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三十代社畜の俺、中二に戻って人生無双を始める 〜なお宝くじの番号は覚えていない〜  作者: らいお


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第八話「消えなかった彼女」

「大丈夫。関わった人間は、全員分けて話そう」


 俺がそう言うと、榊原は言葉を失った。

 泣きそうな顔のまま、こちらを睨んでいる。


 責任を一つの塊にすると、強いやつが逃げる。

 弱いやつが押しつけられる。

 被害者は、いつの間にか「場を荒らした人」になる。


 だから、分ける。

 呼び出した人。

 嘘告白をさせた人。

 撮ろうとした人。

 紙を入れようとした人。

 メールで広げた人。


 大人の世界なら、それぞれの担当者と承認者を確認するようなものだ。

 中学生の悪ふざけにその考え方を持ち込むのは、正直かなり嫌な感じがする。

 だが、嫌な感じだからこそ効く。


「榊原さん」


 学年主任の先生が静かに言った。


「今の話を、一つずつ確認します。白石さんを体育館裏に呼び出す話は、誰が始めましたか」

「……分かんないです」

「分からない?」

「みんなで話してて、そういう感じになって」


 榊原は俯いたまま答えた。

 その言葉に、紙を入れようとした女子が小さく首を振る。


「違う。莉奈が、森下くんなら白石さんも来るって」

「言ってない」

「言ったよ」


 その一言で、空気がまた崩れた。


 昨日までなら、たぶん誰も榊原に逆らわなかった。

 でも今は先生がいる。

 田端がいる。

 俺のノートと録音がある。


 安全な場所がなくなると、仲間内の沈黙は驚くほど簡単にほどける。


 森下もぽつぽつと話し始めた。

 放課後に榊原たちから声をかけられたこと。

 「ちょっと告るふりして」と言われたこと。

 ガラケーで撮って、後で仲間内に回すつもりだったこと。

 ただし、実際には俺が割って入ったせいで撮れなかったこと。


 榊原は何度も「そんなつもりじゃない」と言った。

 紙を入れようとした女子は「莉奈に言われた」と泣いた。

 森下は「俺も悪かったけど、俺だけじゃない」と繰り返した。


 聞いていて気持ちのいいものではない。

 小さな責任の押しつけ合いだ。

 でも、その小ささこそが大事だった。


 くだらない理由で人を傷つけたなら、くだらない責任から逃げられないと知る必要がある。


「分かりました」


 高村先生がメモを閉じた。

 声はまだ少し震えている。

 けれど、最初に職員室で聞いたときより、ずっと先生の声だった。


「この件は、白石さんへの嫌がらせとして学校で対応します。関係した人には、それぞれ改めて話を聞きます。保護者にも連絡します」


 榊原の顔がはっきり青ざめた。


「保護者って、お母さんに言うんですか」

「必要があります」

「でも、こんなの」

「こんなの、では済ませません」


 高村先生が遮った。

 その瞬間、俺は少しだけ目を見開いた。


 高村先生は事なかれ主義の人だと思っていた。

 未来の記憶でも、彼女は問題を大きくするのが苦手だった。

 でも、証拠を前にして、それでも止まるほど弱い人ではなかったらしい。


 俺が知らなかっただけだ。

 いや、当時の俺が見ようとしなかっただけかもしれない。


「白石さんには、私から謝ります」


 高村先生はそう言って立ち上がった。


 その姿を見て、榊原は唇を噛む。

 森下はうつむいたまま何も言わない。

 紙を入れようとした女子は、鼻をすすっていた。


 完全な解決ではない。

 むしろ、ここからが面倒だ。

 クラスの空気はすぐには戻らない。

 榊原が俺を恨むのも間違いない。

 森下だって、反省と保身の間をふらふらするだろう。


 それでも、少なくとも今日、白石が一人で耐えるだけの状況ではなくなった。


 ◇ ◇ ◇


 白石は隣の相談室で待っていた。

 椅子に浅く座り、膝の上で両手を握っている。

 俺たちが入ると、彼女はびくりと肩を揺らした。


「白石さん」


 高村先生が、ゆっくりと白石の前に立つ。


「昨日と今朝のこと、先生が早く気づけなくてごめんなさい」


 白石は目を見開いた。

 謝られると思っていなかったのだろう。


「いえ、そんな」

「そんなこと、じゃないです。嫌だったよね」


 白石の喉が小さく動いた。


「……はい」


 その一言は、ほとんど息みたいだった。

 でも、確かに声だった。


 高村先生はうなずく。


「学校として対応します。白石さんが全員の前で無理に話す必要はありません。必要なことは、先生が個別に聞きます」

「……はい」

「今日の午後は、保健室で休んでもいいし、教室に戻ってもいい。どちらでも大丈夫」


 白石は少し迷ってから、俺のほうを見た。

 なぜ俺を見る。

 いや、見るなと言うほうが無理か。


 俺は小さく首を横に振った。

 どっちが正解、という意味ではない。

 自分で選んでいい、というつもりだった。


 伝わったかどうかは分からない。

 でも、白石は視線を落とし、ゆっくりと言った。


「教室に、戻ります」


 高村先生の表情が少しだけ和らぐ。


「分かった。無理はしないでね」


 教室へ戻る廊下は、やけに長く感じた。

 田端は途中から何度も口を開きかけ、結局何も言わなかった。

 こいつが黙っているのは珍しい。

 たぶん、軽い言葉で触っていい話ではないと分かっているのだろう。


 教室に戻ると、ざわめきが一瞬で薄くなった。

 全員が見ている。

 見ていないふりをしながら、見ている。


 白石は少しだけ足を止めた。


 俺は前を向いたまま歩く。

 田端も、ぎこちない顔で自分の席へ向かった。


 白石は机まで行き、鞄を置いた。

 それだけのことだった。


 でも、昨日までの未来を知っている俺には、とんでもなく大きなことに見えた。


 彼女が教室に戻った。

 消えずに、自分の席へ戻った。


 それだけで、胸の奥が少し痛いくらいだった。


 その日の午後、榊原たちは教室に戻ってこなかった。

 森下も体育の時間まで姿を見せなかった。

 クラスの空気は気まずいままだったが、少なくとも白石の机に紙が入ることはなかった。


 田端は休み時間に俺の席へ来て、小声で言った。


「なあ、俺、今日ちょっと寿命縮んだ気がする」

「俺もだ」

「お前、よくあんな普通にしゃべれるな」

「普通にしゃべってるふりをしてるだけだ」

「ふりがうますぎんだよ」


 田端はそこで白石のほうをちらっと見た。


「でもまあ、よかったな」

「何が」

「白石さん、帰らなかった」


 俺は返事に詰まった。

 田端が、照れたように頭をかく。


「いや、なんかさ。昨日の感じだと、今日もう来ないんじゃないかって思ったから」


 軽いようで、見ているところは見ている。

 田端和也という男は、思っていたよりずっと信用できるのかもしれない。


「そうだな」


 俺は短く答えた。


 よかった。

 本当に。


 ◇ ◇ ◇


 放課後、帰り支度をしていると、教室の出口で白石に呼び止められた。


「佐伯くん」


 声はまだ小さい。

 でも、昨日より少しだけまっすぐだった。


「どうした」

「少し、いい?」


 俺はうなずき、廊下に出た。

 田端がこちらを見て、にやっとした顔をする。

 あとでジュース一本を請求される気配がした。


 廊下の端、階段へ続く窓際で、白石は立ち止まった。

 夕方の光が、窓の向こうの校庭を薄く照らしている。

 部活の声が遠くから聞こえた。


「今日は、ありがとう」


 白石は両手で鞄の持ち手を握ったまま言った。


「昨日も言われた」

「今日の分」

「そっか」


 変な会話だった。

 でも、白石は少しだけ笑った。


「佐伯くんは、どうして気づいたの?」


 予想していた質問だった。

 それでも、胸の奥が小さく跳ねる。


 未来で君が消えたから。

 大人になってから、あのとき何かできたんじゃないかと思ったから。

 二回目だから、今度は見落としたくなかったから。


 言えるわけがない。


「見てたら分かる」


 俺はそう答えた。

 かなり雑だ。

 だが、嘘ではない。


「私、そんなに分かりやすかった?」

「白石というより、周りが分かりやすかった」

「そっか」


 白石は少しだけうつむいた。

 その横顔には、まだ疲れが残っている。


「私、大げさなのかなって思ってた」


 ぽつりと、彼女が言った。


「みんな笑ってたし。森下くんも、たぶん本気で悪いと思ってなかったし。私だけが嫌がって、空気悪くしてるのかなって」

「大げさじゃない」


 俺は即答した。


 白石が顔を上げる。


「嫌だったなら、それは嫌だったでいい」

「でも」

「周りが笑ってても、嫌なものは嫌でいい。された側が笑えないなら、冗談じゃない」


 昨日と似たことを言っている。

 でも、何度でも言ったほうがいい気がした。

 たぶん白石は、自分の中の嫌だという感覚を、ずっと疑ってきた。


 だったら、疑わなくていいと誰かが言う必要がある。


「佐伯くんって」


 白石が小さく息を吐いた。


「たまに、大人みたいなこと言うね」

「たまにじゃない。わりと常に大人びてる」

「自分で言うんだ」

「そこは中学生っぽさだと思ってほしい」


 白石が、ほんの少し笑った。


 今度は、息が緩んだだけではない。

 ちゃんと笑った。


 その笑顔を見た瞬間、俺はどうしようもなく戸惑った。

 助けたかった。

 それは本当だ。

 未来を変えたかった。

 それも本当だ。


 でも、その結果として目の前の白石が笑うことまでは、うまく想像できていなかった。


 未来の記憶は、未来で消えた彼女しか知らない。

 今ここにいる白石が、これからどんな顔で笑い、何を選ぶのかは知らない。


 俺の知っている未来が、少しだけ使い物にならなくなった。


 そのことが、怖かった。

 でも、悪くない怖さだった。


「明日も、来るよ」


 白石が言った。


 俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「学校に?」

「うん。まだ、ちょっと怖いけど」

「怖いなら無理するな」

「無理は、少しだけする」


 白石はそう言って、鞄を持ち直した。


「消えたくないから」


 その言葉に、喉の奥が詰まった。


 未来で彼女が本当に何を思っていたのか、俺は知らない。

 ただ、教室からいなくなった事実だけを覚えている。

 でも今、目の前の白石は、自分の口で「消えたくない」と言った。


 それだけで、二回目の人生は少しだけ意味を持った気がした。


「じゃあ、明日」


 俺はそう言った。


「うん。明日」


 白石は小さく手を振って、階段を下りていった。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 教室はまだ、いつも通りではなかった。

 榊原の席は空いたままで、森下は机に突っ伏していた。

 何人かは俺を見るとすぐに目をそらす。

 田端だけが、いつも通り眠そうな顔であくびをしていた。


 全部が解決したわけではない。

 むしろ、変えたせいで新しい問題が出てくるかもしれない。

 榊原は俺を許さないだろうし、噂も完全には消えないだろう。


 それでも、教室の扉が開いた。


 白石が入ってくる。


 昨日より少しだけ背筋を伸ばして。

 少しだけ緊張した顔で。

 それでも、自分の足で、教室に入ってくる。


 俺は机に肘をつきながら、その姿を見た。


 未来で消えた彼女が、今日はここにいる。


 その事実だけで、昨日までの世界とは違って見えた。


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