胸騒ぎ
「────────」
予想していなかった人物に、俺は息をのんだ。
困惑を誤魔化すように大きく深呼吸。
落ち着け。落ち着け。
奇妙な静寂が室内を包んでいる中、がっちゃんが口を開いた。
「……やり取りが残っております。ご確認ください」
そう言いながらスマホを俺に差し出した。
── 午前中の電話でのやり取り、『あ、しかし先生。差し支えなければ』というがっちゃんの提案でIDとパスワードを教えてがっちゃんがアプリにログイン、なりすましの彼と直接やりとりをできるようにしたのだった。
そこには二、三度本当にあそこにいるのがあなたですか、と確認する文言と、そうです、と肯定する言葉が残っていた。
きっと、あぁ、こんな単語は使いたくないけれど、動かぬ証拠の一つとなるだろう。唇を噛んだ。
スマホをがっちゃんに返し、パイプ椅子を引っ張り司くんの前に置いた。
ゆっくり座った。
司くんは少し身をこわばらせたけれど、相変わらず俯いたままだ。
「ずっと、この状態です……何か飲み物だけでもお持ちしましょうか」
「うん、お願いできる?」
「はい」
がっちゃんが部屋を出たのを見送り、改めて司くんに向き直った。
衝撃を受けていても確認はしっかりせねばと自分を鼓舞し、声を絞り出した。
思っていたよりもかすれていた。
「司くん」
「…………………………」
びくっと肩が揺れた。
「顔を上げてよ」
「…………………………」
返事はなかった。
司くんが何か言い始めるかもと思い少し待っていたが、痛々しい沈黙がただ過ぎ去るのみ。
「……えと、withっていうマッチングアプリで、俺になりすましてる奴がいるって知ってさ」
「…………………………」
「その犯人?ていう言い方はよくないけど、なりすましている奴を見つけてやる!ってことで最近動いてたのね」
司くんは何も言わない。
膝に置いていた手を拳の形に握りしめた。そのかたく握った手が小刻みに震えているのをどこか傍観者のように眺めながら、話を続けた。
「……まぁ、そういった用件で今ここにいるってことで、合ってるかな……」
我ながら、回りくどい言い方をしたと思う。
『君だったの?』なんていう聞き方はしたくなかった。
司くんのため、なんて言いつつも、自分のために逃げ道を作っているようだ。
頼む、否定してくれ。
どんな小さな声でもいいから、違います、何言ってるんですか、と言ってくれ。
絶対聞き逃さないから。……
そんな願いも虚しく、ただ時だけが過ぎていった。
その内がっちゃんが戻ってきて、缶コーヒーを受け取った。
司くんは手をつけない。
「……どうされますか」
がっちゃんが神妙な面持ちで聞いてきた。
缶コーヒーを飲み干し、先ほどから考えていたことを伝える。
「うん。……がっちゃんには本当に申し訳ないけど、何も無かったことにしよっか」
「はい!?」
「!」
司くんが弾かれたように顔を上げた。涙で目が腫れている。
俺と目が合うと、すぐに視線を逸らした。
「いいんですか?斗真先生になりすまして、女性を騙していたんですよ?ご気分が悪くはないのですか?」
がっちゃんが信じられないといった風に首を振りながら言う。
夕日の残光が彼の眼鏡に反射した。
「うん、女性たちには申し訳ないけど…。もう二度と馬鹿なことはしないって約束してくれるなら、今回だけは目をつぶろうと思う。司くん、それでいい?」
司くんは顔を上げ、今にもこぼれ落ちそうに目に涙をため、何か言いたげに口を動かしていた。
やがて悔しそうに顔を歪め、唇を噛み、うつむいた。
否定も、肯定も、謝罪も、彼からは何も語られなかった。
それを少し残念に思いながらも、俺の提案を受け入れてくれたのだと取り、もう閉廷することにした。
がっちゃんは最後まで納得がいかない顔をしていた。
「というわけで、一件落着。今後この話はもうなし。いいね」
「……甘過ぎませんか」
「いいんだって」
笑ってみせると、がっちゃんが諦めたようにため息をついた。
「かしこまりました。湊先生には経緯を報告はいたしますが、本人が穏便な対応を望んでいると伝えます」
「隠蔽工作、頼んだよ」
「なんか嫌な言い方ですね」
「はは、まぁそういうことで。今日は解散ね。がっちゃん、ほんとにありがとう。司くんも、また明日から頑張ろうね」
相変わらずこちらを見ない司くんの肩を軽く叩き、俺は自分の名奉行ぶりに酔いしれながら、会議室を後にした。
がっちゃんもエレベーターに乗り込んできた。
扉がゆっくり閉まり、2人、無言で階数の数字が下がっていくのを見ていた。
・・・
『また明日から頑張ろうね』
そう伝えたけれども、その次の日から司くんは職場に来なくなってしまった。
体調不良という理由だった。
若い芽を潰してしまったかもしれない罪悪感に痛む胸をおさえながら、仕事にのぞんだ。
落ち込んだ姿を見せないよう気を張っていたけれど、鉄平にまで心配をかけているようで、今まで以上にそばにいてくれるようになった。
鉄平自身も、ずっと助け合っていた司くんが来なくなって不安だろうに。
後輩に心配をかけていることを不甲斐なく思い、謝罪した。
「ごめんね。最近なーんか気分が落ち込んで」
「何言ってんすか!人間ですからそんなこともありますよ!斗真先生が俺の専属になってくれたみたいで嬉しいです!」
「はは、何言ってんだよもう……」
いつものように鉄平の髪をなでると、彼は嬉しそうに、そして──恍惚とした表情を浮かべ、笑った。
俺はそれを なぜだか少しだけ
「怖い」と、
感じた。




