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三十代社畜の俺、中二に戻って人生無双を始める 〜なお宝くじの番号は覚えていない〜  作者: らいお


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閑話「小野美咲は、杉浦くんの声が気になる」

 杉浦くんの声は、思っていたより低かった。


 合唱祭の練習は何度もしていたし、普段から同じ教室にいる。話したことだって、一度や二度ではない。

 それなのに本番で男子の声が重なった時、私はなぜか杉浦くんの声を探してしまった。

 田端くんの声が大きかったから、その隣を探せば分かりやすかっただけだと思う。

 ……たぶん。


 優秀賞が決まり、教室へ戻ってからも、少しだけ耳に残っていた。

 田端くんが大きな声で喜んで、杉浦くんがいつものように横から突っ込む。

 さっきまで舞台で歌っていた時と同じ声なのに、教室で聞くといつもの杉浦くんに戻っている。


「まあ、田端にしては最初よかったんじゃないか」

「褒めてる?」

「たぶん」

「たぶん多いな、今日」


 私は笑ってしまった。

 すると、杉浦くんがこちらを見た。

 目が合ったのはほんの一瞬だったのに、なぜか私の方が先に逸らせなかった。


「小野さんも、あの……音取りとか、助かった」


 急に自分の名前が出て、返事が遅れた。


「え」

「昼休みとか、女子の方もまとめてただろ」

「あ、うん。杉浦くんも、男子に声かけてたし」

「まあ、部活組は放っておくと帰るから」

「そういうところ、ちゃんとしてるよね」


 そこまで言ってから、私は少し後悔した。

 もっと普通に返せばよかった。

 ありがとう、とか。

 杉浦くんも上手だった、とか。

 わざわざ「ちゃんとしてる」なんて、普段はそう見ていなかったみたいではないか。


 杉浦くんも返事に困っていた。

 耳が少し赤く見えたのは、体育館から戻ってきたばかりだからだと思う。

 たぶん、私の頬が熱いのも同じ理由だ。


「俺もちゃんとしてた?」


 田端くんが横から入ってきた。

 こういう時だけは本当に助かる。本人には絶対に言わないけど。


「田端くんは、声が大きかった」

「それ褒めてる?」

「今回は、少し」


 杉浦くんが吹き出した。

 その笑い声を聞いて、私はまた少し落ち着かなくなった。

 声なんて、今まで気にしたことはなかったはずなのに。


 帰りの会が終わると、杉浦くんはすぐに鞄を持った。

 今日も部活があるらしい。合唱祭の日くらい休みでもよさそうなのに、グラウンドでは普通に練習するそうだ。


「杉浦くん、もう行くの?」


 気づいたら、私から聞いていた。


「うん。遅れたら走らされる」

「大変だね」

「合唱よりは慣れてるから」


 杉浦くんは肩に鞄をかけ直した。


「小野さんも、お疲れ」

「う、うん。杉浦くんも」


 もう少し何か言おうとした時には、杉浦くんは田端くんに呼ばれて教室の外へ出ていた。

 低くて聞き取りやすい声だった、なんて、本人に言わなくてよかった。

 そんなことを言ったら、私がずっと聞いていたみたいになる。


 私は黒板の横に残っていた合唱祭の日程表を外し、高村先生の机へ置いた。

 澪は自分の席で、歌詞カードを鞄の奥へしまっている。

 大事そうに扱っているのが分かったので、私は何も言わなかった。


 教室を出ると、少し先に澪と佐伯くんがいた。

 二人とも歩いているのに、どちらも相手へ何か言いたそうな顔をしている。

 そのまま昇降口まで黙って行くのかと思ったら、澪が小さく佐伯くんを呼んだ。


「佐伯くん」

「ん?」

「舞台袖で、ありがとう」

「俺、田端の話しかしてないぞ」

「うん。でも、少し笑えたから」


 佐伯くんは困ったように頭をかいた。


「なら、まあ、田端に感謝だな」

「佐伯くんにも、だよ」

「……そうか」


 澪が笑う。

 佐伯くんは前を向いたまま、少しだけ歩く速さを落とした。

 二人の間に特別近い感じはない。肩が触れているわけでも、手をつないでいるわけでもない。

 でも、夏休み前より会話の間が自然になっていた。


 澪には、あとで聞いてみたい。

 舞台袖で何を言われたのか。佐伯くんの「良かった」が、どのくらい嬉しかったのか。

 少しくらいからかっても、今の澪なら困りながら笑ってくれそうだ。


 そこまで考えて、杉浦くんの声が頭に戻ってきた。


『小野さんも、お疲れ』


 別に、普通の挨拶だ。

 それを何度も思い出している私が、澪をからかっていいのだろうか。

 かなり怪しい。


「小野さんも忙しいね」


 隣から声がして、私は肩を揺らした。

 久住さんが、いつの間にか私の横を歩いていた。


「何が?」

「白石さんと佐伯くんを見たり、杉浦くんを見たり」

「杉浦くんは見てない」

「そう」

「その返事、絶対信じてないでしょ」

「半分くらいは信じてる」

「半分しかないじゃん」


 久住さんは少しだけ笑った。

 合唱の時と同じで、声を大きくしないのによく届く。


「音取り、助かったって言われてたね」

「聞いてたの?」

「近くにいたから」

「それだけだから。合唱祭の話」

「うん」

「本当に、それだけ」

「二回言うと少し怪しい」


 言わなければよかった。

 久住さんは、言葉が少ないくせに変なところだけよく見ている。


 前を歩いていた澪が、私たちの声に気づいて振り返った。


「小野さん、久住さん。どうしたの?」

「何でもないよ」

「小野さんが忙しいみたい」

「久住さん!」


 思わず声が大きくなった。

 佐伯くんまで振り返る。

 澪は不思議そうにしていたが、久住さんの顔と私の顔を交互に見て、少しだけ笑った。

 たぶん、何かを察したわけではない。

 そう思いたい。


 私たちは四人で昇降口まで歩いた。

 佐伯くんと澪の間に私が入り、久住さんがその横に並ぶ。

 さっきまでの二人の空気は消えてしまったけれど、澪は嫌そうではなかった。


 靴を履き替えている途中、久住さんがまた小さく言った。


「小野さん、顔赤いよ」

「体育館、暑かったから」

「もう外、寒いけど」

「今から冷やすの」


 自分でも苦しい言い訳だと思った。

 久住さんは追いかけてこなかった。その代わり、また短く笑っていた。


 ◇ ◇ ◇


 家に帰ってから、鞄の中身を机へ出した。

 筆箱、教科書、歌詞カード。それから、合唱祭の進行や集合時間が書かれたプリント。

 もう終わった行事の紙だから、捨てても困らない。


 私はプリントを古紙の束に重ねた。

 そのまま宿題を始めようとして、手が止まる。


 歌う順番の横には、男子が遅れやすいところと、杉浦くんたちに伝えた注意が、自分の字で小さく残っていた。

 その字を見たら、また教室で言われた言葉を思い出した。


『音取りとか、助かった』


 私は古紙の束からプリントを抜いた。

 捨てない理由なら、いくらでも作れる。

 次の音楽の授業で何か確認するかもしれない。先生に聞かれるかもしれない。記念に取っておく人だっているかもしれない。


 どれも少し苦しい。

 でも、今日すぐ捨てなくても別に困らない。


 私はプリントを半分に折り、机の一番上の引き出しへ入れた。

 閉める時、紙の端が少し引っかかったので、もう一度開けて奥へ押し込む。


 今度はきれいに閉まった。

 私は何もなかった顔で宿題のノートを開いた。

 最初の問題を読む前に、杉浦くんの声がまた一度だけ戻ってきた。


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▼登場人物まとめ

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3652582/

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