↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚像の恋  作者: ゆり
13/20

その後

 結局鉄平は、1ヶ月の謹慎処分となった。


 寛大な処分に驚きの声もあったが、「研修修了までは面倒を見るが、その後雇用契約の延長はしない」という条件付きの処分だ。実質的な絶縁宣言のように思えた。


 もちろん俺は指導係をはずれ、鉄平は部長の厳重な管理下に置かれることになった。


 心配する俺に部長は、


『大丈夫大丈夫。というか、この状況で研修を続けられる心臓の持ち主なんていないさ。本人がやめますって言ってくるのを待ってるんだろ。え?もし私に何かあったら?……そうだな、優秀な部下たちに恵まれているから、救命措置に関しては何も心配していないな、ははは』


 と、豪快に笑った。


 日焼けした肌に白い歯が眩しかった。


 そうそう、この優しすぎる処分の背景には、鉄平のご両親(隣県の会社社長)が鉄平を連れて慌てふためいて来院、彼の目の前で俺や院長・副院長・部長に土下座して謝罪したのも大きかったようだ。


『私たちの不徳の致すところです。今後はしっかり監督し……』


 鉄平は表情もなく、ただその謝罪を眺めていた。


 こうして、マッチングアプリのなりすまし騒動に端を発した一連の騒ぎは、幕を閉じた。


 『どうした』


 詰所への帰り道、部長が俺に言った。


『顔色が優れないが……。まぁあんなことがあったからな。怖かっただろ』


 背中を叩く手が優しい。絶対的な安心感に目頭が熱くなった。つい、


『……いえ、なんか……やけにおとなしかったな、と思いまして……』


 不安を吐露してしまう。


 部長は無言で、俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。






 ・・・





 ────そして、今。


 俺は車を走らせ、司くんの自宅に向かっている。


 副院長室でのお茶会で、


『友達から連絡いってるかもしれないけどさ、やっぱ一回は話したいと思って』


『……そうだな。話をした上で、どうするかは本人が決めればいい』


『お気をつけて』


 という会話を交わしたことが、頭をよぎった。


 司の実家は病院から車で3時間ほどのところにある自然豊かな場所だった。


 そこに向かう海岸線を走りながら、車の窓を開ける。


 気持ちの良い風に心がなごんだ。


 あたたかな陽の光に誘われ、かけていたサングラスを外した。


 海面に光がきらきらと反射し、時折鳥たちが羽を広げているのが見えた。


 この間の騒ぎが嘘のような穏やかな光景に、傷ついた心が癒やされていくような錯覚に陥った。


 なんて美しいドライブだ。


 街中では出会えない風景に胸が躍った。


 途中で休憩をはさみつつ、司の実家近くに着いた。


 駐車場に車を停め、印刷してきた司の実家の住所と、目の前にある建物の看板の下に書いてある住所が一致していることを確認、深呼吸してから店内に足を踏み入れた。


 間宮金魚店。


 そこが司の実家だった。


 水槽が趣味の兄が知ったら、たいそう喜ぶだろうと思った。




 ・・・




「こんにちはー」


 水槽のぶくぶくという音が響く店内。


 隅の方で水槽を洗っていた女性が顔をあげた。


 司に似ていた。


「いらっしゃいませー。どうぞ見ていってくださいねー!」


 朗らかな笑顔でそう言い、また水槽の掃除に戻った。


 店内を見渡すと、たくさんの水槽の中に金魚や他の小さい魚もいて、色鮮やかな光景にテンションが上がった。


 水中をひらひら舞う金魚たちは、とても神秘的で美しかった。


 兄の影響か、俺も水槽を見るのは嫌いじゃない。


(……は〜なごむわ〜。俺も1匹飼ってみよっかな〜。けどな〜世話がな〜。あ、医局で飼えないか提案してみよっかな)


 1人でぶつぶつ言っていると、


「ふふ、気になる子がいますか?」


 先ほどの女性が微笑んでいる。


「あぁ、えっと、うん、みんないいからみんな欲しいなって思ってました。けど世話が大変かな、なんて思ったり……」


「世話のことを考えるのはいいことですよ」


 女性が水槽を洗うのに使っていた水を止め、ホースをくるくると巻きながら笑った。


「1週間に1回、三分の一くらいの水換えが目安です。水槽の大きさにもよりますけど…」


「へ〜全部かえなくていいんですね」


「そうなんです。水槽の環境が急に変わるのもよくないのでね……」


 本格的な談義が始まろうとしたその時、奥の方から何かを落としたような大きな音が響いた。

 驚き、音がした方を反射的に見た。女性が苦笑いした。


「すみませんね、うちのアホがなにか落としたみたいで。────こら司!!あんた何してんの!?ぼーっとしてないで早く拾いなさい!!」


 そこには、放心したように立ち尽くしている彼──司くん。


 家の用事を手伝っていたのか、上下つなぎに長靴姿。病院で見ていた様子とはまた違う姿がなんだか新鮮だ。


 目が合う。


 怯えるようにこちらを見る彼に


「……よっ」


 と片手をあげた。


 司くんの足元に散らばる水槽用フィルターを拾っていた女性が、「え?知り合い?」とほうけた声を出した。





 ・・・





 店内の裏にある自宅に案内され、和室に通された。


「もうやだ〜!先生なら先生って言ってくださいよ〜!あんまりかっこいいから、どこかの芸能人かと思ってましたよ〜!」


 からっと明るい声で、けらけら笑いながらお茶を出してくれるのは司くんのお母さん。


「……突然帰ってきやがったもんで。俺ら、何も聞いてないんですわ。先生、何があったか教えてもらえんですか」


 こいつに聞いてもなーんも言いやがらねぇ、と舌打ちをしているのはお父さん。


 荒い口調とは裏腹に、息子を心から心配しているのはその眼差しからわかった。


 そんな2人に挟まれ、居心地悪そうにきょろきょろしている司くん。


 相変わらず何も話そうとしないので、ひとまずご両親に事の経緯を説明することにした。


 お2人は心底驚いていた。


「────とまぁ、こんな感じで一応の決着はつきました。病院としては、司くんからも一度事情を聞きたいと考えております。そしてこれは俺個人の意見なんですが……」


 膝に手を乗せ、深々と頭を下げた。


「ご子息をこのような状況に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした。指導係として、私の監督不足です」


 ずっと考えていたことだった。


 俺が、もう少し2人の内面を気にかけていたら、また違う結果になったんじゃないか?


 平等に接していたつもりだったけど、鉄平が贔屓だと感じていたのなら、それが全てではないのか?


 いやでも俺だって指導だけやってたわけじゃない、外来だって手術だって入院患者さんの管理だって……


 頭の中で言い訳じみた自己弁護が始まりそうになり、目をぎゅっと閉じた。


「……先生、頭を上げてください」


 少しの沈黙の後、お父さんが落ち着いて切り出した。


「事情はわかりました。正直、頭のいい先生たちの間でそんな馬鹿なことあんのかって気がしますが」


 お母さんがお父さんを「あんた」と咎めた。


「……うちのバカ息子、何も喋らんかったんでしょう?そら、なんともできませんわ。ガキの頃から、大事なときに黙りやがって」


 お父さんが司をこづいた。


「だから、先生が責任感じることないですよ。おら司、ここまで来てくれてんだ、なんか言いやがれ」


 再びこづいたお父さんを、司くんがうっとうしそうに手で払った。

 そんな司くんにお父さんはあてつけのようにため息をついて、言った。


「ま、俺たちは仕事戻りますわ。後は若いもん同士でゆっくり話し合ってくれ。なんつって」


 にかっと笑った。


「何言ってんだろうね、この人は。先生、時間が許せば、いつまでも居ていいですからね。お茶のおかわりはあそこにあるから」


 そう言って台所を指差すお母さん。


 がはは、うふふ、と笑いながら向こうに行ってしまった。

 どたどたという足音が小さくなり、がらがらがら…ぴしゃっと引き戸を閉める音がすると、和室にしんとした静寂が戻り、思わず頬が緩んだ。


「ふふ、面白いご夫婦だねぇ」


「……すみません、なんか失礼な態度で」


 司くんが口を開いた。

 遠慮がちにこちらをちらちら見ながら、目の前のお茶を一口すすった。


 俺もお茶に手を伸ばした。


「いや、全然。ていうか普通に?接してくれて嬉しかった」


「…………………………」


 湯呑みをテーブルにコト、と置いた。


 司に頭を下げた。


「ごめんね。俺、もう少し話を聞けばよかった」


「わぁぁぁぁやめてください!!」


 司が慌てて立ち上がり、そのはずみで膝をテーブルに打ち、その振動でお茶が少しこぼれた。


「わぁ、すみません、大丈夫ですか!?服濡れてませんか!?」


「大丈夫だよ。大丈夫。……やっと、しゃべってくれたね」


 心の底からほっとして、司に微笑んだ。


 彼は一瞬はっとなり、それからバツが悪そうに目を逸らした。


「……何から話せばいいのか。すみません」


「いいよ、どこからでも。話しやすいところからで。俺お菓子食べながら待ってるからさ」


 足を崩しながらそう言うと、司がほんの少し笑った。


 どこからか、時刻を告げる時計のメロディが聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。