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社長令嬢と昼のインチキまじない師

 今日は、自分のために服を買う。

 仕事がオフの日、そう決めて街に出たはずなのに、気づけば足は別の店の前で止まっていた。

 他社の紳士服の路面店。もはや職業病なのかもしれない。


「おや、昼に会うのは珍しいね」


 聞き覚えのある演技がかった声に、肩の力が少し抜ける。


「貴方、昼にも存在していたのね」

「夜にしか出てこない妖精さんだと思ってた?」


 ナナシノは、冗談なのか本気なのか分からないような笑みを浮かべて、手をひらひらとさせた。今日も仕立ての良いジャケットを羽織っている。ボトムは細身のデニム。カジュアルなはずなのに、どこか品がある。


「服、見てたの?」

「ええ。夏物を探しに」

「へえ」


 ナナシノの視線が、私の背後のショーウィンドウに流れる。


「紳士服の?」

「……通りかかっただけよ」

「ふうん」


 分かったのかどうなのか曖昧な相槌を打って、ナナシノは隣に並んだ。


「ではクイーン、本日の目的地はどちら?」

「……特に決めてないわ」

「じゃあ適当に歩こ」

「一緒に行くとは言ってないわ」

「うん。ついてくるなとも言われてない」


 勝手についてくる気らしい。

 追い払うほどでもないし、追い払えたところで、どうせまたどこかに現れそうな気もする。


「……邪魔はしないで」

「お望みのままに、お姫様」

「やっぱりついてこないで」


 ナナシノは、やっぱりついてきた。そのわりに、特に口を出すわけでもない。

 私が足を止めれば止まり、歩き出せば歩く。たまにショーウィンドウを見ては、私の着ている服とは別系統のものをさして「これ可愛い」とか「透けてるの涼しげでいいね」とか、ちゃんと見てるのか分からないようなことを言う。


「さっきからなんなのよ、全然趣味に合ってないのよ」

「そうかな?」


 ナナシノは立ち止まり、私を頭からつま先まで眺めた。


「ミントグリーンのサマーニットにセンタープレスのパンツ、ヒールのある靴に革のハンドバッグ……君、この後オフィスにでも戻るのかい? 何となく君は、着たいものじゃなくて、外さないものを選んでいるように見えるよ」

「どういうこと?」

「『新しいお洋服選ぶの楽しー!』って顔をしていないってこと」


 不意を突かれた。反論しようとして、一拍遅れる。

 視線をさまよわせれば、ぱっと薄紫色の店構えが視界に入った。ウィステリアの看板。

 シラフジの直営店だ。


「……なら、見えないところのオシャレだって楽しまなくちゃね」

「ええー、ここに入るの?」

「なによ、別についてこなくても良いのよ?」

「……わぁーかったよ、クイーンのいじわるに付き合ってあげる」

「なら、本当に行くわよ」


 足を踏み出せば自動ドアが静かに開く。

 そういえば、なんだかんだでシラフジの旗艦店を訪れるのは初めてだ。

 店内を見て回る。ふわふわとしたレースのランジェリーに、女性の体を綺麗に見せるためのコルセット。これが、白藤玲が作り上げたもの。

 ナナシノは嫌がるそぶりを見せたものの、意外にも涼しい顔をしてついてきている。照れたり慌てたりでもすれば、かわいげがあるのに。


「見せる予定は無いんだけど、一応聞くわ。どんなのが良いと思う?」

「うーん……デザインはさておき、君の選ぶものは、君の体に合っていないと思う」

「なんですって? サイズなら完璧に把握しているわ」


 それこそミリ単位で、毎日体型キープは努力している。


「いや、サイズは合っているんだろうけどね」

「そこまで言うなら、プロに見てもらいましょうか」


 女性の店員に声をかけて、サイズを測ってもらう。


「ほら、把握しているとおりの数値だわ」

「うん……俺はどういう反応をしたらいいんだ……。とりあえず、騙されたと思ってそっちに並んでるやつに変えてみなよ」


 ナナシノは、さっきまで見ていたところとは別のところに並んでいる商品を示した。


「普段選ばないシリーズね。分かったわ、試してみようじゃないの」


 店員に声をかけた後、何点か手にして試着室へ向かう。


「覗かないでよね」

「覗きませんよ」


 ナナシノは近くには居るのに、視線はそらして答えた。

 改めて、試着室の中でナナシノが薦めた商品を見る。手触りが柔らかすぎて不安になる。

 半信半疑で身につけてみると、驚いた。背筋が自然と伸び、呼吸も楽になった。

 無言で商品をカゴに入れた。


「この女たらし!」

「ええー、顔見て開口一番がそれ?」


 試着室から出れば、ナナシノは律儀にちゃんと待っていてくれた。

 会計を済ませてシラフジを後にする。


「ついてくるんなら、荷物持ちくらいしてくれるのかしら」

「ごめんね。クイーンとのデートをもっと楽しみたかったんだけど、そろそろ予定があってさ」


 そう言って、ナナシノはポケットからなにかを取り出すと私の手に握らせた。


「デートじゃないっていうか、何?これ」


 空豆くらいの大きさの灰色っぽい石だった。大きくエックスの文字が刻まれている。


「エックス?」

「エックスじゃなくてギュフ、あるいはゲーボ。贈り物って意味のルーン文字だよ」

「くれるってことなの?」

「うん、おまじない」


 それだけ言うと、ナナシノは「じゃあね」とあっという間に人混みの中に消えていった。


「勝手な人ね」


 数歩進んで気がついた。

 ナナシノはずっと私の隣にいた。私は別に彼に気を遣って歩いていなかったのに。

 足の長さが違うんだから、普通に歩けば私なんて置いていってしまうでしょうに。


「……何がしたいのよ」


 答えはない。




「あれ、室長。雰囲気変わりました?」


 休み明け、小鳥遊ちゃんが社内報を届けに来て、目を丸くした。


「昨日ね、ちょっとした天啓を受けてね」


 てろんとした肌触りなのに、しっかりと私を内側から支えてくれる下着。これだけで、外見にも影響が出るのは盲点だった。

 

「外に見えることだけが全てじゃないのよね」


 表の顔を務めるのは結仁の役目。

 なら、私はそれを内側から支えるものになれば良い。


「次の合同展示会が、楽しみになってきたわ」


 私は、新しい企画書のページをめくった。

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― 新着の感想 ―
身につけるものや家で使うものなど、目につかなくてもモチベや姿勢に影響することってありますね、実際。 しかしそれを一目で見抜くとは、よほど詳しいのか、はたまたホントに女たらしなのか。 見当違いかもしれ…
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