いちかわのいちごオレ
「あ、そうだ健人。帰りにコンビニでイチゴオレ買ってきてくれ。紙パックのやつ」
市川がそれまでのシリアスな表情を綺麗さっぱり消し去り、思い出したように人差し指を立てた。
絶対零度の殺意をキープしたまま、健人の視線が市川を射抜く。
「……断る。俺は仕事に行くんだ。パシリではない」
「硬いこと言うなよ。大村なんてさっきから自分だけ高級なビターチョコ食ってんだぞ。おい大村、一個よこせ」
「これは一枚800円の高級カカオだ。お前の安っぽい舌にはもったいない」
大村は真顔のまま、美しく包装されたチョコレートをポケットに隠した。
どんな時でも完璧な大人びた口調で、非常にケチなことを言っている。
「おい大村、お前もこの前俺のプリンこっそり食べてなかったか? 健人からも何か言ってやれ」
「……お前ら、作戦会議中に何をくだらない話を。……大村、俺にはそのチョコを半分よこせ」
「お前も食うんかい!」
市川のツッコミが地下室に虚しく響く。
大村は
「健人はこれから現場だからな。特別だ」
と、やはり真顔のまま、健人にだけチョコを半分に割って手渡した。
健人はそれを無表情で口に放り込み、もぐもぐと噛みしめる。
「よし、行こ」
「いや、いい雰囲気でまとめてるけど、俺のイチゴオレは!?」
置いてけぼりを食らった市川の声を背中で聞き流しながら、健人は地下室のドアを開けた。
一瞬だけくだけた空気が流れたが、一歩外に出れば、健人の瞳は再び光を反射しない暗殺者のそれへと戻る。
美有が学校生活の中で彼の安否を心配し、無事を祈っているその瞬間にも、健んは闇の底で、他人の命を奪うための冷たいカウントダウンを始めていた。
交わることのない、二人の高校生活。
片や、過去の思い出を胸に抱きながら、光の当たる日常を歩む少女。
片や、復讐の炎を絶やさず、闇の中から悪を裁く少年。
5年の歳月は、二人を完全に異なる世界の住人へと変えてしまっていた。




