疑惑
渾身の一枚であろう顔写真のアイコンが、まるでスロットのように流れていく。
詰所のソファに寝そべり、画面をスクロールしながら、一人ひとりページを開き、プロフィールを確認していった────
・・・
「でもわっかんないのよ────」
突っ伏す俺の前に、こと、とお茶が置かれた気配がした。顔を上げると、がっちゃんの無表情が目に入った。
「わからないものなのですね」
「うん。すぐ見つかるだろって高を括ってた自分バカって感じー。あ、でもさー色んなやつのプロフィール見てるの楽しいの。ね、このハートマーク押せばいいのかな?」
「私に操作を聞かないでください。あと、友達作りではありませんよ」
がっちゃんの指摘に、そばでやりとりをきいていた兄が「ははっ」と笑った。
副院長室での、何度目かの報告会。
マッチングアプリに潜入して自分のなりすましを探していることに、諦めたようなため息はつかれたものの、兄たちとて顛末は気になるものらしく、不定期だがこうして報告会を重ねていた。
とは言っても、俺の話はいつも「進捗はありません」「鋭意捜索中であります」の二つ。
そろそろ副院長から『もう探偵ごっこはやめて業務に集中しろ』と雷が落ちるのではとびくびくしていたのだけれど、特に気にしている様子もなかった。
あの騒動以来目立った騒ぎはなく、兄も火急に対応する案件ではないと判断しているのかもしれない。(ほっ)
「そうだ、がっちゃんが探してみてよ。俺のスマホ貸すから」
「え、いや、人様のスマホなんて使いたくないですよ」
「俺を助けると思ってこのとーり!ほら、違う人が見たらまた違う景色も見えるかもじゃん?」
「それはいい考えだ。加賀山くん、ちょっと見てやってくれないか」
全力で押しのけていたけれど、鶴の一声でしぶしぶ俺のスマホを受け取るがっちゃん。
「……画面が暗くなっています」
「横のボタン押せばいいよ!」
「すみません、アプリが閉じてしまいましたが…」
「あらら、エッチなの出てきちゃったね。ごめんね見なかったことにしてー」
「〜〜〜〜〜〜」
がっちゃんが眉をひそめてメガネの位置を直した。
その様子をなんだか微笑ましく思いながらもう一度アプリを開いてスマホを渡した。
「この検索欄から地域と年収を入力して……」
「すごく雑な検索方法だと思います……」
「そうかな?あ、ほらここにばーって出てくるから……」
「あぁ、なるほど……」
そう言いながら画面をスクロールしていく。
俺がそばにいたらやりにくいかもと思い、おかわりのお茶を自分で淹れにいき、ついでに2人の分も注いでテーブルに置いた。
兄は手元の書類に目を落とし、がっちゃんはスマホを見ながら何やらぶつぶつ言っている。
集中しているのを邪魔しては悪いと、来客用の座り心地の良い椅子に腰掛け、そっと目を閉じた。
目を閉じた先の風景を見る、呼吸の音を聞く、意識は外に向けつつ眠る────
自動運転のように、俺なりの仮眠の儀式が始まる。
うまい具合に休めていたところで、がっちゃんの「あ」という声で目が覚めた。
時計を見ると目を閉じてから15分ほど経過していた。
「これ。これかもしれません」
がっちゃんが少々興奮気味に見せてくれた画面は、タイヤのホイールのアイコンに「医療関係の仕事をしています。出会いがないので登録してみました。よろしくお願いします」という簡単な紹介が載っていた。
「うわ、『出会いがない』ってのが真実味があってなんかほんとっぽい自己紹介だね」
「アイコン見てください、アイコン」
がっちゃんにそう言われても、彼の言わんとすることがよくわからない。
「?」と首を傾けるとがっちゃんが苦笑いした。
「これ、斗真先生のお車のタイヤのホイールです!ご自分の車のことくらい把握しておいてください!」
「え、あ、そうなの?知らなかった〜。ていうか車のことは絢斗に任せてるからさ〜」
救急科に勤める車好きの弟・絢斗
俺がやるから!と言うので、全てのメンテナンスを任せている。
そこまで考えたところで、ある一つの疑問が湧いた。
「え?なんで俺の車のホイールをアイコンにできるの?いや待って、特注のやつじゃないだろうし、同じ車に乗ってるやつはこれつけてるんじゃないの?」
「少し見えているボディの色が、先生のお車と一緒です。それに、ほら……」
がっちゃんが画面を拡大した。
ホイールにはどことなく見覚えのある花壇が写っている。『お〜つぼみついてる〜』なんて呑気に思った記憶が蘇り、なんだか暗示めいたそれに背中が少し冷たくなった。
「え、え、ちょっと待って??」
混乱する思考をまとめ、出てきた結論に背筋が凍った。ガタガタと震える指を噛みながら言葉を絞り出した。
「犯人は、絢斗ってこと……?」
兄とがっちゃん、普段は真面目な2人がずっこけたのを、この日俺は初めて見た。
「違うだろ」
「僭越ながら、ありえないと思います」
とほほ、と言った感じで眼鏡を直しながらがっちゃんが言う。
「なになに、わかってるんだったら言ってよ!」
盛大に間違えた恥ずかしさで少し苛立つように言った俺に、兄の落ち着いた声が答えた。
「犯人は、思っているより身近な人間かもしれないってことだ」
「でしたらここ最近動きがないのもまぁ納得いきますね」
あの騒ぎが耳に入ったんでしょう、と名刑事のように推理していく2人。
確かに医師用の駐車場は病院の敷地内に少し入り組んだところにある。
何台も停まっている中で、俺の車を撮り俺を名乗るのは、偶然の一致にしてはできすぎている気がした。
霧がだんだん晴れていくようにはっきりしていく犯人像に、俺はなぜだかゾッとした。
ふと、病院の玄関に押し寄せるマスコミのフラッシュと、テレビカメラがこちらを向く残像が頭をよぎった。
────何年も前、うちの病院であった信頼していた職員たちによる大規模な横領と収賄事件。
『地域医療を担う基幹病院としての責務をどうお考えですかっっ』
甲高いリポーターの声。
『お前んち、今大変だな。で、ほんとのとこはどうなの?ははっ』
どこかよそよそしくなった友人たち。
そうだった、あのとき俺はちょうど医師国家試験の年で。
友人たちに迷惑がかかったら嫌だな、と勉強会を抜け1人で勉強したんだった──ふふ、懐かしい。
ゆっくり瞼を閉じた。
……また、誰かに裏切られているのか。
沼に足を踏み入れたときのように、気持ちが沈む。
誤魔化すように慌ててテーブルのお茶を飲んだ。
湯呑みのほんのりしたあたたかさとお茶のよい香りが、妙に心に沁みた。
────その後、念のため弟の絢斗に探りを入れてみたのだが、俺が疑っていることは一瞬で見抜かれ、たいそうへそを曲げられた。
『もう知らねーよ!勝手にしろ!!』
『悪かったって。お前が欲しがってたタイヤ買ってやるから。それで許せ、な?』
『…………………………今回だけだからな』
手で口元を覆い、にやけている様子を隠そうとしている絢斗。まったく、かわいい弟だ。
頬を緩めながら、届いた請求書を開く。
思っていたよりも高額な請求額に、俺は白目を向いた。




