↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生きる意味  作者: カセージン
第三章
PR
23/61

殺し屋の日常

――ターゲットの排除完了。



深夜、冷たい雨の降る高架下の暗がりに、高級スーツを着た男――沼田栄一(ぬまたえいいち)が崩れ落ちていた。



「な、にもの……だ、お前……っ」



泥水をすする沼田の視線の先で、中山健人は冷たい瞳で銃口を見下ろしていた。



圧倒的な力の差だった。



沼田が雇っていた大柄なボディーガードたちも、健人の前ではあっさりと倒されるだけだった。



かつて野球で培われたずば抜けた運動神経と、この5年間で叩き込まれた戦いの技術。



その二つが組み合わさった健人は、すでに一人前の殺し屋として十分すぎる強さを持っていた。



命乞いをする沼田の言葉に、健人は耳を貸さなかった。



法律の抜け穴を利用して弱い者から金を騙し取り、人の人生を壊した男。それを片付ける。ただそれだけだ。



夜の闇の中に、静かに一発の銃声が響いた。



「あー、仕事終わりの夜風が身に染みるぜ。で、俺のイチゴオレは?」



アジトに戻るなり、相変わらず呑気な顔で出迎えてきたのは市川太郎だった。



「……おい」



健人は無表情のまま、コートのポケットからストローのついた紙パックを取り出した。



けれど、健人はそれを普通に手渡したりはしない。



5年前まで少年野球チームのエースピッチャーだった血が、ほんの少しだけ悪戯心(いたずらごころ)を呼び覚ました。



「市川、捕れ」



健人はイチゴオレのパックを指に引っかけると、綺麗なフォームで腕をしならせた。



全盛期のマウンドを思い出させるような、無駄のない完璧な投球フォーム。



放たれた紙パックは部屋の空気を切り裂き、すごいスピードで市川の胸元へと一直線に飛んでいく。



「って、おいマジかよっ!?」



目の前に迫る紙パックに対し、市川の反射神経がとっさに反応した。



市川は近くにあった丸めたポスターを、まるで野球のバットのように構える。



「オラァッ!!」



パンッ! と、心地いい音が部屋に響いた。



市川は見事なスイングでイチゴオレをヒット。



紙パックは綺麗な弧を描いて、部屋の隅のソファへとぽとんと落ちた。



「よっしゃあ! ヒット! 健人、今のは完全に持っていっただろ!」



「……チッ。今のコースを打つか。次は低めに落としてやる」



「おい、野球の投げ方をイチゴオレでやるな! パックが破けたらどうすんだよ!」



市川がポスターを振り回して文句を言い、健人は無表情のまま、どこか楽しそうに次の投球フォームをとる。



二人の殺し屋が、部屋の真ん中で子どものようにじゃれ合い始めた。



「おい市川、次だ。高めの球、受けてみろ」



「上等だ、どんな球でも打ち返してやるよ!」



「騒がしいぞ。作戦を立てる場所で野球ごっこをするのはやめろと言っている」



その様子を冷ややかに見つめながら、大村志人が部屋の奥から歩いてきた。



大村は相変わらず落ち着いた様子で、じゃれ合う二人には目を合わせない。



そのまま、すたすたとソファの方へと歩いていく。



そして、市川がポスターを構えて健人と向き合っている一瞬の隙を見逃さなかった。



大村はソファの上に落ちていたイチゴオレの紙パックを、ごく自然な動作で回収した。



手際よくストローを差し込むと、ちゅーっと音を立ててそれを飲んでしまう。



「……なるほど、悪くない。頭がすっきりする味だ」



「あーーーっ!! 俺のイチゴオレが!!」



市川の叫び声が部屋に響く。



大村は真顔のまま、「お前がいつまでも遊んでいるからだ。冷えているうちに飲んだだけだ」と、もっともらしい顔で横取りを正当化していた。



「健人! 大村を押さえつけろ! 今度こそあいつの高級チョコを奪うぞ!」



「……分かった。大村、あきらめろ。後ろは押さえた」



「待て、健人。お前にはさっきチョコを半分分けてやっただろ。市川、近づくなよ」



裏社会で暗殺の手助けをする『殺し屋』。



彼らは確かに、闇の中で生きる恐ろしい存在だ。



けれど、この冷たい隠れ家の中にだけは、普通の高校生のような、不思議な温もりが確かに存在していた。



その頃、明るい世界にいる花山美有は、夜空を見上げながら、どこかにいる幼馴染の無事を祈り続けている。



彼女が心配している「中山健人」が、今、仲間たちとイチゴオレを巡って全力で遊んでいるとは、知る由もないまま――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。