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生きる意味  作者: カセージン
最終章
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60/61

最終話(前半)つぐない

美有の口から、予想もしない言葉が飛び出した。



「え……?」



健人の思考が、一瞬だけ停止する。



美有は一歩、また一歩と、血に汚れたコンクリートを踏みしめ、健人の背中へと近づいていく。



「健人がどうしてもその人を殺して、もう光の世界に戻れないって言うなら、私も一緒にその罪を背負う。健人を一人で怪物になんてさせない。……でも、もし、私と一緒に生きてくれる可能性が少しでもあるなら、その銃を置いて……!」



美有は健人の背中に、そっと両腕を回した。



背中越しに伝ってくる、驚くほど温かくて、小さく震える彼女の体温。



カチリ。



脳内で、10分間の終わりを告げる最後の秒針が鳴り響いた。



「――『解除』」



健人が呟くと同時に、世界の色が元に戻る。



激しい爆破の残煙が再び揺らぎ、健人の猛攻によって内臓を破壊されていた多島絵里の口から、ドッと激しい鮮血が噴き出した。



「がはっ……、あ、は……っ!?」



絵里はその場に激しく崩れ落ち、膝を突いた。



時間の停止中に溜め込まれていたすべてのダメージが一気に肉体を襲い、彼女は指先一つ動かすことすらできず、激しく血を吐きながら荒い息を繰り返す。



健人の手の中にある自動拳銃の銃口は、まだ、絵里の頭部へと向けられたままだった。



引き金を引けば、今度こそ確実に終わる。



だが、背中に感じる美有の温もりと、彼女の涙が上着に染み込んでいく感覚が、健人の人指し指をどうしても動かせなくしていた。



志人が最期に遺した『光の世界へ戻れ』という言葉が、市川のあのへらへらとした笑い声が、健人の脳裏をよぎる。



仲間たちは、自分に復讐の怪物になって死んでほしいわけじゃない。



自分が生きることを、願ってくれたのだ。



健人はゆっくりと、銃口を下げた。



そして、撃鉄を戻し、銃を静かに床へと転がした。



「多島絵里。お前を殺して、俺の人生をお前の復讐劇の道具にしてやる時間は、もう終わりだ」



健人の声は、驚くほど静かだった。



「お前はここで、自分が犯した罪の重さに怯えながら、一生を暗闇で過ごせ」



健人は、志人が最期に遺した通信端末を拾い上げた。



そこには、絵里がこの場所で行ったすべての襲撃、殺人のログと、彼女が過去に犯したすべての犯罪の証拠データが、志人の手によって完全に復元され、警察へとリアルタイムで送信され続けていた。



遠くから、無数のサイレンの音が近づいてくるのが聞こえる。



肉体は限界を迎え、もう逃げる余力などない絵里をその場に残し、健人は床の銃を蹴り遠ざけた。



だが、これで全てが美しく収まるわけではなかった。



健人が絵里に対して加えた、時間を停止させての一方的な猛攻――それは、彼女の骨と内臓を文字通り粉砕するほどの、あまりにも過度な傷害だった。



いくら正当防衛の範疇を主張しようとも、元暗殺者としての技術と能力を振るったその破壊の痕跡は、法が看過できるものではなかった。



押し寄せてきた警察官たちが、這いつくばる絵里を拘束すると同時に、健人の両腕にも冷たい手錠がかけられる。



「健人……っ!」



美有が悲痛な声を上げるが、健人は静かに首を振った。



「これでいいんだ、美有。俺も、自分のしてきたことのけじめをつけなきゃいけない」



アジトの襲撃から始まった一連の事件の裁判は、非公開の特殊法廷で行われた。



凄惨な身内の殺害に対する報復という動機や、絵里の凶悪性、そして志人が遺したデータによる情状酌量の余地は認められたものの、健人が過去に手を染めてきた世界の闇と、今回絵里に負わせた過度な傷害の罪は重く、中山健人には『懲役10年』の実刑判決が言い渡された。



健人は静かにそれを受け入れ、鉄格子の向こうへと姿を消したのだった。

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