タイトル未定20??/4/15 02:02
少年が手に入れた「普通の生活」は、あまりにもあっけなく、そして残酷に終わりを告げた。
健人が隠れ家を去ってから、数ヶ月が経った。
季節は巡り、あの時咲き誇っていた桜は青々とした葉桜へと姿を変えていた。
学校へ通い、美有たちと同じ明るい世界で過ごす時間は穏やかで、健人の心からも少しずつ暗い冷たさが薄れつつあった。
――誰もが、この平穏が続くと信じていた。
しかし、因縁の鎖は、彼らが思っている以上に深く、そして血生臭く繋がっていたのだ。
深夜二時。
激しい豪雨が東京の街を叩きつける中、健人がかつて仲間と過ごしていた地下アジトの重い鉄の扉が、凄まじい爆音とともに吹き飛んだ。
煙と火花が散る部屋に、ゆっくりと足を踏み入れる一人の女の影があった。
黒いレインコートを纏い、不気味な笑みを浮かべた女――多島絵里。
その指先からは、小さな火花がパチパチと音を立てて爆ぜている。
「な、んだ……てめぇ……っ!」
ソファから飛び起きた市川太郎が、即座に手元にあったナイフを構える。
奥のデスクから大村志人も立ち上がり、一瞬で状況を把握すべく鋭い視線を絵里へと向けた。
「お前が……中山健人の家を焼いた、あの放火魔か」
志人の声には、強い敵意と警戒が宿っていた。
「あはは! 正解! 健人君の新しいお友達だよね? 健人君がどこに行ったか、私に教えてくれる?」
絵里は狂気的な笑い声を上げながら、両手を広げた。
その瞬間、彼女の身体から凄まじい熱を持った赤い炎が噴き出し、狭い部屋を容赦なく焼き尽くし始める。
「市川、下がれ! 熱量が異常だ!」
「うるせえ! 健人の身内を狙う奴を、このまま帰せるかってんだよ!」
市川は全身の力を振り絞り、迫り来る炎を力任せに押しのけながら、絵里の懐へと突っ込んだ。
しかし、絵里の放つ炎は、これまでの敵とは比べものにならないほど強力だった。
市川のナイフが彼女の首元に届くよりも早く、部屋全体を呑み込むほどの超巨大な爆炎が、市川の身体を正面から包み込んだ。
「が、はっ……あァァァァァッ!!!」
「市川――!!」
志人の叫びが、激しい爆音にかき消される。
炎に包まれながらも、市川は絵里の腕を掴み、必死に引き剥がそうとした。
だが、肉体を容赦なく焼き焦がす激しい熱に、ついにその頑強な身体が膝を突く。
「健人、に……手ぇ、出すん……じゃねえ、よ……」
それが、市川太郎の最期の言葉だった。
市川の身体が力なく床に倒れ込み、炎の渦の中に消えていく。
「市川……ッ!」
志人の眼鏡に、激しく燃え盛る赤い炎が反射していた。
目の前で長年の相棒を奪われた絶望と怒りが、志人の全身を駆け巡る。
「あははは! なーんだ、弱ーい! じゃあ、次はメガネのお兄さん、健人君の居場所を吐いてくれるかな?」
狂気に満ちた笑みを浮かべる絵里が、炎をまとった手を志人へと向けた。
豪雨が叩きつける深夜の地下で、惨劇の炎はさらに激しさを増していくのだった――。




