まだ持ってたのか
野球かぁ……授業で空振り三振しまくって、
笑われてたなぁ
二人は並んで校門を出て、茜色に染まる通学路を歩き始める。
アスファルトの上に、二人の影が細長く伸びていた。
並んで歩くと、健人の背丈がこの一年で急激に伸びたことがよく分かる。
もうすぐ美有の頭一つ分くらい追い抜いてしまいそうなほどだ。
お互いに今日の出来事をとりとめもなく話しながら、いつの間にか二人は、お気に入りの場所である児童公園のベンチに腰を下ろしていた。
ちょっとだけ寄り道をして、おしゃべりの続きをするためだ。
健人はベンチに腰掛けると同時に、ふぅ、と大きなため息をつき、背負っていたランドセルを「ドン」と乱雑に足元へ置いた。
相変わらず、野球以外の日常の荷物の扱いはおおざっぱだ。
「あ、そうだ。健人、これ見て」
美有は自分のランドセルのサイドポケットから、そっと一つの小さな箱を取り出した。
箱の中から現れたのは、夕方の光を浴びて、どこか幻想的な深いピンク色に輝く、ガラス製の桜のブローチだった。
あの日、激しい事故の衝撃から奇跡的に無傷で残った、美有にとって世界で一番大切な宝物。
健人は、そのブローチを覗き込むようにして、人差し指でツンと指し示した。
「へぇ、まだそれ、大事に持ってるのか」
少しからかうような、だけどどこか懐かしむような優しい声だった。
美有はブローチを胸の前にぎゅっと抱きしめるようにして、誇らしげに胸を張る。
「あったりまえじゃん。だってこれ、私の両親の形見だもん。どんなことがあっても、これだけは一生手放さないって、あの日に決めたんだから」
五年前、保育園の砂の上で、健人がこのブローチを拾って手渡してくれた。
『パパとママに貰った大切なものだから、大切に持っておかないと駄目だよ』
あの時の健人の言葉が、今の美有の心の支えになっている。だからこそ、美有はこのブローチを見るたびに、両親の愛と、そして健人という存在の心強さを思い出すことができるのだった。
「ふん、そうか」
健人は少し照れくさそうに視線を外すと、自分の頭の後ろで両手を組んでベンチにもたれかかった。
「お前がそうやって大事にしてるなら、あのとき拾ってやった甲斐もあったってもんだな」
「もう、上から目線なんだから!」
美有はぷっと頬を膨らませたが、すぐに悪戯っぽい笑顔に変わった。
「あ、そうだ! てか、健人、今日の練習試合でもまたホームラン打ったんでしょ? 後ろの席の男子たちが、教室ですっごい大騒ぎしてたよ。『中山のやつ、マジで化け物だ』って。本当にすごいよね!」
美有が目をキラキラさせて褒めちぎると、健人は少しだけ耳を赤くしながら、鼻の頭を人差し指でこすった。
エースで四番として周囲からどれだけチヤホヤされても、美有に真っ直ぐ褒められるのだけは、どうにも調子が狂うらしい。
「あー……まあな。あれは、相手のピッチャーが完全に失投したんだよ。ど真ん中の、めちゃくちゃ打ちやすいストレートだったからな。あんなの、誰だってバットを振ればスタンドまで飛んでいくさ」
「そんなことないよ! 他の子みんな空振りしてたって聞いたもん。健人が毎日、夜遅くまで素振りしてるの、私知ってるんだからね」
「……お前、見てたのかよ」
「ふふん、ベランダからバッチリ見えてまーす」
美有が勝ち誇ったように笑うと、健人も観念したように「へいへい、ありがとよ」と小さく笑った。
夕暮れの公園に、二人の笑い声が静かに溶けていく。
今日が終わり、明日が来て、また同じように学校へ行って、同じように笑い合う。
そんな、あまりにも普通で、あまりにも愛おしい、いつもどおりの日常が、今日も確かにそこにあった。




