任務
同じ東京の空の下、美有が通う高校から数キロメートルほど離れた、陽の光の届かない雑居ビルの地下室。
そこには、美有の知る「少し大人びた野球少年」の面影を木っ端微塵に破壊した、中山健人の姿があった。
15歳になった健人の肉体は、5年間で幾度となく繰り返された地獄の訓練によって、極限まで無駄を削ぎ落とされた「生ける凶器」へと進化を遂げていた。
前髪の隙間から覗く瞳は、もはや光を反射しないガラス玉のように冷徹であった。
10歳のあの日、大村志人と市川太郎に導かれ、殺し屋に足を踏み入れてからの5年。
健人は子どもらしい情緒のすべてを削ぎ落とし、ただ放火魔の茶髪の女を地獄へ引きずり落とすためだけのマシーンとして生きてきた。
今や彼は、組織の誰もが認める一級の殺し屋へと成り果てていたのだ。
「健人、新しい仕事だ」
鉄製の重い扉が開き、大村志人が入ってきた。
大村もまた高校生となり、中学生の頃よりもさらに洗練された、冷酷なエリートのオーラをまとっている。
相変わらずその口調は冷静沈着で、下品な言葉遣いは一切ない。
大村は手にした黒いクリップボードを、健人が座る無機質な机の上に滑らせた。
健人はピクリとも表情を変えずにそれを受け取り、書類に目を走らせる。
「……今回のターゲットは?」
「名前は沼田栄一。表向きは投資コンサルタントを名乗るが、その実態は、高齢者や知識の浅い人々を狙った悪質な詐欺グループの首謀者だ」
大村は淡々と、しかし底冷えするような軽蔑を込めて続けた。
「今回の依頼人は、沼田に全財産を騙し取られ、そのショックで母親を亡くした若い男だ。警察に泣き寝入りしても、巧妙に法の網の目を潜り抜ける沼田を裁くことはできなかったらしい。だから、俺たちに順番が回ってきた」
健人は書類に添付された沼田の顔写真を見つめた。
仕立てのいい高級スーツを着て、ニヤニヤとした笑みを浮かべた中年の男。
その顔を見た瞬間、健人の瞳の奥に、絶対零度の殺意がパチリと灯る。
「……他人の金を騙し取り、人生を狂わせて、法律の盾の裏でのうのうと生きているゴミ屑、か」
「ああ。まさに俺たちが処分すべき、どうしようもない人間のクズだろ?」
背後の壁に寄りかかっていた市川太郎が、腕を組みながら不敵に笑った。
市川もまた恐ろしい成長を遂げ、ナイフの扱いにおいて右に出る者はいないほどの暗殺者に仕上がっていた。
「健人、今回の任務はお前に一任する。組織の上層部もお前の『牙』の切れ味を試したがっている。法律で裁けない悪党を、俺たちの過剰な正義で処分する……。いつも通りの仕事だ」
健人はクリップボードをパタンと閉じ、静かに立ち上がった。
その手は、かつて野球のボールを握り、美有のために優しくブローチを拾い上げた少年の手ではない。
今、その手には、標的の息の根を確実に絶つため銃が握られていた。
「依頼内容は、沼田栄一の完全な排除。……今夜、仕留める……か」
健人の凍てついた声が、地下室のコンクリート壁に反響して消えた。
まさに完璧な暗殺者たちの空間。
――だったのだが。




