第13話 きらきら光るエレメノピー(2)
あたしとゴローさんの会話を聞いたヨハクは、左右で色の違う目を瞬かせながら、「抗争って?」とゴローさんに尋ねた。
「親元から枝分かれした組織同士がホトケユリの利権を巡って対立したようです。おかげで、生薬の製造は一時ストップ。トウキョウの各所で抗争が起こってます」
またもや知識不足というか、事態の把握に困る対話が、あたしの目の前で繰り広げられた。
あたしは「あのう、」とおそるおそる手を挙げた。申し訳なさと、純粋な疲れとで、それはあまりに力ない挙手となる。
「トウキョウの薬座って枝分かれしてるんですか?」
「ああ。七連の薬座とはまた違う形態ですよね」ゴローさんが気づいたように言った。「七連の薬座は、ヒョウゴによる巨大な一個の完全組織でしたっけ。ヒョウゴの山地だけでなく、キョウトやシガの山地も管轄していると聞きました」
ヒョウゴの薬座は実に巨大で、その勢力をヒョウゴ外にも伸ばしている。と言っても、ヒョウゴがキョウトやシガを侵略したという話ではなく、純粋な管理権移譲だ。山地が地続きになっていることから、いっそヒョウゴで管轄したほうが都合がいいという話である。
その代わりに、キョウトは七連の服飾や紡績、製品加工の多くを担当しており、シガは水瓶の管理に専念できるのだ。
「ワカヤマやナラの薬座はまた別の話にはなりますが……ヒョウゴが大きく管理し、エリアごとで担当長がいる感じでしょうか。あくまで系列は同じ薬座です」
「トウキョウは所持している山が限られています。そこを管理していたたった一つの薬座が親元にはなるのですが、利権を巡って完全に分派しています。元々、大量の滓玻璃金と数種の植物が自生するだけの山ですが……幾度とない政権交代の煽りで、組織の結束も不安定になり、枝分かれしました。小さな薬座を大量に抱えている状況です。親元の薬座の長はわりと静観するタイプのようで、特に取り締まることもありません」
ヒョウゴであの巨大な薬座が機能できたのは、特殊な植物の発生した山々を多く保持していたことが大きい。
列島連邦の各地で採掘される滓玻璃金だけでなく、自白剤のもとになるイワヌガハナの群生や、絹糸のような繊維を出すナガマキギヌなどにも恵まれた。
取り合いになるほどの人員がいないのに、植物だけが溢れかえっているのだ。むしろ管理のほうに四苦八苦している。
「ジュリのほうの薬座は対立とかしねえの?」
盤上から視線を上げたミクロが、あたしへと振り返って尋ねた。
「うーん。衝突が完全にないかと聞かれたら、そうでもないけど……基本的には平穏かしら。七連は、互いが互いに生命線みたいなもんだから、喧嘩なんてしたら全員で死ぬのよね」
「ずぶずぶの平和協定ってわけか」
「どこの薬座もうちみたいに争ってるもんだと思ってた。イガラシの反対勢力はごろごろ出てくるわ、次から次へと問題は起こるわ……よっぽどトウキョウって自治能力ねえのかよ」
「いやあ、こっちが無問題ってわけでもないわよ」あたしは苦笑する。「水瓶の治水については未だに七連間でも揉めてるし、食人木であるヒトクイボダイジュの対処については逆に押しつけあいになってる。生活が安定してるぶん、ゴミの排出も多いから、その処理のために環境悪化が著しいし、駆除剤を克服した新種の玉蟲蜚蠊も出てきててんやわんやよ。トカゲも他の首長も頭を抱えてるわ」
トウキョウはたしかに治安が悪いが、空気清浄機の活用により、地上を漂う汚染物質はほとんど除去されている。ガスマスクがなくとも生活できるのはトウキョウだけだ。
「問題の中身が違うだけで、実際はどこも大変でしょうね」
爆心期を乗り越えたとはいえ、列島連邦の各地で、問題は山積みなのだ。地上の楽園と噂されるホッカイドウも、実際には大なり小なりの問題を抱えているのだろう。
話を戻す。
「今回の抗争の原因となっているのはホトケユリでしたっけ」
「はい。生薬として流通させているので、トウキョウの外では仏百合という名のほうが、聞き馴染みがあるかもしれませんね」
「鎮静剤……風邪薬として利用されているものですね。正しく利用される前までは死人が出ていたころから、その名前になったとか」
「鱗茎は生薬となるけど、葉や花弁は強い毒性があるからね」説明を引き継いだのはヨハクだった。「この前、落伍社がミクロに撃った毒矢もホトケユリの毒だよ。また、花の蜜にも幻覚作用があって、強い依存性も見られることから、中毒に陥る危険性もあるんだとか」
「いいようにも悪いようにも使える植物ですね」ゴローさんが話をまとめる。「その旨味を巡って、薬座同士が抗争している、ということです。仏百合の生産はトウキョウ事業の一つでもあるので、かなりの大打撃ですよ。加えて、仏百合はここの医務室でも使われているものでしたので……代わりの薬剤をどうするか、相談していたんですよ」
ふむふむ。なるほど、そういうことね。ゴローさんはいろいろなところに気を回さなくちゃいけなくて大変だな。首長補佐となれば、イガラシ首長から、五人の身の回りのことを委ねられているだろうし、対処すべきことは山ほどある。
「別にそんなのなくてもいいじゃん」
と、ゴローさんの気遣いを踏みにじるようなことを言ってのけたのはミクロだ。自陣の駒を動かしながら、あっけらかんと告げた。
「どうせ俺たちは怪我なんてしねえし病気にもならねえ」
そりゃそうだけどさ。
ゴローさんが「そうも行ってられませんよ。ここには君たちだけでなく、ジュリさんだっていらっしゃるんですよ」と言うのにも、ミクロは「ジュリは俺たちが守るから大丈夫」と突っ返す。
不覚にもかわいいと思ってしまったが、かわいさ余って生意気が五千倍くらいはあった。
「あほんだらあ。ここだけじゃなくって、どこもかしこも仏百合が不足してるってことでしょうが」あたしは声を低くする。「こんな至れり尽くせりな環境でぬくぬくとしてるあたしたちより、よっぽど困ってる人間がトウキョウのそこかしこにいんのよ」
あたしは呆れ交じりにそう言ったのだが、ミクロはその言葉を真に受けたらしく、「じゃあ、頭使うけど、」とその身ごと盤上からこちらへ向けた。
「仏百合が風邪薬として有用なのは、成分として含まれるステロイドサポニンの変異体が作用してるからだと思うんだよな。俺たちの持ってる知識は爆心期より前のデータだから、確証はないんだけど……同じ成分を持つ植物、たとえばリュウノヒゲも同じように変異していると仮定して、仏百合の類似品、もしくは麦門冬に近い生薬が作れるんじゃないかなって思う」
「……そのリュウノヒゲって植物を、ホトケユリの代わりに使おうってことよね? 見つけられそうなの?」
「元々はこの列島のあちこちに分布してる植物だから、探せば見つかるかも」話を引き継いだのはヨハクだ。「でも、リュウノヒゲがインパクトを生き延びてるかはわかんないし、適応のために見た目が変わってたら識別もできない。もしそうなら詰みだね。摘むつもりが詰んでるってわけだ」
「そもそも、植物にはコネクトできないから、探すとなるとマジの手探りだろうぜ。俺たち五人で手分けしても時間はかかるだろうな。レーヨン、俺たち一人当たりの仕事量とこの列島の植物系の生体反応とを照らし合わせて、およそどれくらいの時間がかかるのか、計算できたりするか?」
「不可能」
「てことは、行き当たりばったりになりそうだな。爆心期より前と後とじゃあ島の地形も変わってるし、俺らの脳内マップにも限界がある」
「ニィナたち、お花も探して、鬼ごっこもするの? お昼寝できる?」
「これだけは断言できるよ。できない」
長期的に見据えることは考慮すべきだが、現実的な解決策ではない、と……ミクロの提案には舌を巻いたので、残念な気持ちはあった。
「……大本の問題は、薬座同士の対立だよね」イチルはおもむろに口を開いた。「仏百合を作ること以外でホトケユリを加工できたら、そのあたりの利権問題も少しは落ち着くんじゃないの? 蜜や花弁の利用は禁止されてるけど、その法を変えちゃえばよくない? 悪用がだめなだけで利用は大丈夫でしょ。部位ごとに権利を分ければ薬座だって納得するはずだよ」
「自警団との連携が取りづらい現状、利用そのものを禁止するほうが対処しやすいんですよね」
「その自警団も、公式の組織として認可すればいいのに。首長会議のたびに警視庁本部跡のヘリポートを活用してるわけだし、いよいよそこを本部にして、各所の自警団を統括するとか」
「そもそも、全ての自警団を把握し統括できるか、という問題もあるんです。前時代ならともかく、現在のデータベースは書類によるものですからね。整理も大変です。また、警視庁本部跡の改修にも費用が嵩みます。とてもじゃないですがトウキョウの財政では……」
イチルの案は次々と却下されていく。
こちらも、悪くない案だとは思うのだが、現実的でないのもたしかだった。
というより、ゴローさんの持ち寄った問題は、一朝一夕で解決できるようなものではないのだ。
たとえば、力尽くで抗争そのものを止めたところで、薬座の抗争の原因であるホトケユリの扱いについて取り持たなければ、対立は続くだけだ。全部が丸く収まるまでは、仏百合の再生産もできないだろう。
枝分かれした薬座間の抗争を止め、その仲を取り持ち、仏百合の再生産を促す——いくらなんでも、この子たちの解決力の範疇を超えている。それこそ、首長が時間をかけて捌くような仕事だ。
「チルドレンの貴重なご意見、感謝します。この件については、今後も議論していく予定なので、進捗があればまたご報告いたしますね」
そこであたしは、自分が大きな誤解をしていることに気づいた。
これはあくまで首長や首長補佐の議題であって、チルドレンを出動させる問題ではない。諍いの解決なんて、この子たちに任せるような仕事ではないのだ。この話はあくまでゴローさんの愚痴というか、情報共有というか。とにかく、解決策を求めてあたしやチルドレンに話したものではなかった。
そりゃあそうだとは思うのだが、ここまで真剣に考えただけに、なんだか肩透かしを食らったような気分になる。
「天気雨ですね」
ゴローさんは窓の外を見て、そう言った。
あたしも窓の外へと視線を移す。
音も立てないような小粒の雨が、窓に貼りついていた。空は黄ばんだ煤煙も溶けてゆくような、まばゆい鼠色だ。太陽の輪郭は見えず、西のほうに薄っすらと明るいなにかが浮かんでいるような気がするだけだ。光も影も溶けていて、のっぺりとした世界。
「もしかしたら、明日は雨が降るのかも……チルドレン、申し訳ないのですが、また三時間ほど鬼ごっこをしていただけますか? 明日の稼働効率が下がることを見越して、エネルギーを貯蓄しておきたいんです」
ニィナとヨハクが「はあい」と溶けたような返事をする。ややあって、空の上でアルミをひっくり返したような遠い音が鳴った。
「……雷?」
ミクロがおもむろにこぼすと、五人は窓の前に集まり、「どっかで落ちたのかもね」「ぴかってなった?」「見えない」と様子を伺う。
雷の光が気になるのだろうか。ピカピカ光るのが好きなんていかにも子供っぽいが、ウミホタルのきらきらにも感動しなかった彼らが、そんなものに心を奪われるのだろうか。星よりも雷のほうがかっこいいってこと?
あたしが腑に落ちないで眺めていると、ゴローさんがすぐそばまで来ていた。
「無邪気ですよね、いつの時代の子も、雷には目がないのでしょう」
「はあ……そうなのかもしれませんね」
「今日はまだ穏やかなのでその気もありませんが、ひどい雷雨の日なんて、雷の様子を見に行く、と言って外へ飛びだしてしまうんですよ」
無邪気というか無鉄砲というか。
どんな雨でも怖くないからこそできてしまえることだ。
案の定、彼らは「早く外行こうぜ!」とこの部屋を出て行ってしまう。苦笑するゴローさんも、その後を追うようにして部屋を出た。部屋にはあたしとレーヨンだけが残る。
「レーヨンは遊びに行かないの?」
「行かない」
レーヨンは簡潔に答えた。相変わらず、淡々とした抑揚のない声。
彼は雨の日は外に出ない。今日も、ほんの小雨とはいえ降っているから、そのためだろう。
いや、チルドレンの感覚がバグっているだけで、本来は雨の日に出かけないものだ。あたしがオオサカにいたころなどは、雨が降ればロックダウンになるほどだった。
「じゃあ、レーヨンはあたしと遊ぼっか」あたしはボードゲームを指差した。「せっかくだし、あれのルール、教えてくんない? あたしも未だにルールをよくわかってないのよね」
レーヨンはこくんと静かに頷いた。
一本足の円卓を挟んで向かい合わせに座る。典雅な椅子は座り心地がよく、お尻も太股も深く沈んだ。レーヨンは盤上の駒を初期位置へと整えながら、あたしに説明をしてくれる。
「隕石落下前の時代にオーソドックスな遊戯だった、チェスと将棋とリバーシの要素を融合したゲームで、ルールもある程度は踏襲してる。王様を取られたら負け。相手の駒を奪って自分の駒にできる。特定の駒で挟んだ相手の駒も自分の駒にできる」
「ふーん。そう言われるとイメージはしやすいわね」
「ただ、トランプのスートを模したマテリアルがあって、それらは初め、プレイヤーの駒ではない」
「覚えてる。真ん中に並んでる四つの駒でしょ」
「それぞれ剣、聖杯、杖、護符と呼ばれている駒で、奪取した者に有用なマテリアルになる。たとえば、聖杯を携えた駒は、一ターンだけ相手の攻撃を無効にできる」
一つ一つの駒の持つ動き、意味を教えてもらえば、あたしの脳みそはぱんぱんに詰めこんだトランクみたいになった。ちょっとでも突つけば今にも弾け飛びそう。デザインのてんでバラバラな駒を覚えなくちゃいけないのがまた厄介なのだ。耳も目も滑りそうだった。
「あんたらよくこんな複雑なの覚えられるわね」
「うん。覚えられる」
「これは誰が考えたゲームなの?」
「みんなで。最初はチェスとして遊んでたけど、将棋のルールを混ぜたら面白そうだからって。それからリバーシ。そのあとはトランプ」
「へえ。じゃあ、チェスとかの遊びは誰に教わったの?」
「はじめから知ってた」
「生まれたときから?」
「出産日を生まれた日とするなら」
あたしは一瞬間だけ怯んだ。なんとなく、踏みこんではいいのかな、と尻込みしたのだ。しかし、当の本人であるレーヨンからはなんの感情も見られなくて、あたしはさらに問いかけることにした。
「……レーヨンは自分がどうやって生まれたか知ってるの?」
チルドレンは、十年と十ヶ月をカプセルの中ですごし、荒廃していく世界に適応できる人体へと培養されるらしい。カプセルから出た日を出産日としているが、実際には、彼らの生命は、その目覚めよりもずっと前から誕生していた。
「どうやって」レーヨンは復唱した。「知識として? 記憶として?」
「どちらでもかまわないけど……」
「記憶としてなら、ジュリさんに言えることはあんまりない。培養液の中にいるときの意識は曖昧だから。イチルも僕と同じことを言っていたから、チルドレンの生成上、そういうものなんだろう。知識としては十全だ。宇宙の実験施設によって、ある科学者たちにより生みだされたのがチルドレン」
そういうことを聞きたいのではなかったが、これ以上どうやって聞きだせばよいかわからなくって、あたしは押し黙った。
レーヨンを傷つけたいわけではないし、傷つくかもわからないし、それどころか、レーヨン自身がどのように自覚しているかもわからない。
しかし、レーヨンは聡かった。彼もやはりチルドレンだった。あたしの言いたいことを言外から拾いあげて、的確に突いた。
「もしくは、僕の身体のこと?」
あたしはかすかに怯んだ。その反応を見て、レーヨンは確信を得たらしく、「そう」と返す。相変わらず淡々とした声。乱れも揺らぎもない、調律の取れた声。きっとこの言葉が似合うのだろう。機械的。
「これも、記憶ではなく、知識として知っている。僕はニィナたちと同じように生命として生まれたんだけど、そのときはずいぶんと体が弱かったみたいで、出産までの十年と十ヶ月を耐えきるのは不可能とされていた。しかし、科学者たちは数少ない被検体であり大事な原材となる胎児を廃棄したくはなかった。だから、その身体よりもよっぽど丈夫な身体を作って、それに脳を移したんだって」
レーヨンは、その顔を被っていた覆面をゆっくりと外す。
つるりとした陶器のような表皮を持つ、骸骨のような右半分。眼窩には人形の瞳のような眼球がきっちりと嵌めこまれていて、鏡のようにあたしの顔が映っている。左半分は透明の表皮で、奥に走る微細で難解な回路や部品までもが丸見えになっていた。左目と思わしき位置に、青白い電灯のようなものがあって、覆面の奥で光っていたのはこの目だと気づいた。
「僕の身体は作り物」
マスクでもしているみたいに、レーヨンの口元には真っ黒な機器が貼りついている。それはどうやらスピーカーのようで、いつも聞いている無機質な声が滔々と流れた。
これじゃあなにも食べられないよなあ、とあたしはぼんやり思った。
食事だけじゃない。レーヨンがあくびやくしゃみをしないことに気づいたのは、いつだっただろうか。十二歳のこの子が筋肉とはまるで違う硬さを持つことに気づいたのは、子供とは思えないような体重をしていることに気づいたのは、人肌とは思えないくらいに冷たいことに気づいたのは。
もしかしたら人間でないかも、なんて、そんなおかしなことを考えるようになって、しかし、あたしのその考えが、当たらずとはいえ遠からずであることを知る。
「脳の一部を除いて、僕の身体は機械でできてる。機械義体だよ」




