明暗
※暴力的なシーンがあります。苦手な方はご注意ください
翌週、司は病院に復帰した。
朝礼にて、『ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした』、『生まれ変わったつもりで、精進いたします。どうかまたよろしくお願いします!』と深々と頭を下げた。
顔を上げ、少し緊張した面持ちで皆を見た。
その瞳には、決意の強さを示すような、きらきらとした輝きが見えた。
これまでの、どこかぼんやりして自信のなさそうな印象とは違う溌剌とした様子に、科の先生方は目を丸くして反応に困っていたものの、『俺も生まれ変わりたいです、部長、休みください…』という牧田さんのパフォーマンスで場が和んだ。
もっとも、牧田さんに言わせるとパフォーマンスではなく本音だったそうだが。
そしてその日の夕方、鉄平のご両親が鉄平の退職願を持ってきた。
俺は外来が長引いてお会いできなかったのだが、『斗真先生に、本当に申し訳ありませんでした、とお伝えくださいませ』と言って泣いていたそうだ。
依願退職という形にしてくださり感謝しています、とも。
2人の若者の明暗が分かれたことに、心が痛んだ。
鉄平のロッカーの名札は、俺がはずした。
・・・
「そうだったんですね……」
あの日から1ヶ月ほど経ち、俺は今、
「うん」
「うん、て。被害届出せばよかったですのに。鈴木さんって優しいんですね」
「…………………………」
高崎麻耶と、喫茶店でコーヒーを飲んでいた。
返答せずコーヒーカップを傾けた俺に苦笑いしながら、麻耶もケーキを口に運んだ。
クラシック音楽が静かに流れる落ち着いた店内。
会う約束はしていなかった。
けれどここに来れば麻耶に会える気がしてごく自然に足が向いたのだが、彼女が本当に店内にいたときは驚いてしまった。
向こうも俺を見て一瞬目を丸くしたものの、お互い会釈したのち、『ここ座ります?』『いいの?』『どうぞどうぞ』と身振り手振りでやりとり、読んでいたテキスト類を片付けてくれたテーブルに、コーヒーを
持っていった。
彼女も関わっていたことだったので、一連の事件の結末を伝えた。
少し沈黙が流れたのち、麻耶が口を開いた。
「そういえば、その『女性化写真に協力してくれたお友達』とは、話をされたのですか?」
悠介くんのことだ。
なりすましとコンタクトを取る際、自分を女性化した画像を貸してくれたのだ。結局それは鉄平にばれていたので、事件に巻き込まないで本当に良かった。
「うん。もう平謝り。何もなかったからよかったけど、何かあったらと思うとゾッとするよね」
「確かに……」
「笑って許してくれたからいいけど、今度こんなことあったらもう自分でちゃんとやろうって思った」
「いやいや、またこういうことがあったら困りますって」
麻耶が苦笑いした。そして「あ、」と
「もしかして、協力してもらった人全員に結末を言いに行ってるんですか?」
驚いたように言った。
「うん。まぁ全員っていうか、悠介くんと麻耶ちゃんの2人だけだったから、そんなに大変じゃないし……」
「え〜〜すごく律儀!見た目ちゃらちゃらしてるのに!!」
麻耶ちゃんにも会いたかったし、と続きそうだった言葉は、麻耶に遮られてしまった。
「あはは、よく言われる〜」と返し、そこから美容の話や人間関係に気を使いすぎる中間子の悲哀について、など話題が移っていった。
麻耶と話す時間は、楽しかった。
ちなみに彼女は一人っ子らしい。なるほどなるほど。
・・・
楽しい時間はあっという間に過ぎ、店を出るとあたりはすっかり暗くなっていた。
「ごめん、話しすぎちゃった。勉強大丈夫?」
「大丈夫ですよ。ぬかりありません」
にっこり笑う麻耶に、俺も思わず口角が上がった。
「じゃあさ、連絡先きいていい?今度飯でも食いに行こーよ」
「あはは、ぜひ。それを楽しみに仕事と勉強頑張ります」
あ、もちろん自分の分は自分で出しますから安心して誘ってくださいね、という彼女に、なんだか温かな気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
────懐かしいな、こういうやりとり。
連絡先の交換を終え、スマホをポケットにしまった。
「じゃあね。また」
「はい」
はじまりの予感に、微笑みあっていたその時、
「斗真先生」
男の低い声で名を呼ばれ、驚いてそちらを見た。
────鉄平だった。
最後に見た時よりもやつれてはいたが、身なりも清潔にしており、「初見、異常なし」と場違いなことを感じた。
すぐにそれは間違いだとわかった。
彼は、ナイフを持っていた。
それに気付いた周りの人達が悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
鉄平が、ゆっくりと、近づいてくる。
「好きです。好きなんです。一緒に死んでくださいお願いします」
俺の足は、動かない。
「せんせぇぇぇぇぇ」
鉄平が、ナイフをふりかざす。
「危ない!!!!!!」
ドン、と押され、俺は横に倒れた。
その上に女性が、麻耶が、倒れ込んできた。
「麻耶ちゃん!!!!!!」
「……いったー……」
顔をしかめる麻耶。
肩から背中にかけて衣服が裂け、じわじわと血が滲んできた。
鉄平が激昂し、俺から麻耶を乱暴に引き剥がした。
「俺の斗真さんに何してんだよ!!!!……お前、あの女じゃねえか……」
麻耶を認識したようだ。ぶるぶると震え出した。
「……元はといえばぁ……お前が病院に来なければこんなことにならなかったんだよぉぉぉぉお前のせいでぇぇぇぇぇぇ」
鉄平が麻耶めがけてナイフをふるおうとした。
「麻耶!!!!!!!」
考えるよりも先に体が動いた。
鉄平に体当たりし、2人とも倒れ込んだ。
なんとかナイフを遠ざけようと揉み合いになる。
頬に熱い閃光が走った。
斬られたのだとわかったが、そんなことに構ってられなかった。
やがて鉄平が俺に馬乗りになり、目があった。
彼は、悲しそうで嬉しそうな、どこか清々しい表情をしていた。
「斗真先生、愛してます」
「────────」
「俺も、すぐにいきますから」
ナイフが外灯を反射した。
観念して目を閉じた。
「……?」
俺にのしかかっていた重みがなくなり、鉄平の体が倒れた。
麻耶が横から蹴りを入れたのだと理解するのに幾秒か要した。
倒れ込んだ拍子にナイフがカラカラカラ…と向こうへ行った。
「…………へ?」
「鈴木さん、大丈夫……?」
肩で息をしながら、麻耶がこちらを見て、心配そうに笑った。
「こら!!!!逃げるな!!!!」
よろよろと起き上がって逃走を図ろうとした鉄平に麻耶が怒鳴り、腰にかぶさるようにしがみついた。
その様子を見て俺も我に返り、鉄平を制圧した。
「ああああああああはなせぇぇぇぇぇぇぇ」
彼は暴れていたものの、やがて観念したようにがっくりとうなだれた。
全員が肩で息をしている、異常な状態。
街灯のあかりと人々のざわめき、「何かの撮影?」なんて声も聞こえ、本当にそうだったらどんなにいいかと思った。
やがて、遠くからパトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。
麻耶の出血が心配だった。




