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「――『停止』」
カチリ、と脳内で明確な「秒針の音」が響いた。
その瞬間、世界からすべての音が消えた。
激しく燃え盛っていた残火の揺らぎがピタリと止まり、宙を舞っていた灰の粉塵がその場に静止する。
そして、不気味に嗤っていた多島絵里の顔から、笑みが凝固した。
絵里の肉体が、完全にその場でフリーズしていた。指先一つ、視線一つ動かすことができない。
彼女の脳内でどれほど強大な『創造の力』を紡ごうとも、思考そのものの出力すら、世界の時間ごと完全に停止させられていた。
健人の覚醒した能力。
それは、対象の「存在そのものの時間・運動・思考」を完全に拘束し、この世のすべての干渉を遮断して縫い付け、文字通り相手の動きを完全に止める能力。
その絶対的な効果時間は、正確に「10分間(600秒)」。
(な……に、これ……っ)
絵里の脳内だけで、驚愕の思考が辛うじて巡る。声には出せない。身体が、一ミリも動かない。
万物を創り出す神の力が、たった一人の少年の放つ圧倒的な「停止」の概念の前に、完全に屈服していた。
健人は、怒りの感情すら凍りついたような無表情のまま、ゆっくりと立ち上がった。
足元に転がる市川と志人の遺体に一瞬だけ視線を落とし、それから、一歩、また一歩と、動けない絵里の方へと歩を進める。
「10分だ」
健人の声には、一切の生気がなかった。
「この10分間、お前は指一本動かすことも、新しい何かを創り出すこともできない。ただ、俺に倒されるだけの木偶の坊だ」
健人は絵里の目の前に立つと、容赦のない拳をその腹部へと叩き込んだ。
ドガァァァッ!!!
時間が停止しているため、衝撃は絵里の体内に逃げることなく、その全エネルギーが肉体の内側へとダイレクトに炸裂する。
絵里の口から、声にならない血の飛沫が飛び散り、宙でそのまま静止した。
「これまでの奴らとは違うと言ったな」
健人は拳を、蹴りを、容赦なく絵里の肉体へと叩き込み続けた。
ドカッ!
ズガッ!
バキィッ!
ドカッ!
ズガッ!
バキィッ!
ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!ドカッ!ズカッ!バギィッ!
時間が止まった空間に、鈍い肉撃の音だけが何百発も連続して響き渡る。
絵里の身体は、健人の凄まじい猛攻を受けながらも、空間ごと固定されているために吹き飛ぶことすら許されず、その場ですべての破壊エネルギーを骨と内臓で受け止めさせられていた。
圧倒的だった。神の如き創造の力を誇った多島絵里が、今の健人の前では、ただの肉の塊に過ぎなかった。
絵里の瞳が、恐怖で激しく見開かれる。動かない身体の内側で、肉体がミシミシと崩壊していく激痛だけが、彼女を極限まで追い詰めていく。
「これで、終わりだ」
健人の背後に、カウントダウンの数字が浮かび上がる。残された時間はあと1分。
健人は、血に染まった銃の銃口を、絵里の額へと真っ直ぐに突きつけた。
この引き金を引けば、すべてが終わる。
実家を焼かれ、家族を奪われたあの夜からの復讐が。
そして今日、市川と志人の命を無残に奪ったこの女への裁きが、ついに完了する。
健人の指が、引き金にゆっくりと力を込める。
多島絵里の命の灯が消える、その最後のトドメを刺そうとした、まさにその刹那――。
ビルの入り口の影から、パタパタと、この場に最も相応しくない、小さく切ない足音が響いた。
「健人……っ! やめて……!!」
聞き間違えるはずのない、その声に。
健人の引き金を引く指が、完全に硬直した。




