胸騒ぎ
時計の針が、午前零時を回った。
昼間の賑やかさが嘘のように、東京の街は深い静寂に包まれている。
時折、遠くの道路を走るトラックの微かな音が、小さく響いてくるだけだ。
花山美有は、ベッドの中で何度も寝返りを打っていた。
いつもなら、布団に入って10分もすれば深い眠りに落ちてしまう。
なのに今夜は、どれだけ目を閉じても意識がはっきりと冴え渡っていた。
(おかしいな……全然、眠れない……)
パジャマの胸元を小さく掴み、美有は天井を見つめた。
ただの夜更かしではない。
胸の奥が、まるで冷たい氷を押し当てられたかのように、じわりと落ち着かない感覚に支配されていた。
心臓が、いつもより少しだけ早いテンポで、ドク、ドク、と不規則に脈打っている。
「どうしてだろう……すごく、胸騒ぎがする」
声に出して呟いてみたが、その言葉は暗い部屋の中に吸い込まれて消えた。
何かが起きるような、根拠のない不安。
まるで、5年前のあの雨の日――お父さんとお母さんが遠くへ行ってしまったあの日の朝に感じた、あの嫌な空気とどこか似ていた。
美有は全身に鳥肌が立つのを感じた。
ベッドから起き上がり、裸足のまま窓辺へと歩く。
カーテンを少しだけ開けて外を覗くと、月明かりに照らされた静かな住宅街が広がっていた。
見慣れた景色だ。
何も変わったところはない。
美有はふと思い立ち、机の上に置いてあるあの桜のブローチを手に取った。
ガラスの冷たい感触が指先に伝わる。
それをぎゅっと握りしめることで、ドキドキする胸を少しでも落ち着かせようとした。
(大丈夫……何もない。明日はまた、普通に学校があって、健人と会えるんだから……)
自分にそう言い聞かせ、美有はもう一度ベッドに戻り、掛け布団を頭まですっぽりと被った。
けれど、胸の奥を激しく揺さぶる不吉な予感は、消えるどころか、ますます強くなっていくのだった。




