緊急搬送
キィィィィィィッ!!!
激しい急ブレーキの音が街に響き渡る。
しかし、あふれる涙で周囲の音が聞こえていなかった美有は、避けることすらできなかった。
ドン、と鈍い衝撃音が響く。
「美有――!!」
健人の叫びが、夕焼けの空に虚しく響いた。
道路の中央で、小さな身体が力なく弾み、アスファルトの上へと転がっていく。
カバンから飛び出した荷物が散らばり、彼女が大切に持っていたはずの桜のブローチが、夕日に照らされて虚しく転がった。
路面に広がる赤い血の海が、まるで終わらない夕焼けのように、周囲を赤く染めていった。
「美有……っ! 美有!!」
健人はコンビニの袋を放り出し、アスファルトの上を滑り込むようにして美有の元へ駆け寄った。
トラックの運転手が青ざめた顔で車から飛び出し、周囲の歩行者たちが悲鳴を上げる。
そんな周りの喧騒は、今の健人の耳には一切届かなかった。
道路に横たわる美有の身体はピクリとも動かず、その意識は完全に失われていた。
頭部から流れる鮮血が、彼女の紺色の制服をじわじわと染めていく。
かつてあれほど温かく自分を呼んでくれた幼馴染の身体は、驚くほど冷たく、そして軽かった。
「おい、しっかりしろ! 美有!」
声をかけるが、返事はない。
浅い呼吸が微かに聞こえるだけで、いつ命の灯が消えてもおかしくない状態だった。
健人は震える手でポケットからスマートフォンを取り出した。
裏の世界の連絡以外で使うことのなかったその端末で、素早く3桁の数字を打ち込む。
「――119番です。火事ですか、救急ですか」
「救急だ。女子高生がトラックにはねられた。頭部からの出血が激しく、意識不明だ。早く来てくれ」
いつもならどんな極限状態でも冷静さを保てる健人の声が、今ばかりは激しく震えていた。
正確な場所を伝えて電話を切ると、健人は美有の手を強く握りしめた。
傷だらけの自分の手に、彼女の血がこびりついていく。
数分後、夕闇を切り裂くようにして激しいサイレンの音が近づいてきた。
到着した救急車から隊員たちが素早く飛び出し、ストレッチャーを転がして美有の元へと駆けつける。
「意識がありません! 出血多量、バイタル低下!」
「直ちに搬送する! 君、この子の関係者か!?」
隊員の一人に鋭い声で問われ、健人は息を呑んだ。
関係者――。
先ほど自分は、彼女に「誰だよアンタ」と言い放ったばかりだった。
だが、今の健人に彼女を置いて立ち去る選択肢など、どこにも存在しなかった。
「……知り合いだ。俺も乗せてくれ」
「よし、乗ってくれ!」
美有の身体が手際よくストレッチャーへと固定され、救急車の後部座席へと運び込まれる。
健人も促されるままに狭い車内へと乗り込み、ドアがけたたましい音を立てて閉められた。
再びサイレンが鳴り響き、車体が激しい加速と共に走り出す。
白く無機質な車内。
酸素マスクをつけられ、無数のコードを繋がれた美有を前にして、健人はただ座席に深く腰掛け、自分の血に染まった両手を見つめるしかなかった。




