司
お茶菓子を食べ、その包み紙で鶴を折る。
そんなことを繰り返している。
最初はテキトーに取り組んでいたのだが、段々熱が入ってきてしまい、折り目もしっかり合わせ、紙の上を丁寧に指を滑らせていた。
「……あの」という司の遠慮がちな声が聞こえた。
顔を上げると、彼は少し怯えた目をした。
「あ、すみません、集中されているときに」
どうやら怖い顔になっていたらしい、慌てて現実に意識を引き戻した。折り紙はいつのまにか熱中してしまって、いけない。
「いや、ごめんごめん。つい真面目にやっちゃって」
「……お上手、ですよね……」
司がテーブルの上にいる鶴を手に取り、しげしげと眺めた。
「本当に……」
「えへへ、そうかな。でもこのくらいちょっと練習すれば誰でもできるって!」
「割り箸の袋でもすごく上手に何か作りますよね。いつも楽しみにしていました」
「え、そうなの?じゃあバリエーション増やしとくね!」
「…………………………」
俺の一言に、司が懐かしそうにふっと笑った。
「?」
「あ、いえ……斗真先生の明るさに、俺はいつも救われてました」
そう言うと、彼は視線を手元に落とした。
少しの沈黙の後、整理がついたのか、静かに語り始めた。
「……鉄平とは、最初はいい友達だったんです」
あ、大学は違うので鈴木病院で一緒になったんですけど、と慌てたように付け加えた。
「けど、一緒にいる時間が長くなるにつれて、あいつの性格もわかるようになってきて……。それに加えて、現場での自分の無力感に苛まれて、俺、ちょっと参っていました……」
「…………………………」
確かに、司は他の研修医よりワンテンポ遅れていることが多く、他の先生方から『あれじゃあ外科は無理だろう』と言われてはいたけれど。
「……詰所で、他の先生が『あいつには無理だ』と話しているのが聞こえてきたこともあります」
司が声を詰まらせた。
涙をこらえるように唇を震わせた。
「けど……そこで斗真先生が『長い目で見ましょう。きっと大丈夫』と庇ってくれたのも聞こえました……。本当に嬉しかったです……」
司の目から涙が一筋こぼれた。慌ててぬぐった。
「斗真先生に恥をかかせないよう、一生懸命頑張ろうと決めました。……そんな頃です、鉄平が先生を見る目に、なんだか違和感を覚えるようになりました」
「────────」
思わず体が固まった。
「……すみません、やめましょうか」
司が俺を気遣うように言った。
先ほどご両親がいる前では「マッチングアプリでのなりすまし」「犯人がわかった際、取り乱して暴力をふるってきた」という風に伝えたのだが、司は勘づいたことがあるのかもしれない。
「いや、いいよ。続けて。大丈夫」
「…………………………」
「いいから」
ほら、早く とせかす。
「……すみません、こんな話は嫌かもしれませんが、その、鉄平が先生を観察していることに気付いたんです。軽くつっこんだことはありますが、『憧れてる』と返されました」
ここまでは鉄平の供述と一致している。
「最初はそんなものか、俺の気のせいかと思っていたのですが、段々あいつの行動が異常に思えてきて……」
「えと、異常というと……」
怖いもの見たさで尋ねてしまった。
「先生の車を見に行って、中を覗き込んで誰かと一緒だった形跡がないか確認したり、置いてあった飲み物を見て『これ飲むんだ』と喜んだり」
「────────」
頭がくらくらした。
美形と呼ばれる部類にいるせいか、ストーカー行為は受けたことがある。
彼/彼女らと似たような行為に、既視感を覚えた。
同時に、アプリのタイヤの画像はその時に撮ったものかと冷静に判断した。
「……先生が、詰所のソファで寝ていらしたときに、鉄平が、その……先生の髪をなでているのに出くわしたときは流石に止めました」
「わ────ありがとうね────」
がくっとうなだれる。自分の無防備ぶりがなんとも間抜けに思えた。
自分が研修医たちを守っているつもりだったのだが、自分も守られていたことに気付き、申し訳ない気持ちも込み上げてきた。
司も申し訳なさそうに苦笑いした。
「先生に、尊敬以上の感情を持っていることは明らかでした。エスカレートしないよう見張っていたのですが、そんな俺があいつにとってはうっとうしかったらしく、日に日に仲は悪くなっていきました。
けど研修医仲間で遊んだことがあって。
その帰り、鉄平と俺の2人になったとき、女の人が話しかけてきたんです。話の内容から、2人は、その、いわゆるセックスフレンドな感じでした。
そして────その女の人が鉄平を『鈴木病院の御曹司さま』と呼んでいたり、鉄平がまるで斗真先生のように振る舞っていることに気付き、なりすまし、という言葉が頭をよぎりました」
「…………………………」
核心に迫る話に、口を挟めない。
「鉄平はあっさり認めました。俺、そんな馬鹿なことはやめろ、と言いました。けどあいつは『憧れてる。俺は斗真先生になりたい』と言って、耳を貸しませんでした」
「────────」
司は相変わらず自分の手元を見つめている。
少なくなっていた湯呑みにお茶を足してやり、自分のにも注いだ。
「先生に全て話そうとも思いましたが『斗真先生と同窓生で、研修医でも優秀な俺と、鈍臭いお前、どっちの言うことを信じると思う?』と釘を刺され、……すみません、俺の自信のなさで、お伝えすることができませんでした……」
司が俺の方を見て、心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、いいんだよ!本当に。心配してくれてたんだね。気付かなくてごめんね」
ほら、これ飲んでと湯呑みをつつつ…と司の方へ寄せた。
恐縮しながら一口飲み、話を続けた。
「そんな折、鉄平から相談されました。『どうしよう、きっと斗真先生にバレた。どうしようどうしよう』と。すごい美女の写真を見せられました。『これ、斗真先生の友達の橘先生だよ!きっと囮捜査だ』って言うんです……って先生?」
片手で目を覆い天を仰いだ俺に、司が不思議そうに言った。
「いや……なんでもない……続けてください…」
「?はい」
悠介くん、ごめん。バレてた。
今度会うときはお詫びにデザートを奢ろうと思った。
「素直に謝れって提案しました。『勇気が出ない。一緒に来て、見守ってくれないか』と泣きながら言うので、俺もついOKしてしまいました。……自分の目で見届けた方がいいとも思ってのことだったんですが……約束の日、あいつは現れませんでした」
大きな事故があって病院がてんやわんやだったあの日。とは言っても休みの日の研修医を呼び出したりまではしない。
────鉄平はきっと、最初から約束の場所に行くつもりなんてなく、何食わぬ顔で出勤していたのだろう。
そんな彼に『お疲れ様』なんて声をかけていた自分のなんと抜けたことか。
と同時に、鉄平の策士ぶりにはぞっとするものを感じていた。
『斗真先生が俺の専属になってくれたみたいで嬉しいです!』
あの無邪気な笑顔には、こんな茶番劇があったなんて。
「はめられた、とわかりました。……すみません、その場で真実を話せばよかったのですが、鉄平と俺、どちらを信じてくれるかと考えると、…………………………自信がありませんでした」
司はうつむいている。
そんな彼にお茶菓子をすすめ、伝えた。
「話してくれてありがとう。今聞いたことは、副院長にも共有するから。後々また話を、ということになるかもだけど、そのときは俺も一緒に行くから。うん」
司の話は、鉄平の話を裏付けるのに十分なものだと感じた。
しかし、一点。
「ただ、なんで悠す…じゃない、橘先生の画像ってわかったの?」
送った画像のことだ。彼らはなぜ悠介くんだとわかったのだろう。
司が「あ、えと」と言った。
「……産婦人科へ研修に行ったときにお世話になったんです。ものすごく美形な先生だったから、覚えていました」
「あ────なるほど────」
合点がいった。いろんな科がある鈴木病院、とはいっても、産婦人科はなく。
研修医は提携している橘産婦人科に勉強しに行ってもらっているのだった。
盲点だった。
安易な策に、背筋が冷えるのを感じた。
悠介くんを面倒ごとに巻き込まなくてよかった、と心の底から神(のような何か)に感謝した。
ちょうどタイミングを測ったように、時刻を知らせる時計のメロディが流れ始めた。
気付くと、もう昼から夕方に差し掛かる時間帯だった。
「わ、結構時間経ってるね。長居しちゃった」
「いえ、いいんです。どうぞお好きなだけいてください。……って言ってもなんもありませんが」
「あ、いえいえ」
座布団に座り直し、佇まいを整えた。司くんに言うべきことがあった。
彼も何かを察したのか、背筋を伸ばした。
「司くん」
「はい」
互いの視線が重なった。
「もう嫌かもしれないけどさ、また一緒に働けるの、楽しみにしてるからね。気持ちが落ち着いたら、戻ってきて欲しいと思ってる」
司がハッとしたように俺を見た。
「もちろん、無理にとは言わない。君の気持ちを尊重するから。まぁ、俺はこう思ってるよ、ってだけ言わせてもらった」
片目を閉じて笑うと、司もつられたように少し笑った。
ありがとうございます と、か細いけれど、はっきりした声が聞こえた。
緊張の糸はすっかり緩み、俺は再び足を崩した。
先ほど折った鶴たちが、まるで一件落着と言っているかのように羽を広げていた。
・・・
「しっかし、すっごいかっこいい先生だったわね〜。お母さん久々に若返っちゃった〜」
「何言ってんだばーろー、ばばあが若い男に鼻の下伸ばしてんじゃねぇよ」
「何だって〜?あんただって裏の養魚場案内するくらいには気に入ってたじゃないの。そのせいで先生帰るの遅くなって」
「魚がわかるやつだと思ったんだよ。喜んでたからいいじゃねぇか」
「またじじぃが屁理屈言って!」
いつものようにぎゃあぎゃあと騒ぐ両親を横目に食事を終え、司は2階の自分の部屋に戻った。
扉を閉め、電気もつけず、本棚の前に座った。
医学関連のテキスト達。
束ねようとしたのか、紐とハサミが横に置いてあった。
「一緒に働けるの、楽しみにしてる、か……」
司がぼんやりと呟いた。
ゆっくりと目を閉じ、やがて肩が震え始めた。
静かな部屋の中に、彼の抑えた泣き声が響く。
「……ひぐっ……うぅ……えぐっ……」
「やめたくない……やめません……」
自分への誓いの言葉は、誰にきかれることもなく、涙とともに胸に刻まれた。
震える背中を、月の光が優しく照らしていた。




