太陽と月
──── 穏やかなまどろみ
その心地よい波に身を任せ、あたたかな海の中を漂っていた。
全ての疲れを癒してくれるようなその海の中で、俺は懐かしい夢を見ていた。
聞こえてくるのは
君の、声。
『あ〜〜また負けた────!もう、斗真さん早すぎますって!!』
『私が勝つまでやりますからね?』
悔し涙に濡れる彼女の頬に手を添えたっけ。
感触は、もう忘れてしまったけど。
『あはは、泣かなくていいじゃん、さく……
「斗真先生っっ!!!!できましたっっ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
突然雷鳴のように響いた声に、うたた寝していた椅子から飛び上がってしまった。
白い天井、無機質なデスクの質感に、一瞬自分がどこにいるかわからなくなる。
ドキドキしている心臓を押さえ、その声の主を確認した。
当の本人は「?」とにこにこしている。
「びっくりしたぁ……いやごめん、居眠りしてた俺が悪いんだけどさ」
「仕上がりの確認お願いします!ていうか斗真先生寝ててもまじイケメンっすね!俺自分を抑えるのが大変だったっす!」
「ははは、飛びかかってきてもいいけど、そのときは優しくしてよー?」
かわいい冗談に思わず笑ってしまうと、彼── 研修医の駒井鉄平くんが「笑顔まぶし────!」とおちゃらけた。
鈴木病院に研修に来てくれている研修医の子たち。
彼らなりに必死に食らいついてくる様子はなんとも好ましいものだった。
中でもこの鉄平くんは特に熱心で、業務終了後もこうして縫合の練習に励んでいるのだった。
縫い方もだいぶうまくなってきている。
「どうっすか?」
「うん、上達してる。最初はどうなることかと思ったけど」
「あはは!俺下手すぎてほーんともう外科系はやめようって思いましたもん!」
裏表のないあっさりとした性分なのだろう、屈託のない笑顔。
そのひまわりのような明るさに昔の恋人が重なった。
「?どうしました?」
「いや、なんでもない」
絡んできた未練の鎖を断ち切るように首を振った。
そこへ、
「……あの、俺もできました……。確認お願いします……」
と、うっかりすれば聞き逃してしまうくらいの小さな声が聞こえた。
その声の元をたぐった。
「おっ、いい感じじゃーん!司くんもちょー上達してる!」
「……とうございます……」
「ほら、もっと大きな声で言わないと!」
彼の背中を鼓舞するように叩く鉄平くんに、慌てて注意した。
「あぁ、大丈夫大丈夫。うん、丁寧に仕上げてるね。慣れればスピードはついてくるから。焦らなくていいからね」
「…………………………」
「ほらー!なんか言えよ!」
なおも司くんに絡む鉄平くんを「いいから」と制した。
間宮司くん────
他の先輩方は「覇気がないやんな」だの「外科って感じじゃねーな」だの言いたい放題だけれど、俺は彼のことをそんな風には思えなかった。
確かに少しおとなしいところはあるけれど、教えたことは確実に覚えてくるし、疑問があったら率直に尋ねてくるところは好感を持っていた。(最近はスマホで調べたり、仲間内で解決したりする奴がいたりするので…)
鈴木病院整形外科一の無口、谷川さんが研修医の頃はこんな感じだったのかもしれない、なんて想像すると、頬が緩んだ。
「あ、先生。寝てる間もなんかにやにやしてましたよ〜?いい夢見てたんすか〜?」
からかうように言う鉄平。
「ははっ、昔の夢だよ。これまで指導した子たちの夢見てた」
「なんすかそれー!」
鉄平がじゃれるように近くにやってきた。
「なんか俺いつのまにか教育係になっちゃっててさー。でも給料変わんないんだよー?」
「あははー!いいじゃないっすか、先生リッチなんだから!」
「やめろよ!」
鉄平がその一言を言い終わらぬうちに、司くんが今まで聞いたこともないような大きな声を出した。
天使が通ったように静かになる。
「あ……えと……」
目をぱちくりさせている俺と鉄平を交互に見、気まずそうに視線を逸らした。
「……すみません……」
「いきなり大きな声出すなって、びびるじゃん!斗真先生びっくりさせんなよ!」
「…………………………」
司くんが鉄平を一瞥した。
それにむっとしたのか、言い返そうと「あのさぁ」と鉄平が口を開いたところで、慌てて間に入った。
「あぁ、気にしないでいいから。うん、まぁ、2人とも、うまくできたから今日はラーメンでも食べにいかない?」
俺の唐突な提案に、一瞬きょとんとしたものの、2人が(というか鉄平が)目を輝かせた。
「え、いいんすか!?ラッキー!」
「……あり…………います」
司くんがぼそぼそ言いながらもうつむいた。口元が笑いの形になるのを必死におさえているのがわかる。
俺はなんだかそれが無性に嬉しくて、心躍った。
雰囲気を変えるように、パン、と手を叩いた。
「よし!じゃあ片付け!!」
「えーめんどくさいっすよー司やってくれよー!」
「自分が使った道具は片付ける癖つけとかないと、ナース達に嫌われるからなー?」
脅すように伝えた。
「えーマジっすかー?じゃーやりまーす」
「…………………………」
うん、彼らにとって、今日1番ためになるアドバイスだったと思う。
ラーメンはうまかった。
鉄平は「あざっす!」とトッピングを全部乗せし、遠慮する司くんには俺が無理やり全部乗せした。
固まる司くん。
「ごめん、嫌だった?」
「……いえ、ありがとうございます。嬉しいです……」
「司くんいつも頑張ってるからさ、このくらい労わせてよ!教えたことちゃんと覚えてきてくれるし、偉いよ、まじで。勉強ばっかりだろ?ちゃんと寝てる?」
「斗真せんせー!俺はー?」
「はいはい、君もよく頑張ってるよ」
「俺も褒めてくださいよー!」
「もー今俺司くんとしゃべってるじゃん」
鉄平のアグレッシブなところに苦笑いしつつ、頭を撫でてやると、嬉しそうに笑った。




