48.ポヨヨーンとしていた
場は緊迫していると思っていたけど、それはわたしたちだけで、リリーサは変わらずポヨポヨしてるし、リルフィーナに至っては、状況を呑込めず、ポヨヨーンとしていた。
「何でそう思うかな?」
わたしは体の力を抜いて、リリーサに向かい合う。とりあえずリリーサに危険を感じない。
「勘・・・ですね。」
「勘かーい!」
手に物を持っていたら、思い切り地面に投げつけていたであろう程のツッコミだった。
「バカにしないでください。お姉様の勘はギルド発表の天気予報より当たるんですよ。」
また微妙な例えを。
「わたしの勘では、たとえばファリナさんは人間ですね。そしてミヤさんは…ウニョウニョグチャグチャ?」
「やめて!元はそうなんじゃないかって考えをずっと打ち消してきたわたしの努力を無にするようなこと言わないで!」
「ファリナ、後で殴る。」
ミヤがちょっと不機嫌。
「で、ヒメさんは魔人族の気配がします。」
「それはいい。」
めずらしくミヤが他人に話しかけてる。
「さっき言った。お前天人族。どういうことだ。」
そういえば。こっちの素性を言い当てられたものでうっかり忘れてたけど、そんなこと言ってたよね。
「そのままですよ。ヒメさんが魔人族の血を半分引いてるように、わたしは天人族の血を半分引いています。父が天人族なんです。」
「え?天人族って本当にいるの?100年くらい前にこの大陸からいなくなったって・・・しかもそれすら伝説っぽいって・・・」
「らしいですね。実はわたしもよくわかりません。でも、わたしの父は間違いなく天人族ですよ。本人がそう言ってましたから。」
本人って・・・昨日の話を思い出せ。リリーサは何て言ってた?
6歳の時に父に教会に預けられた・・・って・・・
わたしと同じなんだ。わたしは赤ちゃんの時に、リリーサは6歳の時に、人族に預けられて、そして、父は・・・
「お父さんは、あなたを預けた後・・・死んじゃったの?」
わたしみたいに・・・
「生きてますよ。この間いきなり会いに来たので追い返しました。どの面下げて来れるんだって話ですよね。10年近く放っておいて。」
「生きてるんかーい!!」
本日2回目の最高潮のツッコミだった。
「別に生まれとか親なんか気にしませんし。こっちも成人として認められる13歳越して16です。親なんか知りません。」
「ごめん、ちょっと戻るね。お父さんが天人族って、天人族ってまだこの大陸にいるの?」
そう言えば、年に数回目撃情報があるとかいう話もあったね。
「知りません。いるんじゃないですか?父とは、この間帰ってくるまでもうずっと長いこと話してないから詳しくはわかりません。わたしを教会に預けた時も、仲間に会いに行くって言ってましたし。まぁ、それから10年近く音沙汰無しだったんで、とっくに死んでるものと思ってましたけどね。」
けっこういそうだね。幻の種族なのに。
「あ、混血仲間だと思って話しましたけど、このことはどうか内密に。世間の目はうるさいですから。ヒメさんのことも、もちろん誰にも言いません。」
当然だよ。誰に言えるの、こんなこと。
「休憩にしましょうか。」
「ごめん、そうしてくれるかな。」
疲れた。主に頭が。
リリーサがシートを出して、お茶の用意を始める。
「夕方キャンプで詳しく説明するけど、これが水の魔法陣。」
気分転換のついでに、天人族っぽい風に変えた魔法陣を手のひらに描いて、ポットに水を出してあげる。
「前に見たのと、この辺の描き方が違います。天人族っぽいです。なるほど、こっちの方がわたしにはわかりやすいです。やっぱり、ヒメさん、天人族に知り合いはいませんか?」
「わたしは・・・赤ちゃんの時に預けられてから、身内なんていない。知り合いなんてわからない。あ、でも前に天人族が研究してた魔法の研究書をいくつか読んだから、そのせいかな。天人族の魔法が理解できるの。」
「そんなものが残っているんですか。わたしも父が残してくれたものの中から、空間魔法の研究書を見つけて、<あちこち扉>と<なんでもボックス>を覚えたんですけどね。」
でもわたし、再生魔法はかなり前から使えてたんだけど。
「えい。」
わたしが考え込んでる間にリリーサが、わたしの教えた魔法陣で水の魔法を発動させてみる。
ザバーッとシートの上が水浸しになる。いや、もうこれ水没レベルなんだけど。
「キャー、キャー、こんなに出るとは思いませんでした。困りました、困りました。でも、すごいですヒメさん。一回でできるようになるとは思いませんでした。」
わたしたちが座っていたため、慌てて立ち上がって逃げまどっている中、水たまりと化したシートに座ったまま嬉しそうなリリーサ。
「乾かそうにも、森の中だし火を焚くのはちょっと考えものなんで、自然乾燥させるしかないから、もうあきらめて先に行くよ。」
「仕方ありませんね。火の魔法は夜に教えてくださいね。あぁ、これで火の魔法も使えるようになれば、旅が楽になります。」
わたしたちは、膝から下が濡れたまま歩き出す。
「うぅ、下着まで水が染みてきました。気持ち悪いですー。」
スカートのまま水たまりに座り込んでいたリリーサは、スカートがすっかり水を吸ってしまい、水を滴らせながら歩いている。
ズボンのため、濡れる被害をわたしたちより受けたファリナとリルフィーナは、主犯のリリーサに文句を言いたいみたいだけど、2人よりもリリーサの方が酷く濡れているため何も言えず、ジトッとした視線をリリーサに向けるのが精一杯のよう。
「なにも出ないね。」
黒の森を歩いていて、獣や魔獣の気配が全くしないのは珍しい。探知魔法で周りの様子を見ても、何もいない。
「わたしの勘ではこちらなんですけど、久々に自信がなくなってきました。」
ようやく歩きにくそうにしていたスカートが乾いて、普通に歩いていたリリーサも周りを見回し不安げになる。
「あれ、何かしら?」
ファリナが前方に何かを見つける。看板?みたい。
看板だった。なになに?
『この先、灰色狼大量発生中。基本立ち入り禁止。ハンターにおいては自己責任で。Cランク以上推奨。』
「ラッキーです。灰色狼いっぱいいますですって。狩り放題です。皆殺しです。」
「え?待って、今発言が段々不穏当になってなかった?」
「気のせいです。ヒメさん細かすぎです。」
「ヒメ様が細かすぎたらこの世に大雑把という言葉は必要ない。」
いろいろツッコみたかったけど、まぁいいや。なぜかわたしの悪口になりそうだし。
「で、どうするの?状況わからないけど行くの?」
ファリナが森の奥を背伸びしながら見てる。
「大量ってどのくらいかな。100や200ならいいけど、1,000とかだったら燃やすのも大変だなぁ。」
「売り物です。燃やさないでください。」
リリーサがいかにもプンプンといった素振りでわたしを睨む。
「100匹倒せる?使えそうなのって、剣と水か風の魔法くらいだよ。攻め込まれたら対処が大変だよ。半分くらい燃やしちゃおうよ。」
これが100より多かったらもっと大変だ。
「2,30匹かもしれませんよね。」
リルフィーナが決めあぐねているのに疲れたのか、しゃがみこんでこちらを見てる。
「結局どのくらいいるのかわからない事には動きようがないわね。」
肩をすくめてファリナが言う。
仕方ない。困った時のミヤ頼みっと。
「ミヤ、どのくらいいるかわかる?」
小声でミヤに尋ねる。
「わかる範囲で62匹。奥にもう少しいる。ただ・・・」
「ただ?」
「追われてる。こっちに来る。」
「え?」
森の奥から灰色狼の集団がこちらに向けて走ってくる。
「ちょっと!準備くらいさせてよ!」
ファリナとリルフィーナが慌てて剣を抜く。リリーサは指先を灰色狼に向けるけど、如何せん数が多い。
「ええい、<豪火>!」
先頭の数匹が炎に包まれる。
「あぁーーー!!」
リリーサの叫びが響く。灰色狼に襲われた?
「燃やしましたね!燃やしちゃいましたね!」
そっちへの悲鳴かい!だって、どうするの?こんないっぱいいたらこっちがやられちゃうよ。
わたしたちに飛びかかってくると思っていた灰色狼たちは、わたしたちの横を走り抜けていく。
「あれ?」
「<バラバラ>。」
リリーサが横をすり抜けようとした灰色狼を分解する。いや、だったら燃やしちゃってもいいじゃん。
「<モトドーリ>。」
目の前に、灰色狼の頭を向こうに向けて、後ろ向きに再生する。何のまね?
訳もわからずキョロキョロする再生された灰色狼の後ろから、リリーサがナイフで首筋を切り裂く。
「ギャワン!」
悲鳴を上げ灰色狼が倒れる。
「一匹です。<なんでもボックス>。」
収納するリリーサ。
なんだろう、それでいいのかって感じだけど、理には適ってるのかな・・・納得しづらい。
3匹をその方法で屠る。わたしたちも横を走りぬけるところを、切り裂いていく。
「リリーサ、収納お願い。」
6匹くらい倒したところで、リリーサも一息ついたようなので、収納を頼む。わたしたちが収納魔法を使えるのは教えてないから使えないふり。
わたしたちの横を駆け抜けた灰色狼たちは、ちょっと進んだところで向きを変えこちらを睨む。
わたしたちを敵って判断したかな。
「違う。来る。」
ミヤが灰色狼が来た方向に、油断なく戦闘態勢をとる。
そう言えば、追われてるって言ってたっけ。
森の木々の枝をかき分けて、それは現れた。
全長3,4メートル。毛の色は赤黒い。短い角を頭頂に持つ熊さん。
「熊さん言うな!」
ファリナが律儀にツッコんでくれる。
「ブラッドメタルベア・・・大きいね。」
魔獣の熊。けっこう凶暴。Bランク以上推奨。それが2匹いた。
睨みあう灰色狼とブラッドメタルベア。
「え、と。邪魔みたいだから、ちょっとどけようか。」
なんか居心地が悪かったので、わたしたちは両者の間からどけて離れた場所に移動する。その間、両者からは基本無視される。やっぱりお邪魔だったみたい。
灰色狼がまとまってブラッドメタルベアに向かって走り出す。飛びかかってくる灰色狼を爪で殴り倒すブラッドメタルベア。爪をかわした灰色狼はブラッドメタルベアの足や胴体にかみつく。一気に乱戦状態。
中にはわたしたちに向かってくる灰色狼もいて、それを剣で切り裂いては収納する。
「どうしよう。どうなってるのかな。」
「灰色狼は、基本つがいで生活してるけど、安全を脅かす強い敵が現れた場合は、群れを作ってそれを撃退するらしいわ。つまりブラッドメタルベアが灰色狼を餌にしようと襲ってきたから、それに対抗するため灰色狼も群れになって対抗してるところなんでしょ。」
「灰色狼をいっぱい狩れそうだからいいけど、熊さんはどうしようかな。リリーサ、分解できそう?」
「頭だけなら範囲に入りますから、できますよ。ただ・・・」
「ただ?」
「ブラッドメタルベアは肉は固くて食べづらくて、売れるところが毛皮だけなのです。頭がないと半値になってしまいます。」
展示用にしか売れないのか。仕方ない。
「じゃ、あきらめて分解するか燃やすかだね。」
「なに言ってるんですか。毛皮は灰色狼1匹の10倍で売れるんですよ。つまりあそこにいるのは、灰色狼にして20匹分の価値がある熊なんです。」
「いや、その分灰色狼いっぱいいるからいいでしょう。」
「商人であるわたしに目の前の商品をあきらめろと。いっそ死ねと言ってください。」
「言っていいなら言うよ。」
「酷いですヒメさん。そんなこと言うなんて信じられません。」
言えって言ったのあんただよね。
わたしたちがもめている間も、灰色狼とブラッドメタルベアの乱戦は続いていた。




