ニセモノ騒動
副院長室の大きな窓の向こうには、明るい灰色の空が見えた。
白い雲と灰色の雲が混ざりあい、まるで綿菓子のように浮かんでいる。
それを眺めながら、今日は夕方から雨だと患者さんが言ってたな、と呑気なことを考えていた。
「────斗真、聞いているのか?」
怒気をはらんだ副院長の声が、鼓膜を揺らした。
意識を引き戻し、視線をゆっくりと声の主へ合わせる。
副院長の兄・鈴木湊斗がこちらを睨みつけている。
その怒りにうんざりしながら大袈裟にため息をつき肩をすくめて見せ、聞いていますよの合図を送った。
気まずい沈黙が流れ、俺は先ほどから何度も繰り返していることを伝えた。
「あと何回言えば信じてもらえる?俺は、知らないって」
「どこかにスマホを置き忘れたとかは」
「ないない。いつもポケットに突っ込んでる。なかったら気付くから」
「…………………………」
副院長もため息をつき、椅子に背を投げ出した。
彼はしばし天井を見つめた後、忌々しげに髪をぐしゃぐしゃとかき、深く息を吐いた。
「────まいったな」
「俺も」
苦笑いしてみせると、兄もまた諦めたように口角を上げて言った。
「マッチングアプリでお前のニセモノが出るなんてな。冗談にしてはタチが悪い」
ふぅ、と呼吸を整え姿勢を正し、秘書にお茶を淹れてくれるよう内線を入れた。
緩んだ空気に俺は内心ほっとし、脇にあるソファへどさりと身を預けた。
弾劾裁判は閉廷したようだ。
裁判官殿はネクタイを緩め、秘書が淹れてくれるおいしいお茶をお目当てに、いそいそとテーブル席へやってきた。
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「ていうかさ────なんなんだろうね────まじ迷惑なんだけど────」
秘書のがっちゃん(加賀山くんだからがっちゃん)が淹れてくれた美味しいお茶を飲みながら言うと、先ほどの厳しい調子とは打って変わったのんびりとした声音で、副院長が答えた。
「そうだなぁ……」
「あの……お二方に混じりお茶を飲むなど秘書として越権行為ですので、私は失礼したいのですが……」
「いーのいーの、俺たちマブじゃん!固いこと言いなさんなって!」
怯えるように、助けを求めるように兄の副院長を見るがっちゃん。
「弟と2人でお茶なんて味気ない。ぜひ加賀山くんも一緒に」と穏やかな笑顔で言われ、諦めたようだ。
一瞬動きが止まった後蚊の鳴くような声で「……では失礼して」と呟いたのが聞こえた。
がっちゃんが煎餅の袋を開けるカサカサとした音が響いた。
それをむしゃむしゃ食べながら談義は続く。
「目的はなんなんだろーね。ヤりたいだけ?」
「まぁそうだろうな……」
「しかし、斗真先生を模したところですぐにボロが出そうですけどね」
「そうだな」
じっ…と見てくる2人。
「え、何?男に見つめられても嬉しくないんだけど」
眉をしかめると、副院長とがっちゃんが視線を合わせて笑った。
それにムッとし、
「ちょっとちょっと、なんなのよ」
「いえ……率直に申し上げまして」
がっちゃんが優しい笑顔を浮かべた。
「芸能人と並んでも遜色のないご容姿に、医師という立派な職業。そしてこの鈴木病院の創業者一族。
こんな特徴のあるお人を名乗ろうなんて、どんなに厚かましい人物なのかと思いまして」
過分なお言葉に、ついにやけてしまう。
「いやいやいや……それ褒めすぎだから……」
渦中にあろうとも、褒められれば悪い気はしない。
にやにやしながらがっちゃんの湯呑みにお茶をドボドボついだ。
「熱っ」
「ごめんごめん〜やけどしてない?ふーふーしようか?」
「結構です、からかわないでください」
やいやい騒いでいる様子を見ながら、兄が「仲良いなぁ」と笑ったのが見えた。
「そうだ、斗真がいつも部屋にお邪魔してるみたいで。世話になってるな。ありがとう」
俺ががっちゃんの家に入り浸っているのは耳に入っていたらしい。
穏やかにそう言った兄に、がっちゃんが真っ赤になった。
「あ、いえ、とんでもないです」
「うっとうしいだろう。そういう時は遠慮なくもう来るなと言えばいいから」
「いえ、確かに最初はうっとうしかったですけど最近はもう慣れてしまってあまり気も使わなくなったといいますか、たまにご飯を食べにくる野良猫と認識しておりますってすみません、口が滑りました」
がっちゃんが言った悪口(?)に兄が軽やかに笑う。
「…………………………っ」
「?」
はにかみそうになる口元を必死で噛み締めるがっちゃんと、それに全く気づかない様子の兄。
その対比がおもしろく、俺は吹き出しそうになるのを必死でこらえた。




