立ち込める暗雲
自分のなりすましを探すため恋愛アプリに潜入した俺。
それっぽいアカウントを発見し、メッセージのやりとりまでしていたのに。
『あなたの写真も送って』という相手からの要望に完全詰み状態!
どうする、俺!何かいいアイディアー!出てこーい!
……なんてことを考えながら頭をぽんぽん叩いていると、箱から飛び出してくるようにある人物の顔が浮かんだ。
「……あ」
面倒事にまた巻き込むのは申し訳ない気がしたけれど、彼なら何かいいアドバイスをくれるかもしれないと思い、俺はポケットからスマホを取り出した。
該当する人物に「かくかくしかじかで、会えませんか」とメッセージを送る。
すぐに既読になり、『妻にお伺いを立てる関係で、日時決めてもらえるとありがたいっす』と返事が来た ────。
・・・
鹿おどしの音が軽快に響く。
三味線の音が風に乗って静かに聞こえてくるいつもの料亭で、俺はその人物と飯を食っていた。
「……ほういうことはっはら……すんません、そういうことだったら、俺の写真使えばよくないですか?」
目の前にいる美形の男性が、天丼を頬張りながら言った。
まるでこどものような様子に、思わず笑みがこぼれた。
「はは、ありがたいお申し出だけどさ、そういうわけにはいかないよ」
「なんでっすか?」
「なんでって……」
彼の漆黒の瞳が俺をとらえる。本気で「わからない。理由を説明してほしい」と訴えてくる視線にたじろぎ、俺は自分の料理に目を落とした。
鮎の骨を外して、皿の上部へ移した。
身をほぐしながら、再度彼──橘悠介くんを見やった。
橘産婦人科の医師、橘悠介。弟の絢斗の厄介ごとを解決するために力を貸してもらって以来、ちょこちょこ飯に行く仲だった。馬が合うというやつだろうか。
ミスター医学部殿堂入りという伝説を持つほどの華やかな見た目とは裏腹に、中々ハードモードな人生を歩んでいる悠介くんは中身が老成していて、俺よりいくつか年下のはずなのにまるで兄貴と話しているような気持ちになることが多かった。
話を促すように俺のことをじっと見つめる悠介くんに言った。
「だってさー家庭がある人を危険なことに巻き込むわけいかないでしょー。悠介くんに何かあったら俺聡子ちゃんにどんな顔して謝ればいいの」
ちなみに、悠介くんの奥さん•聡子ちゃんは、弟の元カノだ。略奪愛だったと聞くので、その辺は言わない暗黙の了解みたいなものがある。
……嘘、正しくは「あった」だ。
最初こそ気を使っていたものの、時間薬のおかげか、最近はあっけらかんとしたものだ。
「あぁ、それだったら大丈夫ですよ。聡子は斗真さんの大ファンですから。『困っているんだったら力になってやれ、体張ってこい』って言いますよきっと」
くっくっと面白そうに笑いながら悠介くんが言った。
水を一口飲み、続けた。
「だから、どうぞ」
「そう言われてもね……」
悠介くんと会う度にお土産をもたせたり挨拶を欠かさなかったことが、こんなところで奏功したことを面白く思いつつ、気が進まない。
なんせ相手は大胆にも俺の車の写真を撮りそれをアイコンにしてなりすますような、ちょっと常識では測れない男(男、だろう。多分)。
悠介くんの写真を借りて、もし取り返しのつかないことになったらどう責任を取ればいいかわからない。
眉間に手をやり、う〜〜ん、と悩んでいるとカシャッという音がした。
悠介くんを見やると、何やらスマホをぽちぽちいじっている。
「できた」の声と同時に俺のスマホが鳴った。
「今送りました。確認お願いします」
にっこり笑う悠介くん。
画面を開いてみると、
「うわっ、誰これ。めちゃくちゃかわいいじゃん!!いや、きれい?いやいやいや……え────まじでかわいいんだけど!!」
そこには、絶世の美女が写っていた。
白い肌、艶やかな黒髪、潤んだ瞳、控えめに微笑んでいるその姿は、朝露に濡れた薔薇を連想させた。
爆美女という言葉では言い表せない、どんな時代でも通じるような普遍的に美しい人が、そこにいた。
じぃっっっと見入っている俺に、悠介くんがははっと笑った。
「俺けっこういけてます?」
「いけるいける!!え────元がいいと何になってもかわいいね!!いや、ほんとかわいい」
「恐縮です」
悠介くんが礼儀正しく頭を下げた。
「え、でもほんとに使っていいの?」
「いいですって!ていうか使ってもらわないと俺が自分の女性化写真を送りつけたただの変な人じゃないですか!」
ここまで言ってもらってもなおしぶる俺にしびれをきらしたのか、悠介くんが俺のスマホを奪った。
「アプリは……これですね」
「わっ、ちょっとちょっと!」
「メッセージは……これか」
止める俺を意に介さず、悠介くんはどんどんメッセージを作っていく。
「……はい、これ送りますからね」
一応最終確認はしてくれた。
「どうぞ────お願いしま────す」
反論する気も湧かない俺はがっくりうなだれながら返事をした。
シュルルル……
手紙のアイコンが、画面の奥へ吸い込まれるように旅立っていった。
「ふふ、どうなりますかね」
「どうなるだろうねぇ……」
後輩を巻き込んでしまった罪悪感に痛む胸をおさえ、どうか厄介なことにはなりませんように、と神に祈る。
────ていうか、もうそんなに被害も聞こえてこないし、下手に刺激しないほうがいいんじゃないかな。そうだよ、そうだ。今からでも送信を取り消そう。
そう決意し、スマホを手に取った瞬間、メッセージの受信を知らせる電子音が鳴り響いた。文面の一部が画面にうつった。
『連絡ありがとう。急にメッセージ来なく…
「あ、返事来ました??」
わくわくしたように尋ねられ、仕方なく画面を開き、悠介くんに見せた。
「えーなになに、『連絡ありがとう。急にメッセージ来なくなったので心配していました。写真送ってなんて変なこと言ってごめんね』────あっはっは!!なりすましのくせに何言ってんだ!!で、『会いたいです。とうこさんさえよかったら。』あっはっはっはっは!!倒置法うぜ────!!!!」
悠介くんはひっくり返り、腹を抱えて笑っている。
俺もメッセージの文面にぞわぞわするものを感じながらも、笑いが込み上げてきていた。
「……ふふっ……いや、笑ったら悪いんだけどね……ははっ……」
「まさかヤロー2人相手してるなんて思ってないでしょうね。あ、ていうか」
ひっくり返っていた悠介くんが腹筋を使って起き上がり、あぐらをかいた。
「そもそも、あっちの写真はないんすか?自分は送らないで女の子に送らすってやばくないっすか?」
「あぁ、それなんだけどね……」
そう言いながら、メッセージを遡り、送られてきた画像を見せた。
悠介くんの顔が少し強張った。
「……なんとなく、斗真さんに似てません?」
「やっぱりそう思う?」
「うーん、AIみがあるっちゃあるんですが、斗真さん知ってる人が見たら『あ、斗真さん』とは感じますね……」
2人の間に沈黙が流れた。
「……斗真さん、この気持ち悪さに耐えてたんすか……」
「……うん、怖いよね……。仕事内容も聞いたらさ、外科系って言うの…。で、手の話なの……。俺の得意分野なの……」
「────!」
悠介くんが目を見開いた。
「え、え?ほんとのほんとに内部の犯行じゃないっすか??マジで??」
信じられない、という表情をしている彼に、肩をすくめて見せた。




