燃え盛る業火
同時に、鼻を突くツンとした焦げ臭い匂い。
そして、バチバチ、ゴオオオという、聞いたこともない不気味な重低音が下から響いてきた。
健人の体から、一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
「嘘だろ……っ!?」
急いでベッドから飛び降り、部屋のドアノブに手をかけた。
「熱っ!!」
金属のドアノブは、まるで熱したフライパンみたいに熱くなっていた。
健人は思わず手を引っ込める。
嫌な汗が全身から噴き出す。
シャツの袖で手を覆い、意を決してドアを一気に開けた。
「――っ!!」
目に飛び込んできた光景に、健人は息をのんだ。
1階から続く階段の空間は、すでに地獄のような場所になっていた。
猛烈な勢いで渦巻く黒煙。
そして、壁や天井を舐めるようにして、狂ったように踊り狂う真っ赤な炎。
恐ろしい火の海が、家全体を飲み込もうと凄まじい熱風と一緒に襲いかかってくる。
「熱っ……! クソ、なんだよこれ……! 父さん! 母さん!!」
健人は煙を吸わないように腕で口を覆い、両親の寝室に向かって叫んだ。
けれど、返ってくるのは木が激しく弾けるバリバリという大きな音と、炎の咆哮だけだった。
「父さん!! 母さん!! 優月!! どこだよ!!」
何度も叫ぶ。
けれど炎の勢いは増すばかりで、すでに1階へ続く階段は崩れ落ちていた。
熱風が皮膚を焼き、煙のせいで涙が止まらない。
視界が急速に狭くなっていく。
(マズい、このままだと俺も……!)
恐怖が、小学4年生の健人の体を支配しそうになる。
野球のマウンドでは、どんなピンチでも冷静だった健人。
けれど、命を脅かす圧倒的な炎の前では、ただの10歳の少年だった。
「う、うあああああ!!」
激しく咳き込みながら、健人は自分の部屋へ引き返し、窓へと向かった。
窓を開けると、外の冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。
しかし、酸素を得た炎はさらに勢いを増し、ドアを焼き破ろうと迫ってきた。
下を見下ろすと、すでに1階の窓からも炎が激しく噴き出している。
静かだった住宅街には「火事だー!」「誰か人がいるぞ!」という悲鳴や叫び声が響き始めていた。
健人は2階の窓枠に足をかけ、外の暗闇を見つめる。
ここから飛び降りるしかない。
足を骨折するかもしれない。
けれど、ここに残れば確実に焼き殺されてしまう。
「父さん……母さん……っ優月!!」
激しい熱に炙られながら、健人の頭に、なぜか昼間に美有と交わした会話が思い浮かんだ。
『だってこれ、私の両親の形見だもん』
(俺は……ここで死ぬわけには……!)
健人はぎゅっと目を閉じ、意を決して、燃え盛る家から夜の闇へと飛び降りた。




