第八十話「計画停電の時間割」
震災から数日が過ぎると、佐伯家の食卓には新しい紙が増えた。
新聞に載っていた、計画停電の時間帯と地域一覧である。
父は朝から一覧へ定規を当て、うちの町名を探していた。
「ここだと第二グループだな」
「でも、こっちにも同じ町名があるわよ」
「第三グループにも入ってるな」
「二回停電するってこと?」
「いや、それはないと思うが……住所の分け方が途中までしか載ってない」
父と母が二人で紙を覗き込む。
テレビでは最新の予定を確認するよう言っているが、画面の表も新聞と少し違って見えた。市の放送は雑音が混ざり、グループ番号を聞き取る前に次の案内へ進んでしまう。
俺も電力会社のページを開いてみたが、なかなか表示されない。ようやく開いたと思ったら、さっきテレビで見た時間帯とは別の予定が載っていた。
「これ、どれを信じればいいんだ……?」
「一番新しいものだろ」
「どれが一番新しいのか分からない」
父は新聞の端へ更新時刻を書き始めた。
俺が仕事で作っていた障害対応表に少し似ている。違うのは、確認するたびに予定が変わり、誰も確定と言ってくれないところだった。こんな案件なら、とっくに上司が会議を増やしている。
母は冷蔵庫へ貼った連絡先の紙を少しずらし、その横へ地域一覧を貼った。
「とりあえず、午後は停電するつもりで動きましょう。冷蔵庫は開けない。携帯は今のうちに充電。お風呂は明るいうち」
「パソコンも早めに消す」
「そうして」
学校はまだ休校だった。
校舎の点検に加え、停電予定が定まらないため、授業を再開する日は連絡網で知らせることになっている。
部活もない。図書館や公共施設は休館が続き、駅前の店も営業時間を短くしていた。
出かける用事はなかった。
俺は携帯電話を充電器へつなぎ、パソコンで必要なページだけ確認する。未成年口座を調べようとして開いたページは、停電予定の確認に押し出された。
証券会社の比較以前に、電気がいつ止まるかの方が先である。
停電予定の一時間前にはパソコンを終了した。
母は夕食の下ごしらえを済ませ、父は懐中電灯をテーブルへ置く。三人とも時計を見ながら、電気が消えるのを待った。
予定の時刻を過ぎても、照明はついたままだった。
「消えないわね」
「今日は実施しない地域もあるらしい」
「それ、いつ分かったの?」
「今、テレビで言ってる」
母が冷蔵庫の前で腰へ手を当てた。
「だったら、もう少し早く知りたかったわ」
父は返事をせず、地域一覧の余白へ『実施なし』と書き込んだ。
夕食も風呂も充電も、今日は全部早めに済ませている。母は冷蔵庫に貼られた地域一覧を見たまま、しばらく動かなかった。明日もまた同じことをするのかと思うと、俺も母に何と言えばいいのか分からない。
俺の携帯電話が震えた。
田端からメールが来ている。
『俺んち何グループか分からん。停電すると思ってたのに充電忘れた』
停電へ備える話と、充電を忘れた話が同じ文に入っていた。
返信しようとしたところで、もう一通届く。今度は久住だった。
『田端くんから同じメールが来ました。電池がないなら、必要な連絡だけにした方がいいと思う』
たぶん田端は、何人かへ一通ずつ同じ内容を送ったのだろう。
久住の判断はもっともだったので、俺は田端への返信をやめた。返事がない方が、今は親切な場合もある。
◇ ◇ ◇
翌朝、壁のカレンダーを見て、今日がホワイトデーだと気づいた。
白石へのお返しは、まだ用意できていない。
土曜日に駅前へ買いに行くつもりだったが、地震の翌日に菓子を探して歩く気にはなれなかった。店へ行っても、水や電池を求める人が並んでいる。その横で包装された菓子を選ぶ自分を想像すると、どうにも違うと思った。
かといって、忘れていたことにするのも嫌だった。
白石からもらった小さなカードは、リボンと一緒に箱へしまってある。
『いつもありがとう。佐伯くんが待ってくれたから、楽しいことが増えました。これからもよろしくね』
あの文章を、俺は何度も読み返した。
自分の部屋へ戻り、手帳を開く。
『白石へのお返し まだ』
書いてみると、仕事を放置しているみたいで嫌な書き方だった。
『まだ』へ線を引き、その横へ書き直す。
『店が落ち着いたら買う』
これも少し事務的だが、忘れるよりはいい。
携帯電話が震えた。
白石からのメールだった。
『うちは今日の午後に停電するかもしれないみたいです。佐伯くんの家は分かりましたか』
ホワイトデーについては、何も書かれていない。
気にしていないのかもしれない。こんな時に催促するような白石ではないだけかもしれない。
どちらにしても、今メールで言い訳を送る話ではなかった。
『うちも候補が二つあって、まだよく分からない。昨日は停電しなかった』
短く返す。
しばらくして、もう一通届いた。
『パソコンは、停電する前に消した方がいいみたいです』
思わず机の奥にある中古パソコンを見た。
白石は、停電の時まで俺のパソコンを気にしているらしい。
『昨日は一時間前に消した。今日もそうする』
送ると、返事は一言だった。
『よかったです』
その文を見ていると、手帳に書いたお返しの文字が余計に気になった。
俺は手帳を閉じ、携帯電話の横へ置いた。
◇ ◇ ◇
それから何度か予定の変更に振り回された日の夕方、停電は予告されていた時間帯に始まった。
照明が消え、冷蔵庫の音が止まる。
突然落ちた時とは違い、懐中電灯もラジオも手元にある。それでも家の中が暗くなると、地震の夜を思い出して身体へ力が入った。
「悠真、大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと思い出しただけ」
母はそれ以上聞かず、懐中電灯を一本こちらへ渡した。
父は停電が始まった時刻を予定表へ書き込む。
「今度は予定どおりだな」
「予定どおりなら、何時間くらい?」
「幅がある。早く戻るかもしれないし、最後まで消えてるかもしれない」
「結局、分からないのね」
母がため息をついた。
夕方のうちに準備していたので、食事には困らなかった。冷蔵庫を開けず、ラジオの音量を小さくし、三人で暗い食卓を囲む。
前回と違うのは、父も同じ席にいることだった。
携帯電話は満充電になっている。
パソコンも終了してある。
風呂も済ませた。
やることがなくなると、今度は時計ばかり気になった。
前の人生でも計画停電があったことは覚えている。
だが、いつ始まり、どの地域で何時間行われたのかまでは思い出せなかった。今日の予定が史実と同じなのか、一日ずれているのか、それすら比べられない。
未来の記憶に印をつけても、今の予定表が毎日書き換わる。
「ラジオ、少し大きくして」
父に言われ、俺はつまみを回した。
学校の再開や交通機関の情報が流れるかもしれない。雑音が増えないぎりぎりまで音を上げると、父と母も黙ってラジオの方を見た。見たところで何も映らないのだが、三人ともそうしていた。
予定の終了時刻より少し前に、電気が戻った。
父が実際の復旧時刻を表へ書き、母は冷蔵庫が動き始めたことを確かめる。俺はパソコンの電源へ手を伸ばしかけて、やめた。
今日くらいは、そのままでいい。
電話が鳴った。
母が受話器を取り、紙の連絡網を手元へ引き寄せる。
「はい。……はい、二年生も参加ですね。午前中だけ。分かりました」
母は内容を紙へ書き、次の家へ電話を回した。
通話を終えると、俺を見る。
「卒業式、規模を縮めてやるそうよ。二年生は予定どおり参加。ただし午前中で終わりですって」
「学校に行けるの?」
「式だけみたい。お弁当はいらないって」
延期になっていた卒業式の日程が、ようやく決まった。
俺は学校の手帳を開き、卒業式の日へ『午前のみ』と書き込んだ。
ついでに目覚まし時計も合わせておく。起きる時間を忘れるほど休んだつもりはないが、今の俺ならやりかねなかった。
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▼登場人物まとめ(内容更新しました)
https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3706198/
初めて活動報告のタグ設定をして装飾してみましたが、かなりやりにくいですね。
<p>タグ内に改行のためにbr入れたんですけど、めっちゃ段落マージン付いちゃうんですよ。<style>タグでもあればいい感じに仕上げられるんだけどなぁ……痒いところに手が届かない感じですね。




