命を繋ぎ止める存在
―――1千万円。
普通の高校生であれば、到底その場で用意できる金額ではなかった。
「そんなの、今すぐ用意できるわけねえだろ……っ」
市川が顔をしかめて拳を強く握りしめる。
だが、健人は迷うことなく上着の内ポケットから、黒い特別なキャッシュカードを取り出した。
「……その手術を、今すぐ始めてくれ。金ならここにある」
健人には、かつて実家が火事になる前に遺されていた両親のお金と、この闇の世界に入ってから殺し屋として稼ぎ出してきた、血に汚れた莫大な報酬が残っていた。
守りたかったはずの光を、自分の冷たい言葉が切り裂いてしまった。
その罪を償うためなら、この汚れたお金のすべてを使い果たしても構わなかった。
「手続きなら、俺がすぐに書く。だから、美有を助けてくれ」
健人の強い意志を感じ取った医師は深く頷き、すぐに書類を回収して手術室へと引き返していった。
手術中を示す赤いランプが、暗い廊下を静かに照らし出す。
手続きを終え、再びベンチに戻って座り込む健人の身体は、微かに震えていた。
その隣に、志人が静かに腰掛けた。
「健人。自分を責めるな、とは言わない。お前の判断の誤りが彼女を追い詰めたのは事実だ」
志人は、いつもの冷たい口調のまま言葉を紡ぐ。
けれど、その眼鏡の奥の瞳には、数日前に関西で自分が兄を失って泣いていた時の温かさが宿っていた。
「だが、お前が今ここで押し潰されてしまっては、彼女を本当に一人にすることになる。お前にはまだ、稼いだ金で彼女の命を繋ぎ止めるだけの力がある。あの兄が私に自分の足で生きろと言ったように、お前もまた、彼女を生かすためにその力を使い尽くせ」
志人は健人の肩にそっと手を置いた。
「一人で抱え込むな。金が足りなくなれば、私や市川の報酬からもいくらでも出してみせる。だから、今はあいつの生命力を信じろ」
「……ああ」
健人は小さく、けれど確かに頷いた。
美有の命をかけた長い手術の時間が、夜の静けさの中で、じりじりと始まりを告げていたのだった。




