールが起こる可能性の二つがあったんだよね」
「あとなによりも電力不足。いくら僕たちでもそんなにチャージできるわけないじゃん」
「ふんだ。ニィナはできるもん」
「いや、いくら体力おばけのニィナでも、それは無理でしょ」
「ニィナでも無理だ」
「レーヨンまで酷い!」
「残酷なのは僕じゃなくて現実」
「ちなみに、レーヨンのコネクトした戦闘機に搭載されてるのはフッ化重水素レーザーだってさ。演算上はなにも問題ないはずだけど、万が一、失敗していろいろだめになったらどうする?」
「そのときは潔くイガラシに怒られようぜ」
あたしにはまだ、彼らがなにを企んでいるのか、理解できていなかった。けれど、明白なことが一つある。彼らはあの日と同じ浜辺へ向かっていて、もうすぐ辿り着こうとしている。
相変わらずホタルは星空のように輝いていた。あたしたちは波の音を聞きながら、網膜を焦がすほどの光を、文字どおり目いっぱいに受けた。
あたしはレーヨンを見た。その目は皇居跡を飛びだしてからずっと煌々としている。
「……よくわかんないけど、レーヨンはその戦闘機とやらにコネクトしてるのよね?」
「うん」潮風の冷たさに縮こまったイチルが、あたしを抱えるレーヨンの背後に立つ。「もうすぐこっちまで来るよ。ニィナ、ミクロ、操縦を手伝ってあげて」
ニィナとミクロは頷いた。その瞳がレーヨンと同じように光り輝いた。二人ともどこか楽しそうだ。ヨハクはそんな二人を焦ったように見つめる。
「いや、もしかしたら、演算どおりにはいかないかもしれないからさ、もしだめだったとしてもあんまり気落ちしないでおこうね?」
「ぐちぐちうるせえ、ヨハク」ミクロが光る眼で睨んだ。「この方法でやるって決めただろうが。成功する。そうだろ? レーヨン」
「うん」レーヨンは続ける。「きっとなにもかも上手くゆく」
レーヨンの揺るぎない声は、まるで絶対の自信が宿っているみたいで、ヨハクを励ましたように、あたしには聞こえた。
「ジュリさん、空を見て」
これからなにが起こるかもわからないまま、あたしは空を見上げる。
眼下の海とは打って変わった、生気さえ奪うような沈黙の色だ。成層圏にまで溜まったエアロゾルによって、この地球上には太陽の熱も光も届きにくくなった。太陽どころか月も星も、この世界には届かない。汚く淀み、塗りつぶされただけの無機質な闇。
その分厚い雲の波間を滑るように、いくつかの機体が空を切る。この子たちの操る機体であろうことは悟った。こんな夜更けに航空ショーでもしようというのか——あたしが目を瞬かせたところで、なにかが爆ぜるように光った。
「えっ——」
闇を貫くような光線。まるで夜空をキャンパスにした落書きのように、幾線と轟き乱反射する。
超常的な光景は、まさしく神の悪戯。あたしたちにどれだけの文明があろうと、この圧倒的な驚異にはきっと歯が立たない。ともすれば、世界の終わりだと見紛うような、あまりに幻想的な光景だった。
けれど、現実は、そんな幻想さえも凌ぐ。
光線で切り裂かれたエアロゾルの隙間から、それが覗いた。
爆心期から隠されてきた憧れの彼方——雲を散らす光の剣戟より、エアロゾルの焼ける眩さより、この世のなにより神々しくて煌びやかな光の大合唱。
本物の星空が、あたしたちの視界を占領した。
「う……っわああああ!」
感嘆の声を漏らしたのは、あたしではなかった。ニィナが声をひっくり返しながら飛び跳ねている。ミクロとヨハクは黙って見上げながら、静かにハイタッチをした。イチルも呆然とした様子で「宇宙だ」と呟いた。
あたしは感動のあまりに息を吸いこんだ。
「綺麗……」
そんな言葉でしか表現できなかった。
いままで見てきたもののなかで一番美しい。
きらきらリトルスター。
夜空のエレメノピー。
夜空に開けた大穴の向こう側は、絵にも描けない美しさだった。
海を煌めかせるホタルまで瞬いて、どこもかしこも眩しかった。本当に宇宙にいるみたいだ。五人があたしをここに連れてきた意味に、そっと気づく。
「どう? ジュリー」
てってと近づいてきたニィナがあたしを見上げる。
あたしは光を噛み締めながら「最高。すごい」と振り返った。
「あんたたち、これのために?」
「これのため?」ニィナは青白さの残る瞳を瞬かせた。「ジュリーのためだよ?」
ニィナの言葉に続くように、「ジュリさんが喜ぶと思って」「きらきらしてると、幸せな気分になるんだろ?」と口々に声が上がる。
今度はあたしが目を瞬かせる番だった。
自分がどんな顔をしているかまでは意識できなくて、けれどそんなあたしを見て、ヨハクは「ははっ」と楽しそうに笑った。
「ホタルの海なんかで満足してるジュリを、アッと驚かせようと思ってさ。ご覧よ。これが本当の宇宙だよ」
あたしは再び満天の星空を見上げる。潮風に晒された鮮やかな光は目に痛いほど眩しくて。
こんな美しい星々の下であたしたちは産声を上げたのだと、我が身を誇らしく思ったほどだった。
——失った色を、君たちにも見せてやりたいとは思う。
いつかイガラシ首長が言っていたことを思い出す。あのひとも、昔、こんなに美しい色彩を、光を、目に焼きつけたのだろうか。それをあたしたちにも見てほしかったのだろうか。あたしがこの子たちに見せたかったように、この子たちがあたしに見せてくれたように。
「……いつもありがとう、ジュリちゃん」
お礼を言うのはあたしのほうなのに、イチルはそう言った。
イチルの言葉に四人は続く。
「ジュリが俺たちの世話係になって、もう一ヶ月くらい経っただろ? これまでのやつらと比べたら、よくがんばってるんじゃねえの?」
「あくまで臨時だし、ジュリがいつまでここにいてくれるかはわかんないけど、日ごろの感謝をこめて。僕たちからのプレゼントだよ」
「どう? ジュリー、嬉しい?」
「う、」あたしは感極まって声が詰まった。「嬉しいに決まってる」
だって、この子たちは、あたしのためにと動いてくれたのだ。そう思ってくれたことがもうすでにたまらないのに、こんなに素敵なものを見せてくれるなんて。
レーヨンは「よかった。ジュリさんが喜んでくれて」と言った。
銀色の頭で、無機質な喉で、けれど、等身大の心でレーヨンがそう言ってくれたから、きっとそうなんだと思えたから、あたしは破願した。
イチルも「うん。本当に、喜んでくれてよかったよ」と苦笑する。
「本当は、もっと形に残るものとか、価値のあるものとか、そういうものをあげられたらよかったんだけど……ごめんね」
「そんな、謝らなくても、」
「俺たちには、こんなことしかできないから」
イチルの言葉にはもどかしい切なさが滲んでいた。
笑いながらも、そこには壮大な無力感が植わっている。
レーヨンもニィナも、ミクロもヨハクも、なにも指摘しない。むしろ、彼らの顔に浮かぶのは、イチルの言葉を裏づけるような安らぎだ。自分たちの精一杯を褒めてもらえたような、拙い誇らしさ。
だから、それは謙遜でもなんでもなく、本心から言っているのだと、あたしは悟ってしまった。
こんなこと、なんて。
あたしのために星空を用意してくれたのは絶対に偉業と言えることだ。こんなこと、きっと彼らにしかできない。
あたしのためにという気持ちだけで、この光景を見せてくれた。あたしはきっと今日という夜を忘れない。それくらい嬉しくて、感動したのに。
それなのに、当の彼らからしたら、こんなことで終わってしまう。
星空を見せるなんて、世界からしてみれば、なんの役にも立たないことだから。
彼らはチルドレン。この世界を生き抜き、背負うことを希望された、未来ある子供たち。世界のためにと求められたから生まれて、望まれたから生きている。
雨の日の鬼ごっこも、海での怪獣退治も、武装した敵勢力との抗争も、彼らの担う仕事は全て、誰かのためになることだった。
チルドレンであることが存在価値なのではなく、存在理由そのものなのだ。そうして使い潰されるのを悟りながら、先人のしがらみに囚われつづけている。なにもできない、無力な子供たち。
「そろそろイチルが凍死しそう」
「帰ろっか、ジュリー」
自分たちはなんのために生まれたのかだとか、なにをすべきかだとか、そういうことはどうでもよくて。
あたしはここを去るまでに。
この子たちに、どれだけのことを。
どんなことを。
ゴローさんから、オオサカから連絡があったと聞いたのは、あの子たちに連れられて星空を見た日から、数日としないうちだった。
あのあと、トウキョウ湾の上空にエアロゾルの穴が開いていることが明るみになり、発覚と同時にイガラシ首長からお叱りを受け、一緒に平謝りして、でも、星空を見たという話を聞いてイガラシ首長がなんとなく羨ましそうにしていて、それが少しだけおかしかった。
寒さの研ぎ澄まされていく夕暮れ。トカゲと繋がっているというまぐれの電話をあたしは受け取った。電話口のトカゲは挨拶もそこそこに、あたしへと告げた。
『空気清浄機の解析が終わった。お前の臨時世話係もお役御免だ』
七連の技術班がかなりがんばってくれたらしい。実際の製造、設置、運営などを考えると、先は遠いという話だが、オオサカひいては七連にとって大きな前進だったことは言うまでもない。
『トウキョウのゴロー補佐が言うには、次の世話係も見つかりそうだって話だ。ジュリのいないあいだ、こっちはてんてこまいだったし、お前もそろそろ子供のお守りには飽きてるころだろ。お疲れさん。今週中にでもオオサカに戻ってこい』
オオサカの首長補佐であるあたしがこれ以上ここにいても、なんのメリットもない。
あたしはあくまで繋ぎとして、あの子たちの面倒を見ていただけだから、こうなることは最初からわかっていた。だけど。
「……トカゲ、あたし、もう少しここに残っちゃだめ?」
あたしの言葉に、トカゲは『はあ?』と素っ頓狂な声を上げた。
『なんでまた』
「もう少しあの子たちのことを見てたいの」
『はあああ?』トカゲは少しだけ声を荒げた。『昔っから責任感強かったけど、そこまで? 真面目すぎやろ。どうせ臨時の世話係なんだから、放っぽりだして戻ってくればいいのに』
「責任感っていうか……あの子たちが気になるだけよ」
トカゲは『ふうん』とこぼす。淡々としているようでわずかに閃くような絶妙な調子。
あたしにはわかる。トカゲは疑っている。
『お前にも母性ってもんがあったんだな。情でも移ったか』
「そりゃあね。ずっと身近にいれば、情くらい湧くっての」
『俺を補佐するのも投げ打つくらい?』
「ずっとこっちにいようってわけじゃないわよ。あたしの仕事はずっとオオサカ首長補佐だし、あんたに命令されなきゃ臨時の世話係にだってならなかったもの」
『あのクソガキどもにほだされるなんて思ってもみなかったんだよ』
「〝自分たちはまだなにもできない子供なんだって教えてやれ〟……あの子たちの世話係になるって決めたとき、あんたはあたしにそう言ったわよね」
あの子たちはまだ幼くて、分別もなければなにも知らない。なにも知らないのに、なんでも知っているふりをして、調子に乗って、驕り高ぶって、大人の手を焼かせるような、滅茶苦茶な子供たちだった。
「でも……」
だけど、人類の希望と謳われ、そうあるべくして生まれたから、あの子たちは大人が思っている以上にずっと賢くて、聡くて、理解していて、そして、もどかしいほどなにも知らなかった。
怪我をしてほしくないがための叱責、自分よりも大きなものからの抱擁、誰かに優しくする方法、不安の取り除きかた、励まし、ご褒美。あたしなんかでもあげられるものを、彼らは一つだって知らなかった。
それが心配でたまらなくて、この子たちになにを教えられるだろうって。こんな世界でチルドレンなんてたいそうな称号をつけられたばっかりに、自分たちはただの子供なんだってことを知らないから。
だから、あたしは、
「自分たちにもできないことがあるって知ってほしいのと同じくらい、自分たちはなんでもできるって思ってほしい」
こんなことしかできないなんて、なんにもできないなんて、そんなのは嘘だ。
だって、あの子たちはまだなにも知らないけど、これからなんだって知ってゆける。なんだってできる。
この世界の未来を、これからも生きていくのだ。
『……お前は、そのガキどもの親にでもなったつもりか?』トカゲはいよいよ声を低くして言った。『あいつらはただのクソガキやない。神の落とし子にして禁忌培養児。驚異的な力を振るう、第百一期トウキョウの影の支配者。人類の希望にも絶望にもなりえる。俺らの手には余るんや。触らぬ神に祟りなし。そっとしとけ。それともお前は、あいつらを懐柔して、自分の言うことを聞かせれるって思っとんか』
そういう話じゃないのだ。あたしはあの子たちに特別なにかをしたわけじゃないし、本当はあたしの言うことなんて何一つだって聞かなくていい。わがままだって言っていいし、大人を困らせたっていいのだ。
たとえ、人類の希望として、その命は彼ら自身が生まれる前から、精密に演算され、仕組まれていたとしても。自分たちはなんのために生まれたのかだとか、なにをすべきかだとか、そういうことはどうでもよくて。
神の落とし子でも禁忌培養児でもなく、あの子たち自身にあたしが望むこと。
「あの目がきらきら輝いていて、その視線の先にあるものがあの子たちを幸せにしてくれていたら、それでいい」
今、言葉にして、はじめて形を得た気がする——あの子たちを見ては胸に抱く思い。侘しくて切なくて、なにかを祈らずにはいられない、そのなにかがこれだ。
「豊かな人間になってほしいの」
トカゲはなにも言わなかった。
だから、あたしは言葉を止めなかった。
「たとえば誰かを愛してみたり、愛されてみたり、壁にぶち当たったときに自分の力で乗り越えたり、あるいは誰かを頼ったり、逆に誰かを助けたり、些細なことにも楽しみを見出せたり、途方もないことにも関心を持てたり、ひとの優しさや強さを尊いと感じることができたり、自分のしたいことを見つけられたり、あたしがそばにいなくても強くたくましく生きていけたりする……そういうことをあの子たちに望むのに名前が必要なら、あたしはあの子たちの親でいいわ」
溢れてやまない言葉を言いきってから、実感した。これから先の未来で、あの子たちには笑っていてほしい。幸せになってほしい。そんなありきたりなはずの祈りさえ、叶えるのが難しい世界だから。
ずっと押し黙っていたトカゲだったが、ややあってから『はあ』とため息をついた。呆れたような、けれどおかしくて笑ってしまったような、どこか柔らかい余韻。
『ほんっまにあほやなあ、ジュリ』
どこか聞き覚えのある言い草に、あたしも苦笑した。トカゲが何度も『あほあほ』と野次るので、いよいよ「やかましいのよ」と切った。
『俺もどうしようもない部下を持ったもんだ。親の顔が見てみたい』
「誰に似たんだかね。親じゃなくて上司かもしれない」
『ま、ええやろ』トカゲは頷いた。『どうせ、いきなりこっちに戻ってこいっていうのも難しい話だったし。そっちだって引き継ぎとかあるんだよな?』
「うん。だから、次の世話係に安心して任せられるようになるまでは、こっちに残ることにするわ」
『ガキどもがかわいいからって長引かせんなよ』
「誰に言うとんねん」
『あほに言うとんねん』
再びトカゲは『あほ』と私を罵る。
何度も言われては耳障りだし、嫌がる理由もわかるのだが。
その言葉はあたしたちにとって、限りなく〝愛しい〟に近いものであることを、あの子たちは知っているだろうか。




