第五十五話「十二月、教室に冬が来る」
合唱祭が終わると、十一月は急に残りが少なくなった。
優秀賞の賞状が教室の後ろに飾られ、田端が通るたびに自分の手柄みたいな顔をしているうちに、月が変わった。
十二月の教室は寒い。
窓は朝から白く曇り、廊下側の席では誰かが隙間風に文句を言っている。教室の隅にあるストーブの近くばかり妙に人気で、休み時間になると人が集まった。
俺の席は暖かくも寒くもない中途半端な位置だ。会社員時代なら当たり席だが、中学生はわざわざ暖房の前に密集したがる。よく元気が余っているものだと思う。
昼休みになると、田端が机をずらした。
小野と白石が向かい側へ座り、杉浦が部活の予定表を見ながら横へ来る。
久住も自分の椅子を持ってきた。
合唱祭が終わったら、久住はまた一人で過ごす方へ戻るのかと思っていた。だが最近は、昼休みになると普通にこちらへ来る。
誰も誘い直さないし、久住も「入っていい?」とは聞かない。
田端が少し机を詰め、久住がその隙間へ椅子を置く。それで六人になった。
久住は小野と白石に弁当のおかずの話をし、田端が混ざろうとすると「今は女子の話」と普通に追い返していた。
「寒くない?」
小野が弁当箱の蓋を閉じながら、白石に聞いた。
「少し。朝よりは平気」
「澪の席、窓に近いもんね」
白石は弁当箱を片づけたあと、両手の指先へ小さく息をかけた。
指先が少し赤くなっていた。
俺は制服のポケットに手を入れた。
朝、母に持たされた使い捨てカイロが二つ入っている。一つはすでに使っていて、もう一つは袋のままだ。
「白石、これ使うか」
机の上へ未開封のカイロを置くと、白石が目を丸くした。
「え、でも、佐伯くんは?」
「もう一個ある」
「二つ持ってきたの?」
「母さんに持たされた」
断っておくが、三十二歳の判断ではない。
朝の母が「今日は冷えるから」と鞄へ二つ入れた結果だ。中学生に戻ると、こういうところまで世話を焼かれる。
「じゃあ……借りてもいい?」
「使い捨てだから返されても困る」
「そっか。ありがとう」
白石は少し笑って、袋を丁寧に開けた。
すぐには温かくならないのに、両手で包んでいる。
その様子を見ていた小野が、何か言いたそうにこちらを見た。
だが、小野は口を開く前に杉浦の方を見て、弁当箱の蓋を閉じた。
何だ、その途中で諦めた顔は。
久住は白石の手元を見てから、俺に言った。
「佐伯くん、準備いいね」
「俺じゃなくて母親がな」
「でも渡したのは佐伯くん」
「余ってたからだ」
「うん」
久住の返事が妙に軽い。
それ以上追いかけてこないのが、逆に気になる。
田端は何も気づかず、白石のカイロを見ていた。
「俺には?」
「ない」
「即答じゃん」
「お前、さっきストーブの前にいただろ」
「温かさは多い方がいいだろ」
「田端くん、暑いって言って窓開けようとしてたよね」
小野に言われ、田端は黙った。
白石がカイロを持ったまま笑う。
指先の赤さは、さっきより少しだけ薄くなったように見えた。
昼食を食べ終える頃、田端が教室の前に掛けられたカレンダーを見た。
教室の別の場所では、駅前の飾りがいつから点灯するかという話や、家で何をもらうかという話が聞こえていた。合唱祭が終わって静かになるかと思ったら、今度は別の行事で浮つくらしい。
「あれ。もうすぐクリスマスじゃん」
「急にどうしたの」
「いや、十二月ならクリスマスだろ」
「そのくらいは知ってる」
小野が呆れた声を出す。
田端はカレンダーを指さしたまま、何か重大な発見をした顔をしている。
クリスマス。
その単語を聞くと、前の人生では残業帰りのコンビニを思い出す。
店先にケーキやチキンが並んでいても、帰る頃にはだいたい片づけが始まっていた。買ったところで一人で食べるには重いし、翌日も仕事なので結局何もしない。
夢がない。
中学生に戻ったのだから、もう少しまともな記憶を出してほしい。
「みんな、クリスマスって何するの?」
田端が聞いた。
女子へ聞く時だけ少し期待した顔をするのが腹立たしい。
「うちは家でケーキ食べるくらい」
小野が答えた。
「私も。たぶん家にいる」
久住はそう言いながら、空になった弁当箱を包んでいる。
「杉浦は?」
「部活。まだ予定出てないけど」
「クリスマスに部活するの?」
「サッカー部に聞けよ」
杉浦が面倒そうに返す。
小野は一瞬だけ杉浦を見たが、すぐに自分の弁当箱へ目を落とした。
合唱祭が終わってから、この二人は前より少し分かりやすい。本人たちは隠せているつもりらしいので、今は黙っておく。
「白石さんは?」
田端に聞かれ、白石はカイロを持ったまま少し考えた。
「うちも、家でケーキを食べると思う」
「それだけ?」
「うん。友達と何かしたことは、ないから」
白石は何でもないことのように言った。
小野が少しだけ姿勢を変える。
俺も口を開きかけたが、何を言えばいいのか分からずやめた。
ここで可哀想みたいな顔をする方が、たぶん白石は困る。
「私も、友達と集まったことはないよ」
久住がいつもの調子で言った。
「私も家族と過ごすくらい。わざわざ集まるって考えたことなかったかも」
「じゃあ経験者いないじゃん」
「何の経験者だよ」
杉浦に突っ込まれて、田端は「クリスマスの」と雑に答えた。
白石は久住と小野を見て、少しだけ肩の力を抜いた。
「今年は友達いるじゃん」
田端が言った。
言い方は雑だった。
白石は一瞬、何も返さなかった。
それから、小野と久住を見て、杉浦を見て、最後に俺の方を見た。
「……うん」
白石の手の中で、カイロの袋が小さく鳴った。
たぶん、もう温かくなっている。
「佐伯くんは、クリスマスに予定ある?」
白石から聞かれ、今度は俺が返事に詰まった。
三十二歳の頃なら予定がない年の方が多かった。だが、それを中学生の白石へ説明しても仕方がない。
「特にない。家でケーキ食うくらいだと思う」
「そっか」
白石は小さく頷いた。
そのあと、口元が少しだけ緩んだように見えた。
小野がこちらを見てから、何も言わずに箸袋を結び直す。久住も白石の手元にあるカイロを一度見ただけで、口は挟まなかった。
俺の予定がないことの何が嬉しいのか、聞くほど鈍くはない――と言いたいところだが、聞いたところで自意識過剰だったら死ねる。
中学生の身体で二度目の人生を送っていても、こういう判断は少しも楽にならない。
「悠真も予定なしか」
田端が満足そうに頷いた。
「お前もだろ」
「俺は今、予定がないんじゃなくて、空けてある」
「言い方を変えても同じだ」
「違う。可能性がある」
「何の?」
「これから考える」
杉浦が笑い、小野が「何も決まってないじゃん」と突っ込む。
久住は机に頬杖をつき、田端の次の言葉を待っていた。
白石はカイロを膝の上に置き、俺たちの会話を聞いている。
田端は六人の顔を順番に見た。
それから、思いつきだけで口を開いた。
「じゃあ、なんかやろうぜ」
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▼登場人物まとめ
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