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虚像の恋  作者: ゆり
12/20

本性

※暴力的なシーンがあります。苦手な方はご注意ください

 予想外の大声に驚き、鉄平をまじまじと見つめた。


 いつもの犬のような人懐っこさはなりをひそめ、憎しみに震える狼のように鋭い眼光が俺を貫いた。


 その視線にたじろぎ、じりじりと後ずさった。気付けば、壁を背にしていた。


 間合いをつめてきた鉄平が、力強く壁を叩いた。ばぁん!という乾いた音で耳が少しキン、となった。


「……司、司、司!!そんなにあいつが気になりますか!!どうしてですか!?」


 泣き叫ぶような声音


 苦悶に歪む顔


 ギリギリ…という歯ぎしりすら聞こえてきそうだ。


 こんな風に真正面から負の感情をぶつけられたことはそんなに多くないので、この状況をどう扱えばいいのか戸惑った。


 鉄平の顔がくしゃっと歪んだ。


「俺が……どれだけあなたのことを慕っていたか……」


 そう言いながら、鉄平は俺の胸元にしがみつくように顔を寄せ、静かに泣き始めてしまった。


「うぅ……うっ……」


「…………………………」


 震える背中に手をやり、落ち着かせるようにぽんぽん、と叩いた。


「わかった。わかったから……」


 なるべく優しい声で言った。

 先ほどまでの不快感はもうすっかりなくなっていた。今はただ、この泣きじゃくる後輩の涙を止めてやろうと、ぽんぽん、ぽんぽん、と背中を穏やかに叩き続けた。


 ────のだけれど。


「!」


 気付いた時は、俺は天井を見ていた。

 鉄平に押し倒されたのだと気付くのに何秒かかかった。


「え?ちょっと、何??」


 鉄平の恍惚とした残忍な目に、いつぞや感じた感情が胸に湧き上がった。


『怖い』 ────


 その感情の名は、恐怖だった。


 鉄平が、人が変わったような早口でまくしたてた。


「簡単に『わかった』なんて言わないでくださいよ。俺のことをわかる人間なんていませんから例えあなたでも。生意気なこと言わないでください」


「……?」


「俺、ずっと、何もかもトップだったんです。勉強も、スポーツも。女だって不自由したことありません。全部、ぜ────んぶ、俺の思い通りです」


「てっぺ……


「それなのに!!なんで先生は俺より司をかわいがるんですか!?あんなうすのろ、俺の引き立て役でしかないのに!!俺が!!この俺が!!好きだって言ってるのに!!」


 鉄平の言葉に、理解が追いつかない。


 多分だけど、彼は自分が一番かわいくて。


 周りの人間は自分を褒めさせる駒くらいに思っていて。


 俺のことが好きだというのは、本当かもしれない。


 そんな俺が自分を一番かわいがらないから気に入らない、とそういうことを言っているのだろうか。


『嘘と本当が交じっているのが厄介だ』


 高崎麻耶の言葉が頭をよぎった。


 そして、俺が何か言葉を発する前に、鉄平の唇が重なった。


「────────!!」


「先生、せんせぇ……」


 執拗にむさぼられ、必死で抵抗した。


 がりっと鉄平の唇を噛んだ。


「ちょっと……落ち着こうか……」


 お互い息が上がっていた。


 俺から離れた鉄平が口を拭い、手についた自分の血を呆然と眺めた。


 静かに立ち上がり、


「…………………………!!」


 机にあったハサミを手にした。







 ・・・






 それは、なんだか無声映画の一コマのようだった。


 ハサミを手にした鉄平がゆっくり俺に近づいてきた。


 俺は急いで立ち上がって逃げようとしたが、足をつかまれ、引きずられた。


 乱暴に仰向けにされ、鉄平の感情のない目と目があった。


「…………………………刺すの?」


 意外に、ちゃんとした声が出た。


「いいえ……」


 鉄平はハサミで俺の前髪をゆっくりとかきあげた。


「……こうして見ると、うっすら跡が残ってるんですね」


 以前同僚の谷川さんと大喧嘩して殴られたときの傷のことだ。


 鉄平がその傷口に優しく口づけしてきた。心底ぞっとした。


「きれいです、斗真先生。こんな状況でも」


 鉄平の目がすっと細くなった。


「俺も、あなたに消えない傷をつけたい──」


 そう言って、俺の左手を大事そうに抱えた。


 うっとりしたように頬擦りされ、指の一本一本にキスされた。


 やがてそっと床に俺の腕を置き、ハサミを持ち直した。


 何をしようとしているのか、わかった。


「やめろよ……!!」


「俺のこと、忘れないでくださいね」


「やめろ────────!!!!」


 渾身の叫びが、響き渡った瞬間。






「何をしているんですか!!!!!!」






 第三者の声が聞こえた。


 驚いてそちらを見る。


「離れなさい!今すぐ!!一体何事ですか!!!!」


 がっちゃんだ。


 突然の乱入者に鉄平が怯んだのを見て、思いっきり殴った。鉄平の下から這い出す。

 がっちゃんが保護するように側に来てくれた。


「がっちゃ────ん俺腰抜けちゃってる────」


「大丈夫ですか?間に合ってよかったです」


「なんで──なんでなんで────?」


 来てくれたの、が言葉にならない。


 察したのか、がっちゃんが優しく言った。


「先ほどの電話、ちゃんと切れていませんでした。何やら大声が聞こえたので只事ではないと走って参りました。……己の勘を信じてよかったです」


「がっちゃ────ん」


 おいおいと泣く俺の背をそっとなでてくれた。

 鉄平に向き直り、凛とした声で言った。


「駒井先生、このまま、副院長室で話を聞かせていただけますか。虚偽の発言は即研修を中止いたします」


「ふざけんなっっっっっ!!!!ただの秘書がこの俺に指図するんじゃねぇ!!!!」


 鉄平の怒鳴り声にもひるまず、がっちゃんは冷静に言った。


「今の発言も記録しておりますので。さぁ、行きましょうか。私に危害を加えたらセキュリティを呼びます。……人の口に戸は立てられないと言いますからね?」


 関わる人間はなるべく少ない方がいいですよね?関わる人が増えたら、それだけ漏洩リスクもあがりますから……


 がっちゃんがほんの少し口角を上げた。


 鉄平が椅子を蹴飛ばし、「ちくしょう!!!!」と叫んだ。

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