(最終話……?) HAPPY END?
それから数週間の時が流れた。
懸命な治療と本人の驚異的な回復力により、美有は無事に退院の日を迎えることができた。
病院のロビーには、優しく微笑む姉の美晴と、少し離れた場所に私服姿の健人が立っていた。
頭の包帯もすっかり取れた美有は、ゆっくりとした足取りで健人のもとへと歩み寄る。
「健人、今日までずっと支えてくれて、本当にありがとう」
美有は深く頭を下げた。
入院期間中、健んは任務の合間を縫って、何度も彼女の病室を訪れていた。
言葉数は少なかったが、その存在自体が美有の心をどれほど救ったか分からない。
病院の外に出ると、春の柔らかな風が二人の髪を揺らした。
美晴が「先に車を回してくるね」と気を利かせて席を外すと、二人は並んで歩き出した。
「健人、あのね……」
美有は立ち止まり、手の中に握りしめた桜のブローチを見つめた。
「私、やっぱり健人に普通の生活に戻ってほしい。誰かを傷つける世界じゃなくて、あの日失ってしまったかもしれないけれど……もう一度、ここから新しい日常を始めてほしいの。私のわがままかもしれない。でも、健人には笑っていてほしいんだよ」
真っ直ぐな、濁りのない瞳だった。
これまで復讐のためだけに命を削り、暗闇を走るようにして生きてきた健人にとって、その言葉はあまりにも眩しかった。
しかし、美有を死にかけさせ、そして彼女の温もりに触れた今、健人の心は決まっていた。
家族を奪った放火魔への憎しみが完全に消えたわけではない。だが、これ以上、守るべき光を裏切るような生き方はしたくなかった。
「……分かった」
健人は静かに、しかし決然と頷いた。
「俺はもう、誰も殺さない。殺しの道も、復讐の道も、ここで終わりにする。……もう一度、普通の生活を始めてみるよ」
その言葉を聞いた瞬間、美有の顔に、あの日以来となる本当の、満面の笑顔が咲いた。
その日の夜。
健人はすべてを打ち明け、決別を告げるために地下アジトの扉を開けた。
部屋の中では、大村志人が淡々と書類を整理し、市川太郎がソファに寝転がって漫画を読んでいた。いつもと変わらない、どこか愛おしい彼らの空間。
「そうか。お前はそっちの道を選ぶんだな」
健人の話を聞き終えた志人が、眼鏡の位置を直しながら静かに口を開いた。その声には、いつもの冷淡さの裏に、隠しきれない寂しさが混ざり合っていた。
「チッ、せっかく息が合うようになってきたところだったのによ」
市川も漫画を放り出し、頭をガリガリとかきながら少し不貞腐れたような顔をした。
だが、すぐにいつものへらりとした笑みを浮かべ、健人の肩を思い切り叩いた。
「ま、あの可愛い幼馴染ちゃんを泣かせるわけにはいかねえもんな! しゃあねえ、お前の分のイチゴオレは、これからは俺が全部美味しくいただくわ!」
「市川、お前が飲むとただの糖分過多だ」
志人が冷ややかにツッコミを入れつつ、健人に視線を戻した。
「健人、お前が抜けるのは戦力的に大きな痛手だが……兄が私に自分の足で生きろと言ったように、お前が自分で自分の生き方を選んだというのなら、私たちが止める権利はない。行け」
二人の温かい了承を受け、健人の胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……今までありがとう。二人のことは、忘れない」
「おう! 困ったことがあったら、いつでも一般人のフリして連絡してこいよ!」
市川が手を振り、志人も小さく頷く。
健人は自分の武器を机に置き、アジトの重い扉を閉めた。
暗闇の世界から、今度こそ本当に足を踏み出したのだ。
翌日から、健人の「普通の生活」が始まった。
学校へ通い、美有や美晴、友人と他愛のない会話を交わし、夕暮れには普通の缶コーヒーを買って帰る。
血の匂いも、硝煙の煙もない、世界で一番優しくて退屈な日常。
かつて奪われたはずの光を、健人は確かに取り戻した。
少年の戦いは終わり、物語は静かに幕を閉じる。
美有と並んで歩く夕暮れの帰り道、健人の顔には、かつてのような穏やかな笑みが浮かんでいた。
――誰もが、そう信じていた。
END???




