第五十七話「プレゼントを選びに行く」
日曜日の駅前は、普段より人が多かった。
ショッピングセンターの入口には赤と緑の飾りがつき、天井から銀色の星が下がっている。店内では聞き覚えのあるクリスマスの曲が流れていたが、曲名までは出てこなかった。
三十二歳の記憶は、こういうところで役に立たない。
俺は上着のポケットから携帯を出し、時刻を確認した。
特に誰かと約束しているわけでもないので、そのまま携帯をポケットへ戻す。
プレゼントは一人で選ぶつもりだった。誰かと一緒に見て回れば、交換する前に中身が分かってしまう。
三百円以内で、誰に当たっても困らない物。
言葉にすると簡単だが、文房具店の棚を前にすると急に難しくなる。
安すぎると適当に見えるし、凝りすぎると相手を選ぶ。会社の忘年会で景品を買う方がまだ楽だった。あれは困ったら商品券に逃げられた。
中学生の交換会に商品券を出したら、さすがに空気を読めていない。
文房具店へ入ってすぐ、見覚えのある横顔が目に入った。
白石だった。
薄い灰色のコートに、白っぽいマフラーを巻いている。学校の制服ではないだけで、少し雰囲気が違って見えた。
白石は栞の並んだ小さな棚を見ていた。
こちらに気づき、驚いたように顔を上げる。
「佐伯くん」
「白石も買い物か」
「うん。小野さんと久住さんと待ち合わせしてるの。少し早く着いたから、先に見てた」
「そうだったのか」
「佐伯くんは、一人?」
「一人。交換前に中身を見られたくないしな」
「ふふ。田端くん、お菓子を選ぶって言ってたね」
「たぶん三百円を全部自分で食いたくなるやつに使うんだろうな」
「ふふっ、ありそうだね」
白石が笑った。
教室の外で冬服の白石と話しているせいか、ただの買い物なのに妙に落ち着かない。
俺は文房具の棚へ目を移した。
「栞を見てるのか?」
「うん。本を読む人なら使うかなと思って」
「そっか。使うんじゃないか」
「佐伯くんも?」
「まあ……参考書とか会社の本に挟むことはある」
会社の本、と口にしてから少しまずかったかと思った。
だが、白石はもう手書きの会社ノートを知っているので、不思議そうな顔はしなかった。
「そっか」
白石は、紺色の細い紐がついた栞へ一度目を落とした。
値札は二百円台だった。
手に取るかと思ったが、俺が横にいるせいか、そのまま別の棚へ歩いていく。
「佐伯くんは、文房具にするの?」
「そのつもりだけど、まだ決めてない」
「普段使える物がいいって言ってたもんね」
「白石もだろ」
「うん」
白石はボールペンの棚の前で足を止めた。
並んだ試し書き用のペンを見て、それから俺の手元を見る。
「佐伯くん、いつも黒いペン使ってるよね」
「学校で派手な色は使わないだろ」
「青も使ってなかった?」
「ノートの見出しくらいには」
「うん、使ってたね」
そこまで言った白石が、少しだけ黙った。
俺も返事に困った。
ペンの色を覚えられているだけだ。何もおかしくない。白石は人のノートをよく見ているし、俺の会社ノートも整理してくれた。
そう言い聞かせるほど、余計に変な感じがする。
「白石は、こういう色使うのか」
俺は棚にあった、紺色の細いボールペンを指した。
「うん。好きかも」
白石はそう答えてから、俺を見た。
しまった、という顔をしている。
「でも、誰に当たるか分からないから」
「分かってる」
「小野さんでも久住さんでも使えると思う」
「田端でもな」
「田端くんは、なくしそう」
珍しく即答だった。
俺は笑ってしまい、白石も少し遅れて笑った。
紺色のペンは百五円。
近くにあった小さな灰色のメモ帳は百八十九円。
二つ合わせても二百九十四円で、決めた上限に収まる。
白石が使うなら、たぶんこういう落ち着いた物だろう。
誰に当たるか分からないのに、またそう考えている。
俺が二つを手に取ったところで、白石が首を傾げた。
「それにするの?」
「候補」
「見てもいい?」
「見たら交換の時につまらなくならないか」
「あ、そっか」
白石は慌てて目を逸らした。
俺も商品を背中側へ隠す。
中学生のプレゼント交換に、なぜここまで機密保持が必要なのか。
「白石さん、早いね。佐伯くんもいたんだ」
後ろから声がした。
久住が店の入口に立っている。その横に小野もいた。
小野は俺と白石を見て、次に俺が背中へ隠した商品を見る。
「佐伯くんも一緒だったの?」
「今会っただけだ」
「うん。偶然」
白石がすぐに答えた。
久住は「そう」とだけ言い、小野はなぜか少し笑った。
小野が久住の袖を軽く引いた。
「ほら、私たちも選ぼ。澪、まだ決めてないよね?」
「うん。今から見るところ」
白石は小野たちの方へ行きかけて、一度だけ振り返った。
俺の手元にあるペンとメモ帳を見ないようにしているのが、逆に分かりやすい。
「じゃあ、あとで」
「おう」
女子三人が栞の棚へ向かう。
俺は二つの商品を持ったまま、反対側のレジへ向かった。
候補と言ったが、戻す理由はもう思いつかなかった。
会計を済ませ、店を出たところで杉浦と会った。
スポーツ用品店の袋を持っている。午前中に部活があり、その帰りらしい。
「佐伯も今日だったのか」
「お前もプレゼント選び?」
「ついでに。駅前まで来たから」
杉浦は文房具店へ入り、俺は少し離れた場所で田端からのメールを確認した。
件名は『どこ』。本文も『どこ』だった。
情報量が少なすぎる。
『駅前。菓子売り場には行くな』
そう返した直後、店内から小野の声が聞こえた。
見ると、小野と杉浦が同じ棚の前に立っている。
二人とも、細いシャープペンを一本ずつ持っていた。
「杉浦くんも、それ見るの?」
「誰でも使える方がいいかと思って」
「私も同じこと考えてた」
「じゃあ、どっちか変える?」
「何で?」
「同じのが二つあったら変だろ」
「誰に当たるか分からないんだから、別にいいんじゃない?」
「それもそうか」
杉浦が素直に頷く。
小野は手にしたペンを見て、少しだけ口元を緩めた。
田端に話すと面倒なことになりそうなので、俺は見なかったことにして携帯を閉じた。
田端は、予想通り一階の菓子売り場にいた。
小さな籠へチョコレートや飴を入れ、値札を指で数えている。
「悠真、これ三百円に収まる?」
「今いくらだ」
「分からん」
「戻せ」
「まだ何も計算してないだろ」
「計算してないから戻せと言ってる」
田端の籠には、どう見ても五百円分くらい入っている。
税込み三百円という決まりを覚えていたことだけは褒めてもいいが、足し算をする気がない。
「三つくらいに絞れ」
「どれも必要なんだよ」
「お前が食うんじゃないぞ」
「分かってる。でも、もらった人には喜んでほしいだろ」
田端は真面目な顔で言った。
そこだけ聞けば、意外とまともだ。
俺は籠の中から値段の高い箱を戻し、三百円に収まる組み合わせを一緒に探した。
しばらくして、全員の買い物が終わった。
誰が何を買ったか見えないよう、それぞれ店の袋を持っている。
田端だけは菓子売り場の袋なので中身がほぼ分かるが、本人は隠せているつもりらしい。
「なんか自然と集まっちゃったけど……じゃあ、終業式の日ね」
小野が確認し、杉浦が部活後に連絡すると答える。
久住は「くじは私が作る」と言った。田端に任せると、自分に菓子が当たるよう細工しそうだかららしい。
「しないって」
「今、少し考えたでしょ」
「ちょっとだけ」
田端が認め、全員が笑った。
駅前で別れる前、白石が俺の横へ来た。
レジ袋を両手で持ち、中身が見えないよう胸の前へ寄せている。
「佐伯くん」
「ん?」
「これ、もし佐伯くんに当たっても……」
白石はそこまで言って、口を閉じた。
小野と久住が少し先で待っている。
「何だ?」
「ううん。何でもない」
白石は袋を持ち直した。
「誰に当たっても、困らない物にしたから」
「そうか」
「うん」
白石は少しだけ頬を赤くして、小野たちのところへ戻った。
俺の袋の中では、紺色のペンと灰色のメモ帳がぶつかり、小さな音を立てた。




