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冷たいタオル

――視界が、揺れる。


腕を掴まれたまま、意識が遠のきそうになる。

怖い‥‥‥息が、うまく吸えない。その時だった。


「イシャー」



ふわり、と声が落ちた。


幼い少女の声、どこから聞こえたのか、わからない。


イシャーという青年の動きが、ぴたりと止まる。



「……はい」



静かに、頭を下げていた。僕の視界の端に、白い影が映る。



青年と同じ、白いフード彼岸花の模様が入ったマント。


 

そして――


顔も、腕も、すべて包帯に覆われた小さな体。


「駄目よ。もう時間切れよ。ファジュルに怒られるわ。お説教が長いのよ、彼」


やわらかな声、けれど、どこか空っぽだった。



「そろそろ貴方では勝てない人が来るわ」


イシャーという青年は僕を見て残念そうに息を吐いた。




「……残念です。」


 


そう言って、僕を見下ろしながら、ギリギリとまた首を締めながら呟いた。


「もう少し、君を知りたかった」


指先が、するりと離れる。


「またね。愛しい人」


その言葉を残して、青年達の姿は揺らぎ、消えた。




――だけど、その場にいた魔獣は、止まらなかった。

急にまた動きだし、人々を襲う。



黒く歪んだ巨体が、再び僕へと牙を向ける。

逃げ場はない、体も、動かない、意識が‥‥‥もう‥‥


 


(……あ)


 


終わる、と思った。


 


 


――次の瞬間。


 


音が、消え魔獣の動きが、ぴたりと止まる。


その目の前に――


小さな影が、立っていた。


「……遅いな」




低く、吐き捨てる声。

次の瞬間――


魔獣の体が、音もなく崩れ落ちた。


ぼやける視界の中で、その赤い瞳だけが、はっきりと見えた。


 


(……あの子……)


 



意識が、そこで途切れた。


意識がない楓を見つめるソラは、舌打ちをしつつも小さな体で抱き上げる。


そんな不恰好な姿に、コハク王は後ろ姿のソラについていきながら


「まったく素直じゃないやつだな」と呆れていた。







重たい闇の底に、沈んでいく‥‥。体は温かいはずなのに、どうしてか、寒い。


遠くで誰かの声がする。


 


薄暗い部屋、古びた畳の匂い‥‥日本にいた頃の僕の部屋だ。

閉め切られた空気と亡くなった祖母が正座をして睨んでいた。

 

「ったく、なんでそんな顔するの。その目……あの女にそっくりで、本当に気に入らない」

 

――ドンッ

 

鈍い衝撃と小さな体が床に叩きつけられる。

息が、詰まる。


 

「……っ、ぁ……ごめんなさい‥」

 

声にならない、苦しい。怖い。

 

「ったく!泣くなって言ってるでしょ!蓮の邪魔ばかりして!」


髪を乱暴に掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。

 

「その顔、やめなさい。見てると腹が立つのよ!桜!」

 

また、叩かれる。何度も、何度も。

 

ちがう……ぼくは……

 

否定したいのに、言葉が出ない。

 

ぼくは、母じゃないよ。

 

「はあ、、、なんて厄介なものを産んだのか。お前なんて、生まれてこなければよかったのに」

 

その言葉だけは、はっきりと刺さる。

 

 

――そのときだった。

 

ひやり、とした感触が額に触れた。

 

びくり、と寝ていた楓の体が跳ねる。


けれど、その冷たさは不思議と優しくて、

熱に浮かされた意識を、少しずつ引き戻していく。

 

濡れたタオルに丁寧に絞られたそれが、そっと額に置かれていた。

 

「……っ、は……」

 

呼吸が、少しだけ整う。

 

指先に、誰かの気配、、コハク王さん?コケシさんかな、、、キリシタンさんかもしれない。

 

けれど――触れてはいない。


ただ、すぐそばに“いる”のがわかる、目を開けたくても上手く開けれず。

 

しばらく、その気配は動かなかった。

 


 

やがて――

 

気配が、すっと遠のいた。

 

音もなく、風もなく、最初から何もなかったかのように。

 

 


「……ん……」

 

 

少しして、楓のまぶたがゆっくりと開く。

 

ぼやけた視界。

見慣れない天井、、いや、ここは僕の部屋じゃない。

 

「……ここ……」

 

 

かすれた声。

体は重いが、さっきまでの苦しさは、少し引いている。

 

額に違和感を覚えて、手を伸ばす。

 

 

「……冷たい……」

 

 

そこにあったのは、濡れたタオルだった。

 誰かが置いたとしか思えない、きちんとした位置。

 

 

「……誰か……」

 

 

部屋を見回す。

 

けれど――

 

誰も、いない。

 

 

気配も、足音も、

扉の開いた形跡すらない。

 

 

ただ、

ほんのわずかにだけ、

 

 

“さっきまで、誰かがいた”気がした。

 

 

「……気のせい……か……な?」

 

 

そう呟きながらも、

 

楓の胸の奥には、言葉にならない違和感が、静かに残っていた。

 






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