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生きる意味  作者: カセージン
第四章
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桜と桜のブローチ

深夜の重苦しい沈黙が続いてから、どれほどの時間が経っただろうか。



個室の白いカーテンの隙間から、次第に青白い光が差し込み始めていた。夜の闇がゆっくりと退き、東の空が淡い朝焼けのオレンジ色に染まっていく。



健人は椅子に座ったまま、一睡もせずに美有のそばにいた。



気まずい空気のまま会話は途絶えていたが、健人が部屋を出ていくことはなく、美有もまた、黙ってそこにいてくれる健人の存在を拒むことはしなかった。



部屋が朝の光で十分に明るくなった頃、美有がふと、窓の外へと視線を向けた。



「あ……」



美有の小さな呟きに引かれるように、健人も窓の外を見る。



病院の敷地内、ちょうどその個室の窓から見下ろせる位置に、一本の大きな桜の木が立っていた。



昨夜は暗闇で見えなかったが、その枝には、淡いピンク色の花びらが一斉に花を開かせていた。



「桜……咲いてたんだね」



美有が酸素マスクの向こうで、微かに微笑んだ。



その表情には、昨夜の怯えや戸惑いは少しだけ薄れ、いつもの彼女らしい穏やかさが戻っているように見えた。



健人はその桜を見つめながら、上着のポケットにそっと手を伸ばした。



そして、中から一つの小さな固形物を取り出した。



「これ……」



健人が美有の視線の先に差し出したのは、昨日、事故現場のアスファルトの上に転がっていた、あの桜のブローチだった。



トラックにはねられた衝撃でカバンから飛び出し、血の海の中に落ちていたのを、健人が救急車に乗る直前に拾い上げていたのだ。



少しだけ傷がつき、汚れを拭き取った形跡のあるブローチを見て、美有の瞳が大きく揺れた。



「持ってて、くれたんだ……」



「道路に落ちていた。アンタが大切にしていたものだと思ったから」



健人は「アンタ」という言葉を使いつつも、その声からは昨日までの刺々しさは消えていた。



健人はブローチを、美有の点滴の繋がれていない方の手のひらに、そっと乗せた。



美有はブローチを愛おしそうに握りしめ、弱々しい声で語りかけた。



「これね……健人がいなくなってから、ずっとお守りにしてたんだよ。いつかまた健人に会えたら、その時はまた、あの頃みたいにみんなで一緒に笑い合えますようにって」



美有の真っ直ぐな言葉が、健人の胸の奥を静かに突いた。



自分をずっと縛り続けていたのは家族を奪われた夜の「炎」だったが、彼女をずっと支えていたのは、あの頃の「光」だったのだ。



殺し屋になり、完全に別の世界の人間になってしまった自分を、彼女は今でもあの頃の健人として待っていてくれた。



「……バカだな。そんなもののために、命を落としかけるなんて」



健人は視線を窓の外の桜へと戻し、ぽつりと言った。



ぶっきらぼうな言い方だったが、その横顔には、ほんの少しだけ昔の優しい面影が戻っているように見えた。



「バカでもいいよ。だって、こうしてまた健人とちゃんとお話できたんだもん」



美有の言葉に、健人は何も言い返さなかった。

美有の手の中にある桜のブローチと、窓の外に咲き誇る本物の桜。



自分たちの生きる世界は完全に分かれてしまったのかもしれない。


それでも、二人の間にある記憶と絆だけは、あの頃と変わらないまま、朝の光に照らされて静かに息づいていた。

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