見覚えのある姿
関西での仕事を終えて東京に戻ってから、数日が経った。
激しい戦いの傷も癒え、三人の殺し屋は再び、地下アジトでいつものように次の命令を待つ静かな時間を過ごしていた。
だが、そんな静けさを破ったのは、実にあほらしい理由だった。
「――よし、ジャンケンだな。負けた奴が三人分のコーヒーをコンビニまで買いに行く。文句はないな」
市川がニヤニヤしながら、右手を前に突き出した。
「市川、お前は本当にそういうムダなゲームが好きだな。だがいいだろう、私の計算によれば、お前が最初に何を出すかはすでに分かっている」
大村が眼鏡の位置を直しながら、冷たく受けて立つ。
その横で、健人は無表情のまま、ただ静かに右手を差し出した。
「……早くしろ。俺はブラックを頼む」
「いくぜ! 最初はグー、ジャンケンポン!」
威勢のいい市川の声が響き、三人の手が同時に出された。
市川がパー、大村がパー。
そして――健人が出したのは、不器用そうに出されたグーだった。
「よっしゃあああ! 健人の負け! すごい力を持つ男も、ジャンケンには勝てなかったみたいだな!」
市川がソファの上で大はしゃぎし、大村もフッ、と満足そうに鼻で笑った。
「運が悪かったな、健人。では、私は微糖の缶コーヒーを頼む。温かいやつだ」
「……チッ」
健んは小さく舌打ちをすると、上着のポケットに財布を突っ込み、無言で隠れ家の扉を開けて外へと出て行った。
どんなすごい力を持っていようと、ジャンケンの勝敗までは変えられなかったらしい。
地上に出ると、空はちょうど綺麗な夕焼けに染まり始めている時間帯だった。
立ち並ぶビルが長い影を落とし、家に帰るサラリーマンや学生たちが、駅へ向かって足早に通り過ぎていく。
健人はいつものように、周囲の気配に鋭く気を配りながら歩いていた。
闇の世界に入ってからというもの、無意識のうちに他人の視線や足音、危険な路地裏を鋭く見定めるのが、すっかり体に染みついた癖になっていた。
近くのコンビニに入り、市川と大村に頼まれたコーヒーと、自分の分のブラックコーヒーを買う。
レジでお金を払い、三本の缶コーヒーが入った小さな袋を手に持つと、健人はすぐに店を出てアジトへの道を歩き始めた。
缶コーヒーの温かさが、袋越しに手のひらに伝わってくる。
夕方の街はとても賑やかで、そしてとても平和だった。
ほんの数日前に関西の壊れた街で繰り広げた、血生臭い激しい戦いが、まるで嘘だったのではないかと思えるほどだった。
(早く戻るか……。冷めると大村がうるさい)
そう思いながら、健人が住宅街へと続く少し薄暗い角を曲がった、その時だった。
向かい側から歩いてくる一人の少女の姿が、健人の目に飛び込んできた。
見覚えのある紺色の高校の制服。
肩にかかった綺麗な髪が、夕暮れの風に小さく揺れている。
その少女は、カバンを両手で大事そうに抱えながら、何か考え事でもしているのか、少しうつむき加減に歩いていた。
健人の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
足が止まりそうになるのを、強い気持ちで無理やり抑え込む。
花山美有だった。
あの火事の日以来、一度も会っていなかった、自分の大切な幼馴染。
闇の世界に入ってからも、自分の心の中でずっと忘れられず、けれど「決して巻き込んではいけない」と自分に言い聞かせて遠ざけ続けてきた、明るい光の世界にいる存在。
美有は歩きながらふと、前方から歩いてくる健人の方へと顔を上げた。
そして、二人の視線が、夕闇の迫る路地裏で真っ直ぐに重なり合った――。




