第11話 ジュリ賞をあげる(4)
「……彼らには、もっと、彼らのことを見てくれる大人が、必要だと思います」
あたしはイガラシ首長の目を見て話した。ガラシ首長は口を開かず、聞く態勢は取ってくれている。先を促されているような気がして、あたしは再び口を開く。
「あの子たちには、自分を見守ってくれる大人の存在が、圧倒的に足りない。もちろん、それが世話係であるあたしの役目だとは思っています。でも、あの子たちはまだ幼くて、褒めてくれたり、叱ってくれたり、悲しんでくれたり、認めてくれたりする大人が、きっともっと必要です」
「……具体的には」
「具体的に、は……」先日のミクロのことを思い出したが、そこまで口を挟んでよいかわからず、数瞬、言い淀む。「いくらチルドレンとはいえ、危険な任務に就かせるのは、いかがなものでしょうか」
「あれはイチルが言いだしたことだ。チルドレンの養育のために予算を編むことに反発されるなら、いっそ自分たちを施策にすればいいと」
「あの子たちを学校に通わせようとは思わないのですか?」
「出産された時点で、あらゆる言語を駆使し、あらゆる演算をこなし、私の知らない知識すらその脳にあった子供たちだぞ? 学校へ通う必要などない。むしろ、通わせるほうが心配だ。あの怪力で他の子供たちに怪我でもさせたらどうする?」
「あの子たちだって怪我をする。いくら体が丈夫だからって、人間なんだから傷はつきます」
「そういう話をしているんじゃない」
「そういう話です」あたしは強く言った。「あたしが話しているのはそういうことなんです。もっと気にかけてください、あの子たちを。あの子たちはまだ子供で、それなのに、貴方のために……貴方の代わりに、任務をこなしているんです」
あたしの言葉に、イガラシ首長は薄く目を見張った。こけた頬の上の鋭い双眸が、あっけを取られたように形を変える。
「……不満があるのは、私にだったか」
イガラシ首長がそう呟いたのに、あたしはばつが悪くなって、しかし、視線を逸らすことはなかった。
イガラシ首長はややあってから「善処する」と答えた。あたしは「具体的には?」と突っ返す。なにも返ってこなかったので、その具体例をあたしが提示した。
「働いてくれてありがとう、とか。重荷を背負わせてごめんなさい、とか。彼らが感謝や謝罪が苦手なのは、される機会が乏しいからです」
「……善処する。だが、やはり、私にできることには限りがある」
あたしは眇めたが、イガラシ首長は「わかってくれ」とこぼした。
「私は節度を持ってあの子たちと関わる義務がある。たしかに、あの子たちは子供だ。だが、ただの子供ではない。己に力があることを理解し、そして、私に権力があることを理解している。私が彼らを受け入れるすぎると、彼らは錯覚してしまう」
「自分たちにも権力がある、と?」
「打算できるだけの思考力も判断力も、彼らにはある。そうなれば、力関係が覆る。十年先のことならばまだいいが……もしかしたらそれは近い将来かもしれない。人々を照らすにはあまりにも幼い希望が、最悪の形でこの世界を支配することになったとしたら?」
イガラシ首長の言い分もわからなくはない。首長の立場なら、そのような問題にも繊細になってしまうはずだ。特にトウキョウは幾度となく解体と再編成を繰り返していて、いつの政権にも反対派がつきまとった。イガラシ首長は首長として、己の立場、そして、己の統治するトウキョウの、安寧のために考えている。
「私にはできないからこそ、予算を編み、君のような世話係を雇うことにしたんだ。君の言う〝見守ってくれる大人〟であり、親のような存在」
でも、あたしはあの子たちの親ではない。
血の繋がりもなければ立場だって違う。
あたしは、オオサカ首長補佐だったのを、無理矢理出向させられただけの、ただの臨時の世話係でしかないのだ。
「君だからこそ響く言葉もある……彼らをもっと見ろと私に訴えた世話係は、君が初めてだよ。ジュリ補佐」
彼らをもっと見ろと訴えたのが、本当にあたしが初めてだとしたら、それはそれで問題があると思うのだが……しかし、イガラシ首長の言い分には得心する。
あのゴローさんですら、チルドレンを人外的な子供だと思っているようだし、実際、彼らには人外的な能力があるのだ。
ただ、そこに宿っているのがあどけない心で、未熟な精神で、誰かの庇護を受けるべきということを、忘れてしまっている。
でも、あたしのそういう気持ちだって、イチルの心を忘れたものなのかもしれない、とも思った。イチルが無理をする必要はない、とあたしが言うと、彼は顔を顰めたのだから。
——なんて言ってあげるべきだったのか、ずっと考えていた。
イチルが任務に携わるのも、他の四人を守りたいと思うのも、彼らのお兄ちゃんでいたがるのも、イチルが望んだことなのだ。イチルはしっかりしているから大人に流されて任務を負ったりはしないし、面倒見がよいから自分よりあとに生まれた子供たちがかわいいだろうし、優しいから甘やかすのだって得意だ。
そんなことをしなくていい、じゃない。
そんなことをイチルはしたかったのだ。
ずっと、誰に言われずとも、していたのだ。
「イチル」
夜。肌寒くて、蝋燭の光がぼんやりとあたたかい、そんな暗闇の刻に、あたしは五人の部屋へと足を運んだ。扉から部屋の中にいるイチルを手招きする。
寝間着の上にジャケットを着こみ、あたしの編んだルームシューズを履いたイチルは、ずるりとしたブランケットを体に巻きつけたたまま、「なに?」とあたしのもとへ寄ってきた。
「ちょっとついて来て」
「いいけど……俺になにか用?」
困惑するイチルの背後から、「逢引だ」「駆け落ちだ」と双子の声が聞こえる。呆れたあたしが「どこでそんな言葉覚えてくんのよ」と言うと、「覚えてねーよ」「生まれたときから知ってる」と返ってきた。頭の中に辞書でもあんのか。あたしは「意味知りながら使うなや」とツッコんだ。
茶化す彼らを振り切って、あたしはイチルを自分の部屋まで連れてくる。イチルは真面目な顔で「えっ、本当に逢引?」と自らの口を塞いだ。小ボケをかますな。
「この前の話の続きよ」あたしは腕を組んだ。「さすがにあの子たちの前じゃ話せないでしょ」
イチルは言った。自分たちには使用期限があって、それが来たら見捨てられると。だから、それまでに、見捨てられてもいいほどの、あるいは、見捨てられないほどの力が必要だと。
「……あれからあたしも考えてみたけど、正直、まだうんともいいえとも言えないわ。イガラシ首長には、あたしも、なにも思わないわけでもないけど、根っからの悪人でも信頼できないひとでもない。あんたたちを見捨てるかもしれないし、見捨てないかもしれない。でも、万が一のためには、イチルの言うとおり、力はつけておいてもいいと思った」
「……そうだね」
言われずとも、イチルだってわかっていることだ。だから、イチルは特に表情を変えず、頷くこともしなかった。あたしでも思いつくことなんて、イチルはとっくに思いつくして、考えつくしている。
「それと、あたしに嫉妬するっていうのは……わからん寄りのわかるって感じで、イチルからしたら、あたしのことはちょっと気に食わないかもね。あたしだって、散々あたしの言うことを無視してきたトカゲが、ぽっと出の臨時補佐の言うことを聞いてたら、ぶん殴りたくなるもの」
「ジュリちゃんの元上司だっけ」
「そう。いまごろなにしてるかな……真面目に仕事してくれてるといいけど。いや、してなかったらぶん殴るわ」
「どっちにしろ殴るんだ」
「そういう立場のやつだから」あたしは笑った。「あいつはちゃんとしてなきゃいけないのよ。だって首長だもん。イチルの言う、お兄ちゃんって立場と一緒。みんなから頼りにされる、みんなのまとめ役。昔っからの仲ってだけで、本来、あたしはあいつにこんな口利いちゃいけないんだ。でも、昔っからの仲だから響く言葉も、いっそ赤の他人に言われたほうが響く言葉もあんのよ」
「つまり……ずっとそばにいた俺の言葉より、ジュリちゃんの言葉のほうが、みんなには響いたってこと?」
「理解が早くて助かるわ。それと同様に、イチルでないと響かない言葉もある。あたしに褒められるのと、あんたに褒められるのとじゃ、あの子らの反応が段違いなんだからね」
これは本当のことだ。ニィナもミクロもヨハクも、イチルに「すごい!」と言われたほうが嬉しそうにする。レーヨンに至っては、あたしとイチルに対しての口数さえ違う。最近はもはや、あたしってレーヨンに嫌われているのでは、とさえ思ってきた。ちょっとつらい。
「ていうか、ニィナやヨハクはともかく、ミクロは別にあたしに懐いてはいないでしょ。あのとき落伍社をぶちのめさなかったのだって、あたしの言うことを聞いたからってわけでもないと思うわよ」
「そんなことないよ」とイチル。「ダイマオウイカのときに、ヨハクがミクロに言いすぎてたのを、ジュリちゃんが庇ったでしょ。俺たちからしたら、自分の味方になってくれるってのは、普通に嬉しいよ」
そういうことだろうけど、とあたしは笑った。
でも、そういうことは、ずっとイチルがしてきたことなのだ。
悪いことをしたら叱って、落ちこんでたら慰めて……あたしのそれをあの子たちが素直に受け止めて、喜んでくれたのも、イチルがこれまでがんばってきたからなのだ。
あたしがここに来るよりも前から、ずっとみんなのそばにいて。それなのに、そんなことしなくてもいい、なんて、あまりに厚かましく、無粋な発言だった。後から口を出してくるなって思うのも道理だ。
あたしが「ごめんね、イチル」とこぼすと、イチルは「え?」と目を瞬かせる。素っ頓狂な顔をするイチルへ、あたしは緩く笑った。
「とにかく。あたしのことなんて好きに妬んでいいけど、イチルはあたしのしたことを誰より先にやってたのよ。それはあたしが一番よく理解してるの」というわけで、とあたしは手を鳴らす。「ジュリ賞の受理! 授与ならぬ受理!」
「はい?」
「チャーンチャーンチャラーンラーンチャラララランランラーン」
「えっ、ちょ、なに?」
「チャラララランランラーンラーンチャーチャーチャーンチャチャーン」
あたしはまともに聞いたこともないようなめでたい曲を口遊みながら、ポケットの中に隠し持っていたそれを取り出す。余った毛糸とリボンで作った、手編みのメダルバッジだ。あたしの口遊む曲が終わるころ、それは安全ピンによって、イチルのジャケットの胸元につけられていた。
イチルはぽかんとした顔でそれを見つめる。ややあってから、おもむろにあたしを見上げ、口を開いた。
「なにこれ」
「ジュリ賞よ」
「なにそれ」
「よくがんばったね、っていうご褒美。どう?」
「どうって」
「嬉しい?」
「俺が嬉しくないって言ったらジュリちゃんどうするの」
「イチルが嬉しくなる方法を考えるかなあ。あたしはイチルをすごいって思ったから、褒めたいだけなんだよね」
「…………」
「イチルは、いいお兄ちゃんやってると思う。心配しなくても、ちゃんとできてるよ。純粋にすごいなって思うし、えらいよ」
そう言って、イチルの茶けた頭を撫でてやった。ニィナの髪とはどこか違う。わずかに硬くて、でも、さらさらとした髪。男の子の髪って感じがする。このまま撫でつづけたら、機嫌を損ねてしまうかも。
あたしはちらりとイチルの顔色を伺った。
蝋燭の明かりに照らされた彼の顔は、たぶん、ちょっとだけ、赤くなっていた。
それに気分がよくなって、今度は両手でわしゃわしゃと撫でまくる。さすがにイチルも「ちょっと」「やめて」と反抗して、あたしの両手首を掴んだ。でも、そこにはちっとも力が入っていなくて、それがなんだかかわいくて、あたしはイチルを抱きしめた。
「調子に乗りすぎ」
さすがに突き飛ばされた。
突き飛ばされたというか、追い返されただけだが、やりすぎは認めるので反省した。
もうしません、というポーズのため、両手をポケットに突っ込む。
抵抗するために手放したブランケットを、イチルは拾い、再び羽織った。イチルは五人の中でも一番の寒がりだから、夜は防寒具が欠かせないのだ。そんな自分を差し置いて、あの子たちのことを考えていたのだから、本当に、根っからのお兄ちゃんだ。
どれくらいかが経って、イチルはあたしに言う。
「ジュリ賞、受理するよ」
「みんなに自慢しておいで」
「本当にみんな欲しがりそうなのがちょっとやだ」
「まだあたしに嫉妬してんの? いいじゃん、自慢し甲斐あって」
「そうじゃなくって」
「あたしに嫉妬するとか本当に不毛だから。ミクロにも言ってやって」
「えっ、ミクロ? ミクロもジュリちゃんに? なんで?」
「あー……」気づいてないんか、と悟って、あたしは濁す。「いや、いいわ。こういうのあんまり吹聴すべきじゃないもんね」
「またそうやって、俺は気づいてないことも自分は気づいてますってアピール? なんだかむかついちゃうなあ。教えてくれなきゃ、ゴローさんやイガラシに、ジュリちゃんと逢引したって吹聴するから」
「お前まじでやめろ洒落にならん」
その夜——揚々と部屋を去るイチルをあたしが追い回し、その音を聞きつけた四人も加わり、どういうわけか鬼ごっこが始まってしまった。夜目の利くあの子たちは一切手加減も手抜きもしなかったが、イチルだけは手加減も手抜きもしてくれた。
さすが、お兄ちゃんだ。




