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三十代社畜の俺、中二に戻って人生無双を始める 〜なお宝くじの番号は覚えていない〜  作者: らいお


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第三十話「父さん、パソコンのことで相談がある」

 プールから帰って、俺が最初にやったのは、未来のためのメモ作りではなかった。

 濡れたタオルを洗濯機へ入れることだった。


 忘れたら母さんに怒られる。

 中身が三十二歳だろうが、十四歳の息子が濡れたタオルを鞄の中で熟成させたら普通に怒られる。

 そこに未来知識の出番はない。ただ、経験者は語る、ということだ。


 タオルを洗濯機へ入れて、水着を出して、鞄の底に残ったプールの利用券の半券を捨てる。

 そこまでやってから、ようやくパソコンのカタログを机の上に置いた。


 表紙の新品ノートパソコンは、当然のように薄くてきれいだった。

 値段も当然のように高い。


「はいはい、分かってますよ」


 誰に言うでもなくつぶやいて、俺はメモ帳を開いた。


 昨日、家電量販店で書いた比較表を見直す。

 そのまま父さんに見せても、たぶん伝わる。

 ただ、もう少し整理した方がいい気がした。


 会社員時代、俺は何度も資料を作らされた。

 上司に説明したり、会議で突っ込まれないようにしたりするための、あの面倒なやつだ。

 作ったところで結論が変わらないことも多かったが、それでも「何を言いたいのか分からない」と言われるよりはましだった。


 まさかその経験を、中二に戻って父さん相手に使うことになるとは思わなかった。

 人生、嫌なところで再利用が利く。


 俺は新しいページに、少し大きめの字で「パソコンが必要な理由」と書いた。

 その下に、今困っていること、ほしい理由、候補の値段、自分が守る約束、という順番で線を引いていく。

 手書きのプレゼン資料みたいになってきた。

 中学生が親に見せるものとして正しいのかは分からない。

 でも、何も考えずに「欲しい」と言うよりはましだろう。


 白石に言われて「個人情報」を「安全」に直したところで、改めて手が止まった。

 あれは、たぶん父さん向けには合っている。

 父さんに「個人情報を扱いたい」と言ったら、まず顔が険しくなる。

 危ないことをしたいわけじゃなく、安全に使いたい。

 そう言った方が、まだ聞いてもらえる。


 それにしても、白石はよく見ている。

 メモの言葉まで、父さんにどう伝わるかを考えてくれる。

 ありがたい。

 ありがたいのだが、その分だけ、少し申し訳ない。


 俺が本当に考えていることは、まだ白石にも父さんにも言えない。


 株や口座やビットコインのことを、そのまま出すわけにはいかない。

 父さんに止められる前に、自分でも説明に困る。

 中二男子が急にそんなことを言い出したら、親としてはまず心配する。

 俺だって、前の人生で自分の息子がいたとして、急に「将来伸びる株を買いたい」とか言われたら、たぶんお茶を吹く。


 だから、まずは言える理由からだ。

 調べ物や自由研究、タイピング、レポート、英語、表計算あたりなら、親にも言える。


 ……並べるとやっぱり備品申請っぽい。

 家で稟議書を書いている気分になってきた。

 休みの日まで社畜をやるな、俺。


 ただ、この手の資料作り自体も、パソコンがあればかなり楽になる。

 表を作って、文字を打って、あとから並べ替えて、見出しを直す。

 手書きだと、線を一本間違えただけで地味にやる気が削れる。

 父さんに言うなら、ここも理由になるかもしれない。

 パソコンを買ってもらうための資料で「資料作りにパソコンが欲しい」と言うのは、少しずるい気もするが。

 まあ、嘘は言っていない。


 俺はメモ帳の端に、今日の持ち金を書いた。

 貯金箱と財布とお年玉の封筒を、もう一度頭の中で足し直す。

 自由に使えそうな合計は二万五千二百九十円。

 ただ、全部出したら何も残らない。

 参考書の付箋やノート、図書館へ行く時の飲み物、ちょっとした交通費。

 夏休みは、地味に金が出ていく。


 パソコンに出せるのは、一万円くらい。

 頑張っても一万五千円。


 ここで見栄を張って「二万円出す」と言うと、あとで自分の首が締まる。

 大人になってから何度もやった。

 できそうな顔をして、結局できなくなるやつだ。

 やめろ。

 十四歳のうちにやめろ。


 俺は「自分で出す金 一万円」と書いた。

 その下に、小さく「家の手伝い」と足す。


 正直、嫌だ。

 皿洗いも風呂掃除も面倒くさい。

 でも、中古パソコンを買ってもらおうとしている人間が、面倒だから嫌ですとは言えない。

 言った瞬間に負ける。


 机の上に置いたガラケーが震えた。


 白石からだった。


『今日はお疲れさま。プール、楽しかったね』


 短いメールなのに、俺はしばらく画面を見てしまった。

 プールの帰り道の白石の顔を思い出す。

 来てよかった、と言った時の、少しだけ満足そうな横顔。


 だめだ。

 今はパソコンの相談だ。

 頭を切り替えろ。


『お疲れ。田端が一番楽しんでたな』


 送ってから、少しだけ迷って、もう一通打つ。


『メモ、見直してる。比較表、助かった』


 送信すると、少しして返事が来た。


『よかった。うまく伝わるといいね』


 最後に小さな絵文字がついていた。

 今どきというほど今どきでもない、ガラケーの小さな絵文字。

 その小ささが、なんとなく白石らしい気がした。


 俺は画面を閉じて、メモ帳に戻った。


 うまく伝わるといいね。


 そう言われると、逃げづらい。

 ありがたいが、逃げ道をふさがれた感じもする。

 まあ、逃げるつもりでいた俺が悪い。


 ◇ ◇ ◇


 父さんに話すタイミングは、夕飯のあとにした。


 食事中に切り出すには重い。

 母さんが味噌汁をよそっている横で「中古パソコンが欲しい」と言うのは、さすがに乱暴すぎる。


 夕飯は焼き魚と冷ややっこだった。

 プールで動いたせいか、普通に腹が減っていて、俺はご飯をおかわりした。


「今日はよく食べるわね」


 母さんが少し驚いたように言った。


「泳いだから」

「田端くんたちと?」

「うん」

「白石さんも?」


 来ると思った。


「いた」

「楽しかった?」

「普通に」

「普通に、ね」


 母さんのその顔はやめてほしい。

 父さんが箸を止めて、こちらを見る。


「白石さんというのは、前に参考書の話をしていた子か」

「うん。あと、小野と杉浦もいた」

「そうか」


 父さんはそれ以上聞かなかった。

 助かった。

 いや、助かったのかどうかは分からない。

 父さんが何も聞かない時ほど、あとでまとめて聞かれることがある。


 食後、母さんが食器を片づけ始め、父さんが麦茶を飲みながら新聞を広げた。

 俺は部屋からメモ帳とカタログを持ってきた。

 リビングの入口で一度立ち止まる。


 やめるなら今だ。

 今日は疲れたから明日でいい、と言えばいい。

 でも明日に回すと、たぶん明日も「今日は疲れた」と言う。

 会社員時代の俺がよくやったやつだ。

 締切が伸びたら、伸びた分だけ面倒になる。


 俺は息を吐いて、テーブルの前へ行った。


「父さん、ちょっと相談がある」


 父さんは新聞から目を上げた。


「参考書か?」

「いや、今度はパソコン」


 母さんの食器を洗う音が、一瞬だけ小さくなった気がした。

 気のせいかもしれない。

 でも、母さんは絶対に聞いている。


「パソコン?」


 父さんは新聞を畳んだ。

 この時点で、軽い話ではなくなった。


「欲しい、という話か」

「うん。ただ、いきなり買ってくれって言うつもりじゃなくて、相談したい」


 俺はメモ帳とカタログをテーブルに置いた。

 父さんはまずカタログを見て、それから俺を見る。


「いくらくらいするんだ」

「新品だと七万円以上。いいやつは十万円を超える」

「そんなものだろうな」

「だから新品は考えてない。中古か型落ちで、三万九千八百円くらいのを見た」


 父さんの眉が少し動いた。

 まあ、そうなる。

 中学生がさらっと出していい金額じゃない。


「三万九千八百円か」

「高いのは分かってる」

「分かっているなら、なぜ欲しい」


 来た。

 いきなり本題だ。

 父さんは遠回しに聞くタイプじゃない。


 俺はメモ帳を開いた。

 手書きの資料は、思ったより大げさに見えた。

 見出しを付けて、線を引いて、項目ごとに分けている。

 父さんに見せるには少しやりすぎたかもしれない。

 でも、ここまで来たら引っ込める方が恥ずかしい。


 比較表の線が少し曲がっている。

 白石に見せたら、たぶん線を引き直した方がいいと言われる。

 今さらだ。


「使いたい理由は、調べ物と、タイピングと、自由研究やレポートを書く練習。それから、表計算」

「表計算?」

「家計とか、夏休みの支出とか、そういうのを表にしたい。あと、英語の単語とかも、自分で打って整理したい」


 嘘は言っていない。

 全部本当だ。

 その代わり、まだ隠している部分がある。

 この言い方にもだいぶ慣れてきた。

 慣れたくはないが。


 父さんはメモ帳を手に取った。


「学校のパソコンでは駄目なのか」

「授業用だから、自由に使えない。データも残せないし、放課後に勝手に使うものでもない」

「図書館は」

「調べ物だけならできる。でも時間が限られるし、自分のファイルを長く置いておけない」

「家のパソコンは」

「父さんも使うし、母さんも使う。使いたい時に使えるとは限らない。あと、俺の勉強用のファイルと家の用事が混ざると困る」


 父さんは黙って聞いている。

 怒ってはいない。

 ただ、楽観もしていない顔だ。


 母さんが台所から言う。


「悠真、そんなにパソコン使いたいの?」

「うん。今すぐ何かすごいことをしたいというより、慣れておきたい」

「慣れる?」

「タイピングとか、レポートとか。こういう説明するための資料を作る練習も含めて。高校に行っても、たぶん使う機会は増えると思う」


 未来を知っているからそう思う。

 でも、二〇一〇年の親に対しても、そこまで変には聞こえないはずだ。

 パソコンはもう特別な機械ではなくなり始めている。

 それでも、中学生が自分用を持つにはまだ少し早い。

 面倒な時代だ。

 いや、今の俺が面倒なことを言っているだけか。


 父さんはメモ帳を指で叩いた。


「これは自分で作ったのか」

「うん」

「ずいぶん資料っぽいな」

「……ちょっと、説明しやすいようにした」

「俺にプレゼンするつもりだったか」

「そこまで大げさじゃない」


 言ってから、メモ帳を見る。

 見出しもあるし、比較表もある。金額と約束まで並べてある。

 うん、大げさだ。


「少しだけ、そのつもりだったかもしれない」


 父さんは呆れたような顔をした。

 母さんは台所で小さく笑った気配がした。


 少し迷って、付け足した。


「白石にも少し見てもらった」


 台所で、皿が一枚かちゃりと鳴った。

 母さんだ。

 分かりやすい。


「白石さんに?」

「メモの言葉。個人情報って書くと心配されるかもって言われて、安全って書き直した」


 父さんはメモ帳を見る。

 母さんは台所から顔だけ出した。


「白石さん、しっかりしてるのね」

「うん。俺よりかなり」

「そこは否定しないのね」

「否定したら嘘になる」


 母さんは少し笑った。

 父さんは咳払いをして、話を戻す。


「安全に使いたい、か」

「うん。変なサイトを見るためじゃないし、ゲームをしたいわけでもない」

「ゲームはしないのか」

「入れない」


 これは言い切れる。

 田端が聞いたら文句を言いそうだが、田端には聞かせない。


「ネットは危ないぞ」


 父さんの声が少し低くなった。


「分かってる」

「分かっているつもりでも、子供には分からないことがある」

「それも分かる」

「本当に分かっているのか」


 父さんはそこで少し黙った。

 俺もすぐには返さなかった。


 ここで「分かってる」と重ねても、たぶん軽くなる。

 俺はガキじゃない、と言いたいところだが、見た目は完全にガキだ。

 困った。

 自分で自分の首を絞めている。


「全部は分からないと思う」


 俺はそう言った。


「だから、ルールは決めたい。使う時間とか、見ていいサイトとか、父さんと母さんが確認することとか」


 母さんが台所から戻ってきた。

 手を拭きながら、テーブルの横に立つ。


「確認って、どうするの?」

「定期的に見てもらう。部屋で使うなら、ドアを開けておくとか。夜遅くは使わないとか」

「自分の部屋で使いたいの?」


 母さんの声には心配が混ざっていた。


「できれば。机で使いたいから」

「リビングじゃ駄目?」

「最初はリビングでもいい。でもレポートとか長く書くなら、机の方がやりやすい」


 父さんが腕を組んだ。


「自室で使うなら、条件がいる」

「うん」

「夜遅く使わない」

「分かった」

「勉強と学校の課題が優先」

「分かってる」

「成績が落ちたら、使わせない」

「それもいい」


 いい、と言った瞬間、少しだけ胃が重くなった。

 自分で言っておいて何だが、没収は普通に嫌だ。

 でも、そこで渋ったら話が終わる。


「あと、俺か母さんが時々見る」

「うん」

「履歴も見るぞ」


 来た。

 まあ来る。


「それでいい」


 投資やビットコインを調べる時、履歴を見られるとかなり困る。

 困るが、最初から履歴を隠したいなんて言ったら、その場で終了だ。

 まずはパソコンを手に入れる。

 その後で、どう説明するかを考える。

 順番だ。

 面倒だが、順番を飛ばすと全部崩れる。


 父さんはメモ帳をもう一度見た。


「金はどうするつもりだ」

「一万円は自分で出す」

「一万円?」

「手元の金を全部出すと、夏休みの間に困る。だから一万円。残りは、成績祝いか誕生日の前倒しみたいな形にできないか相談したい」


 言ってから、少し図々しいなと思った。

 いや、かなり図々しい。

 三万九千八百円のものに一万円だけ出して、残りを親に頼む。

 普通に考えれば甘い。


「足りない分は、家の手伝いを増やす。皿洗いとか、風呂掃除とか」


 言いながら、風呂掃除という言葉を出した自分を少し恨んだ。

 面倒なやつを自分から差し出してしまった。

 でも、これくらい言わないと弱い。


 母さんが少し目を丸くした。


「風呂掃除、するの?」

「する」

「本当に?」

「そこで疑われるのは仕方ないけど、する」


 母さんは少し笑いそうになりながら、父さんを見た。

 父さんはまだ真面目な顔をしている。


「パソコンは安い買い物じゃない」

「うん」

「中古なら、壊れる可能性もある」

「それも聞いた。保証がある店で買った方がいいと思う」

「誰に聞いた」

「店で見た。あと、ネットで少し」


 これは家族共用パソコンで調べた。

 父さんが仕事で使っていない時間に、短く検索しただけだ。

 まだ深いことはしていない。


「ネットで調べたなら、家のパソコンでいいんじゃないか」


 痛いところを突かれた。


「短い調べ物ならそれでいい。でも、毎回父さんの空いている時間を待つことになる。自分でメモを作って、少しずつ書いたり直したりするなら、自分の机でやりたい」


 父さんは黙っている。

 俺は続けた。


「今回のこれも、手書きだと直すのがけっこう面倒だった。表を作ったり、順番を入れ替えたりするなら、パソコンの方がやりやすいと思う」


 言ってから、少しだけ嫌な汗が出た。

 パソコンを買ってもらうための資料で、資料作りにパソコンが欲しいと言っている。

 循環している。

 会社の会議でも、こういうことを言うやつはいた。

 今の俺だ。


 父さんはメモ帳の曲がった線を見た。


「それはまあ、分からなくはない」


 助かった。

 いや、助かったのかこれは。


「あと、家のパソコンに俺のファイルが増えると邪魔だと思う。変に設定を触るのも怖い」

「それは分かる」


 父さんが少しだけ反応した。

 仕事で使う側からすると、家族に設定をいじられるのは嫌なのだろう。

 そこは助かった。

 いや、助かったと言うと変だが。


 母さんがカタログを手に取った。


「これを買うの?」

「これは新品のカタログ。買うなら中古か型落ち」

「中古って、大丈夫なの?」

「店で見て、保証があるやつなら」


 父さんがカタログを受け取り、少しだけページをめくった。


「お前が見たのはどんなものだ」

「レッツノートっていう、仕事で使うようなやつ。何年か前の型落ちだった」

「遊び用じゃないんだな」

「ゲーム向きじゃない。田端には不評だった」


 父さんの口元が少しだけ動いた。

 笑ったのかもしれない。

 かなり薄いが。


「田端くんはゲームしたいでしょうね」


 母さんが言う。


「絶対言う。でも入れない」

「そこはちゃんとしてるのね」

「俺もそこまで自分を信用してない」


 口に出してから、父さんと母さんがこちらを見た。


「いや、ゲーム入れたら普通に時間を使うと思うから」


 父さんは少しうなずいた。


「自分を信用しすぎないのは悪くない」

「それ褒めてる?」

「半分くらいは」


 半分だけでも褒め言葉として受け取っておくか。

 今の自分の考え方が、少し都合よすぎて嫌になった。

 父さんの前で変な顔になりそうだったので、俺は麦茶を飲んだ。


 父さんはメモ帳を閉じた。

 その音で、少し緊張した。


「今日すぐ買う話じゃないな」

「うん。今日は相談」

「お前が一万円出すのは分かった。手伝いもする。成績が落ちたら使えなくなる条件も受ける」

「うん」

「自室で使うのも、完全に駄目とは言わない。ただ、最初はリビングで使う時間も作れ。何をしているか分からないのは困る」

「分かった」

「夜は九時半まで。宿題が終わってから。変なサイトを見るな。ゲームは入れない。父さんか母さんが見る時は見せる」


 条件が積み上がっていく。

 面倒だ。

 面倒だが、かなり現実的でもある。

 これを飲めないなら、中学生がパソコンなんて言う資格はない。


「分かった」


 俺が言うと、父さんは少しだけ考えた。


 リビングの時計の音がやけに大きく聞こえる。

 母さんも黙っている。

 俺はメモ帳の端を見ていた。

 白石に直された「安全」の二文字が、やけに目につく。


「一度、店で見てみるか」


 父さんが言った。


 俺は顔を上げた。

 今すぐ「マジで?」と言いそうになった。

 危ない。

 父さん相手にそれは軽すぎる。


「いいの?」


 声は思ったより普通に出た。

 たぶん。


「見るだけだ。買うとは言っていない」

「分かってる」

「明日か明後日、時間があれば行く」

「うん」


 表情を崩すな。

 ここで露骨に喜ぶと、父さんが一歩引くかもしれない。

 落ち着け。

 中古パソコンを見に行くだけだ。

 まだ買えると決まったわけじゃない。


 そう思っているのに、口元が勝手に動きそうになる。

 俺は麦茶のグラスを持ち上げて、顔を隠した。


 母さんがそれを見て、少しだけ笑った。


「悠真、嬉しそうね」

「まだ見に行くだけだから」

「そうね」


 母さんの「そうね」は、絶対に分かっているやつだった。

 父さんは新聞を手に取り直した。


「その前に、今日の参考書はやったのか」


 俺はグラスを置いた。


「これからやる」

「先にやれ」

「はい」


 結局、最後はそこに戻る。

 パソコンだ、未来だ、親への説明だと大げさに考えても、目の前の参考書から逃げたら全部しょぼく見える。


 俺はメモ帳とカタログを抱えて、自分の部屋へ戻った。

 机に置いた数学の参考書は、昨日開いたページのままだった。


 今日はプールで疲れているし、父さんとの話でも妙に神経を使った。

 正直、もう寝たい。


 でも、父さんはたぶん見る。

 母さんも見る。

 白石にも、メモがうまく伝わるといいね、なんて言われている。


 逃げ場がない。


「一ページだけでもやるか」


 俺は椅子に座って、シャーペンを取った。

 パソコンを買ってもらう前に、まず一次関数で詰まる。

 未来とか言う前に、目の前の符号をどうにかしろという話だった。


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― 新着の感想 ―
アプリケーション開発のスキルがあれば説明に余裕が出来たかもね。明確にPCでないといけない理由だし。 この時代はFlashとか分かりやすいかな?学生ライセンスでもAdobe税は重いかもしれないけれど。…
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