第五十六話「クリスマスの予定を立てるだけのはずだった」
「じゃあ、なんかやろうぜ」
田端が言った。
六人で机を囲んだまま、誰もすぐには返事をしなかった。
提案が雑すぎる。
「なんかって何だよ」
「クリスマスパーティー的ななんか」
「どこで?」
「悠真んち」
「却下」
考える間もなかった。
田端は不満そうに俺を見る。
「まだ何も説明してないだろ」
「人の家を勝手に会場にした時点で終わりだ」
「じゃあ俺んちでもいいけど」
「お前の親は知ってるのか」
「これから知る」
「それは知らないのと同じだ」
杉浦が笑い、小野がため息をつく。
白石は膝の上のカイロを持ったまま、少し楽しそうに田端を見ていた。
久住は頬杖をつき、話がどこへ転がるか待っている。
「家が駄目ならカラオケは?」
田端はすぐ次の案を出した。
「六人で行って、ケーキ買って、歌って」
「いくらかかるの?」
小野が聞く。
田端は口を閉じた。
「……いくら?」
「提案した人が聞き返さないで」
「学生料金なら安いんじゃない?」
「飲み物とケーキも入れたら、それなりにするだろ」
杉浦が現実的なことを言う。
部活帰りに何度か駅前へ行っているから、その辺りは田端より詳しいらしい。
俺は頭の中で雑に金額を足しかけて、やめた。
会社の飲み会では、店を決める前に予算と人数を聞かれた。田端の案には、その両方がない。
企画としては開始五分で差し戻しだ。
中学生の昼休みに何を査定しているんだ、俺は。
「あと、夜は無理だからね」
小野が言った。
「親に何て説明するの」
「友達とクリスマスパーティー」
「誰と、どこで、何時までって聞かれるでしょ」
「細かいなあ」
「普通だよ」
田端は面倒そうな顔をした。
だが、この辺りは小野が正しい。
俺も父へ説明するなら、場所と帰宅時間は先に決める。何より、白石が家で話しやすい予定にした方がいい。
そこまで考えて、自分がまた保護者みたいになっていることに気づいた。
よくない。今回は友達同士の話だ。
「図書館の帰りに、少し寄るくらいならいいんじゃない?」
小野が言った。
「終業式の日、昼から図書館で冬休みの宿題を少しやって、そのあと駅前に行くとか」
「クリスマスに図書館?」
「田端くん、どうせ冬休みの宿題をためるでしょ」
「まだ始まってもないのに決めつけられた」
「違うの?」
「……たぶん合ってる」
田端が素直に認めた。
自覚があるなら直せばいいのに、そこまでは考えないらしい。
「駅前なら、部活が終わってから行けるかも」
杉浦が予定表を見ながら言った。
「終業式の日は午前練習だけのはず。終わったら連絡する」
「連絡って、誰に?」
田端が聞いた。
杉浦の目が一瞬だけ小野へ向いた。
小野も気づいたのか、箸袋をたたんでいた手を止める。
「田端でいいだろ」
「俺?」
「お前が言い出したんだから」
「それはそうか」
小野が少しだけ口元を緩めた。
残念そうに見えた気もするが、たぶん気のせいだ。ここでじっと見ると、今度は俺が小野に警戒される。
「集まって、何するの?」
白石が尋ねた。
田端はまた口を開きかけたが、その前に久住が言った。
「プレゼント交換とか?」
久住は、今日の弁当のおかずを決めるみたいな調子だった。
「百円か二百円くらいなら、そんなに困らないと思う」
「二百円でプレゼント買える?」
「文房具とか、お菓子なら」
「もっと豪華にしようぜ」
「田端くんが全員分出すなら」
「二百円でいこう」
判断が早い。
久住が短く笑った。
「消費税込みで三百円までにしたら?」
俺が言うと、田端が妙な顔をした。
「悠真、急に細かい」
「上限を決めないと、お前だけ千円のもの持ってきて騒ぐだろ」
「何で分かった」
「分かりやすいからだ」
三百円なら、中学生の小遣いでも重すぎない。ましてや友人間なんだからこんなもんで良いだろう。
俺は月二千円の小遣いから出せる。白石や小野たちにも無理をさせにくい金額だ。
三十二歳の頃なら、忘年会の景品に三百円と聞いても困っただろう。今はその三百円で、誰が何を選ぶか考えることになる。
財布の感覚まで、少しずつ中学生へ戻されている気がする。
「誰に渡すか決めるの?」
白石が聞いた。
カイロはもう温かくなったらしく、片手で持っている。
「決めたら選びにくくない?」
小野が少し考える。
「当日にくじ引きでいいんじゃない? 番号を引いて、同じ番号のプレゼントをもらうとか」
「自分の引いたら?」
「全員で引き直し」
「それなら誰に当たるか分からないね」
白石はそう言って、少しだけ視線を落とした。
誰に当たるか分からないという話なのに、なぜか俺まで渡る相手を考えてしまう。
まだ買う物すら決まっていない。気が早いにもほどがある。
「お菓子って、嫌いなものあったら困らない?」
白石が言う。
「じゃあ、食べ物なら賞味期限と苦手な物に気をつける。文房具とか小物でもいい。それでどう?」
小野がまとめる。
田端の口から出た雑な案が、久住と小野を通ると、いつの間にか親にも説明できそうな予定になっていた。
俺は横で予算と帰宅時間を気にしている。やはり少し保護者寄りだ。認めたくはない。
「場所は、図書館のあと駅前のショッピングセンターでいい?」
久住が確認した。
「休憩スペースなら、飲み物くらいで済むし」
「俺、ポテト食いたい」
「自分のお金で買って」
田端が小野に切られる。
杉浦は予定表をたたみながら頷いた。
「その時間なら行けると思う」
「私も大丈夫」
久住が先に答え、小野も「家に聞いてみる」と続ける。
田端は最初から参加する気しかない。
残るのは、白石だった。
白石は温かくなったカイロを両手で持ち、少しだけ考えている。
俺は何も言わずに待った。
行きたいなら行けばいい、などと簡単に言うと、かえって答えを急がせる気がした。
「私も、行けると思う」
白石は顔を上げて言った。
「帰る時間を伝えたら、たぶん大丈夫」
「じゃあ決まり!」
田端がすぐに声を上げる。
まだ親に聞いていない人間が半分いる。何も決まってはいない。
ただ、白石は田端の勢いに困った顔をしながらも、笑っていた。
俺は弁当箱を鞄へしまった。
少し前なら、白石が学校へ来られるか、無理をしていないかばかり気にしていた。今日は鞄の中の財布を思い出し、三百円で何が買えるかを考えている。
変な感じがして、閉めたはずの弁当箱をもう一度押さえた。
予鈴が鳴り、机を元へ戻す。
田端は「プレゼント、何にしよう」と早くも騒ぎ、小野に「それを言ったら交換にならない」と注意されている。
久住は椅子を戻す前に、白石へ言った。
「白石さん、買いに行く時、一緒に見る?」
「うん。小野さんも一緒に行ける?」
「もちろん」
小野が答える。
杉浦は部活の予定表を鞄へしまいながら、その会話を聞いていた。
女子三人で買いに行く流れになりそうだ。
俺は田端に捕まらないよう、自分で選ぶ日を考えた。
放課後、昇降口で靴を履いていると、白石が近くに来た。
昼休みに渡したカイロは、制服のポケットに入っているらしい。ポケットの上から手を当てている。
「佐伯くん」
「ん?」
白石は一度、小野たちが先に歩いている方を見た。
それから、少し声を落とす。
「佐伯くんは、何をもらったら困らない?」
聞いた直後、白石の目が少し大きくなった。
自分でも、俺にだけ聞いたように聞こえたらしい。
「ち、違うの。誰に当たるか分からないから、参考にしたくて」
「分かってる」
「みんなにも聞くつもりで」
「分かってるって」
白石はポケットのカイロを押さえた。
俺まで変に意識すると、話が余計におかしくなる。
「文房具とか、使えるものなら困らないと思う」
「文房具」
「白石は?」
今度は白石が詰まった。
「私も……使えるものがいいかな」
「じゃあ、同じだな」
「うん」
白石は少し笑った。
小野が昇降口の外から「澪、行くよ」と呼ぶ。
「今行く」
白石は返事をして、俺に小さく頭を下げた。
「ありがとう。参考になった」
「おう」
白石が小野と久住のところへ走っていく。
俺は靴紐を結び終えていたのに、もう一度触った。
誰に渡るか分からないプレゼントなのに、頭へ浮かぶのは白石が使えそうな物ばかりだった。
靴紐を引っ張りすぎて、結び目が妙に固くなった。
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▼登場人物まとめ
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