心人の目的
戦いが始まってから、すでに数時間が経過していた。
壊れた街を照らす炎の赤は、今や両者の体から流れる血の色と混ざり合っている。
「はは……さすが志人だなあ。本当に、隙がない……っ」
心人は肩を大きく揺らし、吐き出す息に血を混じらせた。
全身に刻まれた志人の針による傷は数十箇所に及び、その出血量はすでに限界を超えている。
けれど、その顔には未だに、どこか楽しげな笑みが貼り付いていた。
「これで終わりだ、兄さん」
志人の眼鏡の奥の瞳は、冷たいままだった。
スーツは泥と血でボロボロになりながらも、その手元にある最後の一本の針は、寸分の狂いもなく心人の眉間を捉えている。
「あーあ、負けちゃったかあ。……でも、これでいいんだ」
心人がふっと、それまでの軽い態度を捨てた。
その顔に浮かんだのは、驚くほど穏やかで、どこか寂しげな『兄』の表情だった。
心人は懐から、血に汚れた一通の封筒を取り出し、志人の足元へ放り投げた。
「これ……今回の依頼書。本物の、ね」
志人が一瞬眉をひそめてそれを拾い上げ、中身に目を走らせる。
そこには、今回のターゲットであるはずの『大村心人』自身のサインが刻まれていた。
「……どういうことだ」
「言葉通りの意味だよ。俺が、俺自身の片付けを、お前たちの組織に依頼したんだ。……志人、お前をその『人殺しの道』から引きずり下ろすためにさ」
心人はよろめきながら、折れた電柱に背中を預けた。
「お前が暗殺組織に入ったって知ったとき、俺は絶望したよ。俺の大切な弟が、そんな暗い闇の中でしか生きられなくなるなんてさ。……だから俺は、わざとここで最悪の悪党を演じて、お前たちを誘い出した。能力でお前らの動きを封じて、そのまま連れ去って、無理矢理にでも普通の生活に戻してやるつもりだったんだ。……だけど、お前ら、強くなりすぎだよ」
別の戦場では、健人の『能力を消す力』によってすべての液体を無力化され、銃で撃ち抜かれた岡村雫が倒れていた。
そして市川の執念の刃によって重力の盾を破られた大滝魁も、大きな音を立てて沈んでいた。
二人の戦いは、すでに健人と市川の勝利で決着していたのだった。
「……馬鹿な真似を。俺を連れ戻すために、ここまでの危険な戦いを仕組んだというのか」
志人の声が、微かに震える。
「馬鹿なのは、昔からだろ?」
心人は優しく微笑んだ。
その瞳から、急速に光が失われていく。
最後の力を振り絞るように、志人をじっと見つめた。
「でも、志人……お前が俺を倒したんだ。これで、お前の組織の仕事は終わりだ。……だから、もう俺のことは気にしなくていい。これからは、お前の好きなように自由に生きろ……。誰かに命令されるな。明るい世界で……笑って、お前の生きたいように生きてくれ……」
それが、大村心人の最後の言葉だった。
がくり、と首が垂れ、関西のボスだった男の身体から、完全に命の灯火が消え去った。
静まり返る瓦礫の中で、志人はただ立ち尽くしていた。
視界が、急激に過去の記憶へと引き戻されていく。
思い出すのは、誰も手や服を血で汚していなかった、遠い昔の温かい思い出だった。




