岡村 雫vs中山 健人
そして、最も息の詰まる『無』の応酬が、そこにはあった。
「私の『能力』そのものが無効化されるというのなら……単純な物理的質量で、あなたという存在を圧殺するのみです」
雫の冷徹な声が廃墟に響く。
彼女はもう、健人の手元へ向けて直接液体を放つような愚かな手は使わなかった。
数十メートル離れた安全な場所から、能力によって数トンもの『水銀』を空間に生成。
それを健人の頭上へと導き、攻撃の瞬間に能力を解除して、ただの「重く毒のある金属の塊」としてそのまま落としたのだ。
ただの物体としての落下物には、健人の『能力を消す力』は意味をなさない。
「……っ!」
健人は鋭く地面を蹴り、頭上から降り注ぐ銀色の巨大な塊をギリギリで回避する。
ドォン! と激しい音を立てて地面が陥没した。
弾け飛んだ水銀のしぶきが健人の肌をかすめ、火傷のような激痛を走らせる。
間髪入れず、雫は次の手を打つ。
健人が逃げた先の泥水に向かって、指先から「電気を通しやすい液体」をほんの一滴だけ垂らした。
水に触れた瞬間に液体は広がり、崩れた電柱から流れる火花を吸い上げて、健人の足元に目に見えない電気の罠を張り巡らせる。
ジジジ、と空気が焼ける不気味な音がした瞬間、健人は持ち前の鋭い感覚で危険を察知し、高く跳び上がった。
空中へ逃げ、避ける場所のない健人に向けて、雫が再び高圧の酸の弾丸を放つ。
「消えろ――」
健人が空中で右手を振るうと、目に見えない波動が走り、酸の弾丸はただの水滴へと戻って空気中に散った。
だが、着地した瞬間に待ち構えていたのは、雫があらかじめ爆発させて飛び散らせていた瓦礫の破片――激しい勢いで飛んでくる鉄パイプの雨だった。
「ガッ……!」
左肩に鋭い鉄パイプの破片が深く突き刺さり、健人の身体が大きくよろめく。
けれど、健んは倒れなかった。
傷口から大量の血を流しながらも、その瞳は正確に雫の顔を捉え続けている。
手にした真っ黒な銃から放たれる弾丸が、雫の前に立ちふさがる液体の壁を次々と消し去り、彼女の眼鏡のフレームを掠めて削りとった。
「信じられませんね。それほどの怪我を負いながら、なぜそれほど正確に狙いを保てるのですか」
「……お前たちを、ここで片付けると決めているからだ」
能力を消し去る絶対の盾を持つ少年と、それを完璧な頭脳で攻略しようとする冷酷な女性。
一秒の間に何度も繰り返される『攻撃』と『無効化』、そして『目に見えない隙からの奇襲』が目まぐるしく交差する。
お互いの体力が削られ、息遣いが刃物のように鋭くなっていく。
火災の赤に染まる壊れた街の中、どちらが先に『限界』を迎えるかという、一瞬の油断も許されない勝負。
暗闇の深淵の中、泥沼の戦いは終わりを知らずに続いていた。




