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虚像の恋  作者: ゆり
2/20

始動

「ただいま戻りましたー」


 誰もいない医師の詰所に、自分の声が響いた。

 いつもなら誰かしら作業をしているのだが、今は無人。

 空調の音だけが規則正しく聞こえてくる。


 自分のデスクには戻らず、そのままちょっとした休憩スペースのソファに腰掛けた。


 心地よく体重を受け止めてくれるソファに身を預け、俺は今回の騒動に考えを巡らせた。


 ──きっかけは、病院の評判をチェックするためにインターネットを巡回していた職員が見つけた掲示板だった。


 地元の玉石混交の情報が書き込まれるその掲示板の「病院」カテゴリーに、「SZK病院の医師に気をつけろ。遊ばれる」とのトピックがあったのだ。


 いまひとつ盛り上がりに欠けるトピックではあったものの、一つ二つ「私も(卑猥なワードのため非表示)」「このアプリにいるww→」と気になるコメントがあったため、報告してくれたそうだ。


 病院のホームページ(医師紹介欄。写真は載せてなくてよかった)のアクセス数が増えているとも聞き、「なんか怖いねー」なんて話していた頃……


 俺が外来に出ているときにちょっとした騒ぎが起きたのであーる。





 ・・・





「はいこんにちはー。お待たせしてすみません」


 その日最後の患者さん。

 いつもながら予約人数超過の患者さん対応の終わりが見え、俺も周りのスタッフも気が緩んでいたときだった。


 おずおずと診察室に入ってきたその女性は、丸椅子に座り、じっと俺の顔を見つめてきた。


「えと、……待つのに疲れましたよね、申し訳ないです……」


「…………………………」


 あ、緊張してるのかな?


 ひたすら続く沈黙に、『主訴なんだっけ?』とカルテを見た瞬間、女性が掠れた声で言った。


「…………あの、あなたが……すずきとうま先生?」


「え?うん、そうだけど……」


 あまり聞かれない質問に少々驚きつつ、胸ポケットに下げてあるIDカードを見せた。


 それをばっと手に取り、カードと俺を照合するように何度も何度も視線が往復する。

 引っ張られたカードの紐が首に食い込み、ちょっと痛い。


「あの……?」


「…………………………」


 女性の手からカードがパサっと落ちた。

 彼女の目にみるみる涙がたまり、ダムが決壊するように大粒の涙が瞳からこぼれ落ちた。


『わ、大丈夫ですよ〜。ここ病院だからねー。どこが痛みますかー?』


 急展開に驚きつつ、イスを寄せて顔を覗き込んだ。

 そばにいた看護師がティッシュ箱を差し出してくれ、涙をぬぐってやる。


『やっぱり!違う!!おかしいと思ってた!!!!』


 更にわんわん泣き始めてしまった女性。


「「…………………………」」


 そばにいた看護師や何事かと様子を見にきた看護師たちに『違う泣かせたの俺じゃない』と首を振りながら、しがみついてきたその女性が泣き止むまで、ずっと抱きしめていたのだった……。




・・・




『斗真、くれぐれも俺がなんとかしてやろうなんて考えるなよ』


 副院長室を出る時に兄からかけられた言葉を思い出す。


『……と言っても無駄だろうが……』


『私もそう思います……』


 同意を示したがっちゃんのため息が聞こえる。


 煌々と光るスマホの画面をタップ、スクロールして目的のアプリを見つけダウンロード。


 マッチングアプリをダウンロードするなんて俺のポリシーに反したが、この際仕方ない。


『withというマッチングアプリで知り合ったんです…。医者で、この病院で働いてるって言ってて…』


 あの女性が話してくれたことを思い出しながら、「自分情報」をテキトーに入力していく。(何これ?嘘つきたい放題じゃん、意味あんの?)


 全ての入力を(テキトーに)終え、「はじめる」のボタンをタップすると、画面に「ようこそ!」の華々しい文字が現れた。


『'すずきとうま'って言ってたんです…。立場が複雑だから、自分とのことはあまり人に言いふらさないでねって…』


 ──懐疑心に苛まれつつも、受付で暴れることもなく、冷静に診察室に入ってきてくれたあの女性に感謝した。

 信じていた人に裏切られているかもしれないのに、自分の目で確認しにきたのは立派だと感じた。


「……女を泣かす奴は男の風上にもおけねぇよ」


 苦々しい思いでアプリを進めた。

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