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三十代社畜の俺、中二に戻って人生無双を始める 〜なお宝くじの番号は覚えていない〜  作者: らいお


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閑話「白石澪は、感謝の言葉を包みたい」

 放課後の廊下は、帰る人と部活へ行く人の声で少し騒がしかった。

 昇降口へ向かう途中で、小野さんが私の袖をそっと引いた。


「澪、ちょっとだけ相談していい?」

「うん」

「チョコのこと」


 小野さんは声を小さくした。

 その言い方が真剣だったので、私も少し背筋を伸ばす。

 久住さんは隣で鞄の紐を持ち直し、さらっと言った。


「さっきからずっと考えてたよね」

「な、七海さん」

「顔に出てた」

「そんなに?」

「うん」


 小野さんが困ったように笑った。

 久住さんの言葉はきつく聞こえない。事実をそのまま置くみたいな言い方だから、慌てても、変に傷つかない。


「このメンバーには渡すとして、どんなのがいいかなって」

「高いのは無理だよね」

「うん。そこは無理」


 私もすぐにうなずいた。

 お小遣いの中で買うなら、できることは限られている。

 手作りにしたら安く済むかもしれないけれど、失敗した時のことを考えると少し怖い。料理は嫌いではないけれど、誰かに渡すものを作るとなると、急に手元が怪しくなりそうだった。


「市販の小さいチョコを買って、袋を分けるとか?」


 私が言うと、小野さんはぱっと顔を上げた。


「それが一番よさそう」

「包装だけ少し可愛くすれば、ちゃんと見えると思う」

「澪、そういうの得意そう」

「得意、かな?」

「ノートきれいだし」


 ノートと包装は少し違う気がした。

 でも、そう言われると嬉しい。

 私は鞄の持ち手を握り直した。


「じゃあ、今日見に行く?」


 久住さんが言った。


「え、今日?」

「話してるだけだと決まらなさそうだから」

「それはそうかも」


 小野さんは少し考えてから、携帯を出した。


「お母さんにメールする。少し寄り道するって」

「私も送るね」


 私も携帯を開いた。

 母に、友達と少しだけ買い物をして帰る、と打つ。

 友達、という言葉を自然に打てることが、少しだけ嬉しかった。


 送信して携帯を閉じると、小野さんが私の画面を見ないように少し横を向いていた。

 そういうところが、小野さんらしい。


「駅前の百円ショップでいい?」

「うん」

「お菓子もあるし、包装もあるし」

「田端くんがいたら、お菓子の方に行きそう」


 私が言うと、小野さんが笑った。


「絶対行くね」

「杉浦くんは止めると思う」

「……そうかな」


 小野さんの返事が、ほんの少し小さくなった。

 久住さんが横から見ている。

 私は見ていないふりをした。

 たぶん、佐伯くんがよくしている顔は、こういう時の顔なのだと思う。


◇ ◇ ◇


 駅前の百円ショップは、学校帰りの中学生にはちょうどいい場所だった。

 お菓子の棚の近くには、赤やピンクの包装袋が並んでいる。小さなリボン、透明な袋、メッセージカード。見ているだけで、少しそわそわした。


「こういうの、思ったより種類あるね」


 小野さんが包装袋を手に取る。


「多すぎると、逆に迷う」

「うん」


 私は棚の前で、透明な袋を二種類見比べた。

 どちらも可愛い。

 片方は小さなハート柄で、もう片方は淡い水色の線が入っている。

 ハート柄は少し分かりやすすぎる気がした。

 水色の方なら、落ち着いている。

 そう思って手に取ったあと、私はすぐに棚へ戻した。


 佐伯くんの顔が浮かんだからだ。


 違う。

 別に佐伯くん用を選んでいるわけではない。

 みんなに渡すものだ。

 田端くんにも、杉浦くんにも、佐伯くんにも。小野さんと久住さんにも。

 だから、特別に考える必要はない。


 そう思ったのに、手はまた水色の袋へ伸びた。

 自分でも少し困る。


「澪、それ可愛い」


 小野さんに言われて、肩が少し跳ねた。


「え、あ、うん。派手すぎなくていいかなって」

「分かる。男子に渡しても変じゃなさそう」

「うん」


 男子。

 その言葉に、また佐伯くんが浮かんだ。

 田端くんや杉浦くんも男子なのに、最初に浮かぶのは別の人で、私は袋の端を指で撫でた。


 久住さんは隣で、小さなメッセージカードを見ていた。


「カードも入れるなら、このくらいがいいかも」

「カード、入れる?」


 小野さんが少し慌てた。


「入れないと駄目ってことはないと思う」

「でも、入れるなら短い方がいいよね」

「長いと重いかも」


 久住さんは淡々と言う。

 その言葉で、佐伯くんの進路ノートの話を思い出した。

 佐伯くんは、自分の言葉が重いことを少し気にしていた。私は「少し、見たいかも」と言ったけれど、本当は見たいだけではなかった。

 変だったら直したい。

 佐伯くんが一人で遠くへ考えすぎるなら、少し引き戻したい。


「澪?」


 小野さんに呼ばれて、私は顔を上げた。


「ごめん、ちょっと考えてた」

「カード、どうする?」

「私は、入れたいかも」


 言ってから、自分で少し驚いた。

 小野さんはにこっと笑う。


「じゃあ、私も入れようかな」

「美咲、杉浦くんにも?」


 久住さんが聞いた。

 小野さんはカードの束を落としそうになった。


「な、なんでそこで杉浦くん」

「気になったから」

「七海さん、たまにまっすぐすぎる」

「遠回りした方がよかった?」

「どっちも困る」


 小野さんは頬を赤くしながら、カードの束を棚へ戻したり、また取ったりしている。

 その様子が可愛くて、私は少し笑ってしまった。


「澪まで笑わないでよ」

「ごめん。でも、小野さん、楽しそう」

「楽しい、のかな。よく分からない」


 小野さんの声が少し柔らかくなった。

 その顔を見て、私は胸の奥がきゅっとした。

 楽しいのか、困っているのか、分からない。

 その感じは、少し分かる。


「分からないけど……選びたいなら、選んでいいんじゃないかな」


 私が言うと、小野さんは目を丸くした。


「澪、今すごくそれっぽいこと言った」

「それっぽい?」

「なんか、ちゃんとしてた」

「そうかな」


 ちゃんとしているかは分からない。

 分からないけど、選びたい。

 みんなと同じにしたい。

 でも、一つだけ少し丁寧にしたい。

 その二つが、同じ場所で並んでしまう。


 結局、私たちは小さなチョコの詰め合わせと、透明な袋、それから短いメッセージカードを買った。

 会計を済ませると、財布の中が少し軽くなった。

 でも、嫌な軽さではなかった。


◇ ◇ ◇


 家に帰って夕飯を済ませてから、私は机の上に買ったものを並べた。

 チョコの袋を開けると、甘い匂いが少しだけ広がる。

 母に見つかるとからかわれそうで、部屋の扉はきちんと閉めた。


 透明な袋を何枚か出す。

 小野さん、久住さん、田端くん、杉浦くん、佐伯くん。

 自分の分まで出してしまってから気づいた。

 余った一枚は予備にすればいい。

 そう思って、机の端へ置く。


 同じ数になるように、チョコを分けていく。

 最初は簡単だった。

 袋の中へ入れて、リボンをかける。

 田端くんの分は、少し多く見えるように並べた方が喜びそうだと思って、横に広げて入れた。

 杉浦くんの分は、小野さんが渡す時に困らないよう、あまり目立たない色のリボンにした。私が気にすることではないかもしれないけれど、つい考えてしまう。


 久住さんと小野さんの分を作ったあと、私は残った袋を見た。

 佐伯くんの分。

 そう思った瞬間、手が止まる。


 みんなと同じにする。

 そう決めて、チョコの数も袋もリボンも揃えたはずだった。

 でも、結び目だけが少し気になった。

 曲がっている気がして、ほどいて結び直す。

 今度は右が長い。

 また直す。

 何をしているのだろう。


 やっと結べた袋を机に置くと、他のものより少しだけ丁寧に見えた。

 でも、私はその袋をすぐには戻せなかった。


 次はカードだった。

 小野さんには、いつもありがとう、と書いた。

 久住さんには、合唱の時に声を褒めてくれて嬉しかった、と書いた。

 田端くんには、いつも楽しい空気にしてくれてありがとう、と書いたあと、少し迷って「騒ぎすぎないでね」と小さく足した。

 杉浦くんには、いつもみんなを見てくれてありがとう、と書いた。これを小野さんが読んだら少し照れるかもしれない。


 最後に、佐伯くんのカードが残った。

 シャーペンではなく、黒いペンを持つ。

 でも、最初の一文字がなかなか書けなかった。


 好き。


 そんな言葉は書けない。

 書くつもりもない。

 ただ頭に浮かんでしまっただけなのに、私は慌ててカードを裏返した。

 誰も見ていないのに、見られたみたいで恥ずかしかった。


 ありがとう、だけなら書ける。

 でも、それだけでは足りない。

 佐伯くんには、何度も待ってもらった。

 教室で言葉が出ない時も、図書館で迷った時も、夏祭りの帰り道も、進路の話をするときも。

 急かさないで、でも一人にもしないで、少し横にいてくれた。


 この気持ちを外に出したら、今の距離が変わってしまうかもしれない。

 それでも、何も書かないのは嫌だった。


 私はペン先をカードに置いた。


『佐伯くんへ』


 そこまで書いて、一度手を止める。

 字が少しだけ硬い。

 深呼吸をして、続きを書いた。


『いつもありがとう。佐伯くんが待ってくれたから、楽しいことが増えました。これからもよろしくね』


 書き終えた瞬間、顔が熱くなった。

 変ではないと思う。

 たぶん、感謝の言葉だ。

 でも、ただの感謝より少しだけ外へ出てしまった気がする。


 私はカードを持ったまま、しばらく机の前で固まっていた。

 もう少し短くした方がいいかもしれない。

 「楽しいことが増えました」は、重いだろうか。

 佐伯くんは、変に気を使うだろうか。


 迷っていると、携帯が震えた。

 小野さんからだった。


『カード書けた? 私はまだ杉浦くんのところで止まってる』


 私は思わず笑ってしまった。

 少し考えて、返事を打つ。


『私も少し迷ったよ。でも、ありがとうなら書けると思う』


 送信してから、カードをもう一度見た。

 ありがとうなら書ける。

 そう送ったばかりなのに、私のカードには、ありがとう以外のものも少し混じっている気がした。

 でも、もう消したくなかった。


 私はカードを小さな袋の下に入れた。

 見えすぎないように、でも取り出した時には気づいてもらえるように。

 何度も位置を直して、最後に机の引き出しへしまう。


 引き出しを閉めてから、また開けた。

 袋の向きを確認する。

 閉める。

 また開ける。


 自分でも少しおかしくなって、声を出さずに笑った。

 明日になったら、もっと落ち着いているだろうか。

 たぶん、あまり変わらない気がする。


 私は引き出しをそっと閉め、両手で押さえた。

 中にしまったのはチョコとカードだけのはずなのに、胸の中まで一緒に閉めたみたいで、しばらく手を離せなかった。


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― 新着の感想 ―
 白石さん、良かったですねー! お母さんに「友達と少しだけ買い物をして帰る」旨のメールを打てる様になって!
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