321.暖かな日
321.暖かな日
「暖かい。12の月とは思えないね。」
「これで天気がよかったら言うことないんだけれどね。」
ファリナ、愚痴らない。雨だからこそ、こうして雨宿りの名目でゆっくりできるんじゃない。
しとしとと雨が降る中、わたしたちは草原のど真ん中に建設されたミヤハウスの中で穏やかな時間を過ごしていた。
ここはギャラルーナ帝国の帝都からちょっと離れた場所。家の前方は草原、その向こうには白の森。後方には黒の森とその奥に黒の山脈が見える。
「こうなると、くつろぐためにベッドかソファーが欲しいですね。」
黙りなさい、リリーサ。ぜいたくは敵です。
「帰るという選択肢はないんですか?」
「カエルは敵です。」
リルフィーナとリリーサが漫談を始めたようだけど無視。お客もいないのにネタを披露するなんて芸人のすることじゃない。
「誰が芸人ですか!?」
あ、聞いてた?
「ちなみに、わたしたちの中にも芸人はいないからね。」
「ファリナ、ミヤはいつかヒメ様とどつき漫談をするつもりだが。」
ミヤにどつかれたら、わたし死ぬからね。
幸い……なのか、不幸なのか、主との激闘から2日目。わたしの体は調子を取り戻していた。
以前のように1週間寝込むこともなく、2日で元気になったのは喜ばしい事なのだが、それを聞いたリリーサが、狩りに行くと言い出して現在このざまである。
昨日はまっすぐ立つこともできないくらいの豪雨だったらしいけど、今は雨具が必要だよね、といったくらいの雨の量。まぁ、どちらにしても狩りをしよう、というより、表を出歩こうという気持ちになるような天気ではない。
いつもの帝都裏の丘の上に、ミヤに何かいないか確認してもらって、誰も、何もいない事を確認して門を開いた。
で、ごらんの雨。丘の上は主と戦った場所に近いので、何者かが戦いの跡を調べに来てる可能性もあるので、急いで場所を移動する。なにせあれから2日しか経ってないんだから。
で、濡れながら目視で数回、空間移動して今の場所に到着。すぐにミヤにミヤハウスを建ててもらった。
そんなにひどく濡れたわけじゃないので、服を着たまま焚き火に当たって乾かす。けど、12の月だというのに、秋の初めくらいの暖かさ。最悪火がなくても何とかなりそうなくらい暖かい。逆に焚き火で暑すぎるんだけど。
「さすがに濡れたままというのは体に良くないでしょう。しかもヒメさんは病み上がりも同然。」
うん、そう思うのなら家に帰してもらえないかな、リリーサ。
「ヒメさんに戦えとは言いません。ヒメさんは野原に横になって魔獣を誘い込んでくれればいいです。魔獣が襲ってきたらこちらで対処しますし、万が千にもケガしちゃっても死ななければなんとかしますから。」
待って。それって10分の1だよね。ケガする確率高すぎない?
「まぁ魔獣から襲われるのならそのくらいは覚悟していただかないと。」
「イヤだよ!なんでわたしがそんな覚悟しなくちゃいけないんだよ。」
「戦わないヒメさんはただの豚さんです。囮くらい我慢してください。」
待てこら。誰が豚さんなのよ!?
「とはいえ、この雨じゃ狩りは無理でしょ。」
「やみませんかね。さすがに雨具を着てまではちょっとですし。」
最低限の常識が残っていて何よりだよ、リリーサ。雨具着て出かけるくらいは言いだすかと思った。
「言いたいのですが、雨具は完全に雨を防ぐことはできません。濡れて次第に重くなってくるのです。最後には騎士が着ている全身を覆う甲冑くらいの重さになります。そうなるともう動けません。」
いや、さすがにそこまでは重くならないでしょ。あぁ、リリーサの体力じゃそんな感じになるのかな。
「じゃ、帰ろうよ。」
「もうじき雨がやむかもしれません。」
ずっと待ってるわけ?
「魔獣との出会いは『イチゴシチュー』すなわち、調理方法を誤れば食べられたものではなくなるのです。」
「何が言いたいわけ?」
「さぁ。わたしも意味がわかりません。」
言った本人が堂々と言うんじゃない。
「おそらくですが、『一期一会』と言いたいのではないかと。」
いや、リルフィーナ、意味も文字もほとんどかぶってないよね。シャレとしてはどうなの、それ?
「シャレのつもりはないのですが。」
リリーサがマジだ。
「ヒメ様ギャグに厳しすぎ。」
「どうしても芸人になりたいの?」
で、まだその話題引っ張るのかな、ミヤ、ファリナ。
「こうしていてもしかたありません。お昼ご飯にしましょう。」
リリーサが出かける前に作ったサンドイッチを収納から出す。わたしは果樹水とコップ。さらにリリーサがお茶を淹れる準備を始める。
「何もしなくてもおなかって空くよね。」
「何もしないから太るんですけどね……ご、ごめんなさい……」
わたしとファリナ、それにリリーサに睨まれ、小さくなるリルフィーナ。言葉には気をつけた方がいいよ。暇すぎて、今は簡単にフラグが立つからね。死亡の。
ご飯も食べ終わり、ただただ降ってくる雨粒や、軒から落ちる雨だれをぼんやり見つめる。
「寝てもいいよね。」
「風邪ひくわよ。」
「ですからベッドが必要かと。」
何が楽しくてこんな野原で雨降りの中、火に当たりながらベッドで寝なきゃいけないんだよ。家でゆっくり、とは思わないんだろうか。
「ゆっくりできて狩りもできる。まさに1石2鳥。1つの石では2羽とも逃げられるという……」
まだそのネタ引っ張ってるんだ。ネタは新しくないと飽きられるよ。
「……ネタじゃないです。」
「あ。」
ミヤが急に声をあげる。どうしたの?
「いや……」
言いづらそうにあたりをキョロキョロ。うん、何かあったね。
「言ってごらん。」
「パープルウルフが来る。」
ミヤがそう言った瞬間、パープルウルフが1匹、向こうに走っていくのが入口から見える。窓がないからあたりの様子が見えないのが弱点だよね、この家。
「窓といってもガラスは作るのが面倒だから、穴が空くだけ。風や雨が入ってくるから防寒の意味をなさなくなる。」
ミヤの言う通り、寒さ対策ってことじゃこれ以上の穴を壁に開けるのは厳禁だよね。
「いえ、そうではないでしょう!今ウルフが走っていきましたよね!」
「そうだっけ。気がつかなかったな。」
なるほど、ミヤが黙るわけだ。リリーサは大騒ぎしてるけど、誰もこの雨の中表に出たくない。
「ヒメさん、追ってください!」
いや、自分で行きなさいよ。
「濡れるからイヤです。」
あいかわらずブレないやつだな。だったらわたしもイヤだよ。
「だから言いたくなかった。」
うん、ミヤ、無理に聞いてごめん。
「あぁお前たちだったか。どうりで変なものがあると思った。」
そして、入り口から覗きこんできたのはエアだった。あんたも神出鬼没だな。
「私は残っている魔獣を追いかけている。魔獣のあるところ私あり、だな。」
いや、何当たり前のように入って来てるのよ。ちょっと!いきなり服を脱ぎだすのはやめてもらえないかな!
「こんなびしょ濡れの女の子を見てかわいそうとは思わんのか?」
女の子じゃないからかわいそうじゃありません。後、下着まで脱いだら追い出すからね。
「そういう事を言うやつはお仕置きだ。」
エアがわたしの手を掴む。ちょっと、何する気……って……
「ニジャー!!」
ミヤハウスの外に追い出された。ちょっと!さっきより雨の勢いが強いんだけど!濡れる!濡れちゃう!大慌てで中に戻る。
「ゼイゼイ、何すんのよ?」
「どうだ、びしょ濡れの女の子はかわいそうだろ。」
「ヒメさんじゃあまりかわいそうには、って、何しますか!?」
リリーサを表に放り出す。
「ハーハー、鬼の所業です。信じられません。」
いや、もうこれで心置きなくウルフ追いかけられるでしょ。行ってきていいよ。
「昨日の雨よりましじゃないの?って、リリーサ、離しなさい!やめなさい!」
ファリナを表に押し出そうと大騒ぎ。あぁ、もう勝手にやってなさい。
「狩りに来た?頭おかしいのか、お前たち?」
いや、とりあえずリリーサの方見て言ってくれないかな。
下着姿のエアと、服を脱ぐのは勘弁してほしいわたしとリリーサが、濡れた服を乾かそうと火に当たる。せっかく乾いてたのに。
「と言うか、昨日の今日で来るんじゃない。魔獣を運んでる私の苦労を何だと思ってるんだ。」
「待ってたらいなくなるじゃないですか。」
「その上で残ってたら狩ってもいいと言ったんだ。誰がそこら中にいるうちから狩っていいと言ったか。バカ者が。」
いや、だから、わたしじゃなくリリーサに言ってくれないかな。
「雨の中大変だね。やんでからでもいいんじゃないの。」
話を変える。何でわたしのせいみたいになっているのか。
「雨の方が人目につきにくくて動きやすい。まぁ、服が濡れて動きにくいんだが。」
エアがそう言って笑うから愛想笑い。今のギャグなんだろうか。マジな感想なんだろうか。冗談を言いそうにない人の発言は気を使うわ。
「魔獣が好きなんですか?」
「リルフィーナとか言ったな。好き……というか……知り合いに魔獣好きがいてな。その人の影響でむやみに魔獣を使い捨てにするのが許せないだけだ。」
エアの知り合いとは思えないな。どちらかっていうと、『ヘヘヘイ、どいつもこいつも皆殺しだぜぃ!』って知り合いしかいない気がするんだけど。
「お前は私をどう見ているのだ?お前じゃあるまいし。」
あれ、前にも言われたような気がするけど、わたしの評価ってそんななの?
「話は変わるが……」
うん、そうしよう。もっと評価が下がる前にそうしよう。
「……主を倒したのはお前か?」
うわ、そっちに来たか。
「違うよ。なんか変な人が『世界の危機だ』とか言いながら現れて、雷を落としていったんだよ。」
あれ、半分以上事実なのに、なぜそんな呆れた顔をされなきゃいけないんだ?
「どう言ったものか……しかし、雷を使えるという話は確かに聞いた事はないしな。」
そうでしょ、そうなんだよ。
「とりあえず言わせてもらえば、しばらくはこの近くには近づくな。魔人族はもちろんだが、天人族も調査に動くかもしれん。主を倒した方法とそれを使った者を調べるためにな。面倒になっても困るだろう。」
調べられたらわたしたちの名前が出るかな?ゴボルさんは……言わないと思うけど、リーラーは危ないな。後、わたしたちがこの辺にいたのを知ってるのは……
「将軍様を運びました。ギャラルーナでも知っている可能性があります。」
そうだった、リリーサ。あぁ、よけいな事するんじゃなかった。
「ま、わたしたちには関係ないけど、あれだよね、『くんし危うきに鹿寄らず。』つまり、クンシー君は危険人物だから鹿も寄ってこない、というあれで、危ない人には近づかない方がいいよね。」
「何を言ってるのかわかりませんが、おおむねそんなとこでしょう。やむを得ません。ウルフ1匹狩ったら帰りましょうか。」
「帰れ、バカ者が。」
ほら、怒られちゃったじゃない、リリーサ。




