01-01 零番地
僕たちはみんな、しばらく声が出せなかった。
薄紫色、夜明けみたいな暗さの繚夜。
その中に、煌々と輝く街。
変わり果てた新宿。
アジア1の歓楽街だった時よりも、遙かに大きく。
まさしく巨大積層都市。
「……すごい、九龍城砦みたい……」
マンホールを押し上げ、愚嗤鬼たちの掘った地下道から出てきて数十秒、リサさんがようやく口を開いた。僕はほとんど名前しか知らないけど、たしか、むかーし香港にあった、違法建築が連なる巨大なスラム街、昔はクーロン城って呼ばれてた感じのやつだったはず。
たしかに、見かけはそんな感じだった。
ビルの上にビルを継ぎ足して、時折バラックを混ぜて、いい感じに商店をトッピングして、どこから入るのか、出るのか、まったくわからなくする……。
でも、その規模が途方もなかった。
視界を城砦が埋め尽くしている。
城砦というより……街そのものが、一塊のビルと化している。あるいは、一塊のビルが街そのものとなっている、って言ったらいいんだろうか?
端から端まで歩いたら、軽く半日はかかるんじゃないかって大きさ。
延々と街まで続く一本道には、ぽつり、ぽつり、ナトリウムランプがあやしげに赤橙色の灯をともし、僕たちを静かに誘っているようだった。
周囲を、いかにもポストアポカリプスって感じの廃墟、半分以上が瓦礫と化した繁華街の荒野に囲まれながら、傷一つなく、城砦はそびえている。いや、周囲の廃墟も街の一部として取り込んでいるようにさえ見える。
生きている。
この城砦は、生きて呼吸をしている。
そんなことさえ、思う。
ゲーミングPC並みに発光しているデパート、九鬼城砦壱番街ってでかでかと書いてある巨大ネオン看板に、ちょっとしたビルぐらいある茸がまき散らす体に悪そうな紫色の胞子……
……すべてがばらばらで、極彩色。
真新しい感じのタワマンっぽい建物があったかと思えば、読めない漢字ネオンをぶら下げた煤けた煉瓦造りの昭和モダンビルヂングって感じのやつがある。でもその屋上にはスラム街じみたバラックが並び、隣のビルにまで跨がっている。建物の隙間にはアリの巣じみた室外機の塚、頭上には幾重にもケーブルの垂れ下がる連絡通路。連絡通路は学校の渡り廊下みたいなものがあったかと思うと、ヨーロッパ風(ナーロッパ風?)みたいな石造りのものもあって、けど、単なる板を渡しているだけのもたくさん。
テクノロジーはないのかな、と思いきや、ケーブルにアンテナはあちこちに生えていて、大きなネオンの1つはなにかのIDとパスらしきものを表示してる。GGIDってなんだ? 悪鬼専用Wi-Fi? あげくのはてに街の外縁、原動機付きキックボードみたいなやつに、5人ぐらいの悪鬼が群がって乗っている。
そう、悪鬼。
ここは悪鬼の街。
踊る悪鬼、
走る悪鬼、
ATMらしきものに並ぶ悪鬼、
自販機らしきものを殴っている悪鬼。
その悪鬼をボコボコにして連行していく悪鬼。
その誰もが、クラスで一番うるさい小学生の3倍ぐらいのボリュームで、ぎいぎい、があがあ、げらげら、嗤っている。
そして、争う音。
剣の打ち合わされる音。絶叫、悲鳴、歓声。爆発音。銃声。銃声。また銃声。そしてまた嗤い声。悪鬼に特徴的な、甲高いのにしゃがれている声も、そうでないものも混ざっている。
そんな街の音が荒野の風に乗り、僕らの鼓膜を揺らしている。
そして、遠くの方にはっきり見える。
天を突くほどに巨大な、2つのグロテスクな塔。
先端は雲を突き抜け、見えない。
九鬼城砦中央に位置する、悪鬼王の御座す九鬼双子塔。
……単なる都庁が、こんなにも、3回見たら死ぬ画像としてSNSで回ってきそうな塔になるなんて、僕は少し、感動もしてしまう。
どれだけ見ても、新しい何かが見つかった。
どの箇所を見ても、ため息が出るほど細かなディテールがあった。気を抜けば僕は、1日中でもこの街を描写していられそうだ。
「……なんでまた、こんなデカい街を……」
僕のつぶやきを聞いたスライ・スライは、クケッ、と楽しそうに嗤って言う。
「説明したろう。ここはデカい必要があるのだ。いわば蠱毒。王の作り上げた、我らモンスターの蠱毒の壺。それがこの九鬼城砦よ」
「コドク……?」
「そう、蠱毒だ」
「コドクってなに? ゴブリンのなにか?」
「いや、貴様らの文化だと聞いたが?」
「……難しい方の蟲に、毒物の毒の、蠱毒ですよ」
と、リサさんがこっそり教えてくれてようやく思い当たった。たしかなんか、ヘビとかゲジゲジとかムカデとかをたくさん壺に入れて争わせて、生き残ったものには特別な毒が宿るのでそれを呪い殺したい相手に……的な呪術のヤツ。
「この中じゃ……ゴブリンが争ってるってこと?」
僕の問いに、スライ・スライは首を振り、横を指さした。
「言ったろう。ここでは全員が、全員に、戦争をしておるのだ」
遠くに見える街以外、辺り一面は瓦礫で、建造物らしい建造物はないんだけど……注意深く見てみると所々、瓦礫から何かが突き出ていた。近くに寄ってみるとそれは、なにか、石造りの門のようなものだとわかる。けど扉はないし、そもそも門のどちら側にも、なんの建物もない。とするとこれは……。
「そうか、これが君の話してくれてた、ワープゲート的な……?」
「左様。王の目的はこの地球の征服だが、そのためにあやつはまず」
と、スライ・スライが言ったところで。
門が光り輝き始めて、僕は慌てて後ずさり、スライ・スライが叫ぶ。
「来るぞ! 戦闘準備!」
「な、なにが来るんだよ!?」
「だから言ったであろう、蠱毒の中身だ八神のばかちん!」
「ここではそんなに戦闘は起こらないって話じゃなかったのかよ!?」
「そんなうまい話があるかばーか!」
石造りのアーチ門が白く光り、数秒もしないうちにその輝きは薄れていく。そして光が薄れていくのと同時にそこにあらわれたのは、ヘビでもゲジゲジでも、そして悪鬼でもなく……。




