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魔女のお話  作者: seara
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薬の調合

小屋の扉が風に揺れてかすかに鳴ったあと、女の子はしばらくその場に立ち尽くしていました。

薪の火がぱちりと弾けるたび、母さんの残した言葉が胸の奥で重く沈みます。


役立たず。

愚図。

養ってやっている。

恥をかかせた。


どれも、女の子にとっては“正しいこと”でした。

母さんは腕の良い魔女で、女の子はその足手まとい。

だから叱られるのは当然なのです。


女の子はきゅっと唇を結んでごしごしと顔を擦りました。

悪いのは女の子なのです。せめて母さんの言いつけは守って、優しい母さんの負担を軽くしなくてはなりません。ごくりと唾を飲み込むと黒豚の匂いがして、女の子は具合が悪くなったような気がしました。でも、そんなことを感じてはいけないのです。腹痛止め薬とやけどの塗り薬と傷薬を作る必要があるのです。効きすぎてはいけませんが、全く効かなくてもいけないのです。買った人が、もうひと瓶買えば、完全に治るかも・・・と思うものでなくてはいけないのです。

女の子は大鍋を取り出して水瓶から水を入れました。手順通りに腹痛止め薬を作ります。十分な効果を出さないために、薬を煮詰めないようにして覚まします。


次に女の子は、黒豚の肉を切り分けたあと、残った脂身を小さな鉄鍋に移しました。火にかけると、脂身はじわりと透明な汗をかき始めます。


最初は静かでした。

けれど、火が脂の奥まで届くと、ぷつ、ぷつ、と小さな泡が弾けました。

まるで脂身が息をしているような音でした。


鉄鍋の底で溶けた脂は、ゆっくりと広がり、濁りのない、淡い金色の液体へと変わっていきます。薪の火に照らされて、その金色はどこか黒みを帯びて見えました。黒豚の脂は、普通の豚よりも深い色をしているのです。


女の子は木の匙でそっと混ぜました。脂身が縮んでいくたび、鍋の中で小さく跳ね、香ばしい匂いが小屋の中に満ちていきます。


その匂いは、肉を炙ったときの濃い香りとは違い、どこか甘く、温かく、黒玉葱を炒めたときの匂いともよく馴染みました。


やがて脂身はかりかりに乾き、鉄鍋の底には透き通った金色のラードだけが残りました。


女の子は火を弱め、鉄鍋を持ち上げました。光を吸い込むような黒い小屋の中で、そのラードだけが、静かに輝いていました。


『……これで、母さんの薬も、うまく作れるはず』


女の子はそう呟き、

まだ熱いラードを慎重に濾して半分だけ鉄鍋に戻しました。


鉄鍋の中で揺れる金色は、まるで小さな灯りのようです。



女の子は薬草棚の前に座り込み、母さんに言われた通り、やけどの塗り薬の材料をひとつずつ取り出しました。

乾いた黒草の葉、灰色になるまで焼いて砕いたカレンデュラの根、そしてラベンダーの蕾から取り出したオイル。


棚の奥から材料を取り出すと、扉のガラスに“鏡の中のお友達”が映りました。

にっこりと笑っています。

女の子は一瞬だけ視線を合わせ、すぐに作業へ戻りました。


鉄鍋を弱火にかけ、ラードをひと匙落とします。

金色の脂は、火に触れるとゆっくりと溶け、鍋底に薄い膜を広げました。女の子は黒草の葉を指で細かく砕き、ぱらりと鍋に落としました。

葉が油に沈むと、じゅ、と小さな音がして、

ほのかに甘い匂いが立ちのぼります。


次にカレンデュラの根をすり鉢で細かくすり潰し、粉になったものを少しずつ混ぜ込みました。

最後に高い場所からラベンダーの蕾のオイルを3滴注いて木の匙でかき混ぜて冷ましたらやけどの塗り薬の完成です。

女の子は急いでやけどの塗り薬をぴったり同じ量になるように用意してあった瓶に注ぎいれました。続いて傷薬を作らなくてはいけないのです。鉄鍋を綺麗に洗って、傷薬を作りために残っていたラードを鉄鍋に移しました。


女の子は窓の外を見て、月の位置を確認しました。まだまだ夜は始まったばかりです。


急いで傷薬も作ってしまえば、もしかしたら・・・。

女の子は額の汗を拭いて、傷薬の調合を始めました。ラードが完全に溶けたところで、女の子は乾燥させたラベンダーを手で揉み解しながら一握り入れました。

まだ若いゼラニウムの葉も一つまみ入れます。


薬草が油に沈むと、ふわりと青い香りが立ちのぼりました。

女の子は木の匙でゆっくりと混ぜました。

混ぜすぎてもいけません。

混ぜなさすぎてもいけません。ゆっくりとゆっくりと13回混ぜて、傷薬も用意した瓶に均等に移しました。


もちろん、使った鍋の始末をきちんとして、母さんに言われた作業は完了です。


ふう、と女の子は息を吐きだしました。胸の奥に溜まっていた緊張が、ほんの少しだけほどけていきます。


やけどの塗り薬も、傷薬も、腹痛止め薬も――

全部、母さんに言われた通りに作りました。

一滴もこぼさず、瓶も割らず、焦がしもせず。


『……よかった……』


女の子は小さく呟きました。


『扉の中のお友達。今日は母さんの言いつけ通りに出来たわ』

戸棚の前に行って、お友達に小さな声で報告しました。

お友達は微笑んでいましたが、ちょっぴり悲しい顔に見えます。

『どうしてかしら。悲しい顔なのね』

お友達は答えません。

扉の中のお友達は、いつだって声を出さないのです。

ただ、女の子が話しかければ、にっこりと笑ってくれるだけなのですから。


けれど今日は――

笑っているのに、目だけが悲しそうでした。


女の子はそっとガラスに触れました。

冷たい感触が指先に伝わります。女の子はそっと鏡の中のお友達の頭をなでます。

『悲しいことがあったのね。わたしと同じね。いいえ、違うのかも。扉の中のお友達は私のように愚図な役立たずじゃないもの・・・』

扉の中のお友達は静かに泣き出しました。金色の瞳が涙で濡れて、大粒の涙が光りながら頬を伝って流れ落ちます。

『泣いてはダメよ。私も悲しくなってしまうわ』

女の子は扉の中のお友達の悲しみを思って、ぎゅっと胸が締め付けられました。涙がぽろぽろとこぼれ落ち、鏡の中のお友達と同じように頬を濡らします。

『可哀そうな貴女。とっても悲しいのね。でも大丈夫よ!私は貴女の味方だもの』

扉の中のお友達の唇が女の子と同じように動いて、女の子は扉の中のお友達が同じことを言ってくれているのに気が付きました。


ありがとう。


その形が、鏡の向こうで確かに揺れました。

声は出ないのに、言葉だけが胸の奥に届くようでした。


女の子は嬉しくなって、涙を拭いました。

けれど、拭っても拭っても、胸の奥のざわざわは消えません。


『ねえ、私、今日はちょっと早く薬が出来たの。今日の薬はどれも効果を薄くするためには火を通しすぎてはいけないのばかりだから。私、寝る前に実験をしようと思うの!』


胸の奥のざわめきを消そうと、女の子は大きな声で扉の中のお友達に話しかけました。

実験には薬草を使います。母さんに気づかれないようにする必要があります。いけないことなのは承知していますが、薬ばかり作っていて、どうして立派な魔女にまれるのでしょう?ほんのちょびっと、母さんの薬草を使うだけです。

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