彼がいない世界
あの日から5年の歳月が流れた。
時の流れは残酷なほどに街の景色を書き換え、人々の記憶を薄れさせていく。
かつて世間を騒がせた放火事件も、今やネットの奥底に沈んだ過去の出来事に過ぎない。
けれど――その事件によって運命を壊された二人にとっては、一瞬たりとも止まることのない、過酷な日々の連続だった。
花山美有は、15歳の高校1年生になっていた。
桜の花びらがハラハラと舞い散る春の季節。
彼女は真新しい紺色の制服に身を包み、ごく普通の高校生活を送っている。
「おーい、美有?」
昼休みの賑やかな教室。
机の前にやってきた友人が、美有の顔の前で手を振った。
美有はハッと我に返り、慌てて手元のノートを閉じる。
「あ、ごめん! ちょっと次の時間の予習を考えてただけ、だよ?」
「もー、相変わらず真面目なんだから。でも、あんまり根を詰めすぎると頭がパンクしちゃうよ?」
友人がケラケラと笑いながら離れていくのを見送り、美有は小さくため息をついた。
……嘘だ。予習なんて、一文字も頭に入っていなかった。
美有が考えていたのは、あの日からずっと、自分の心の一番深い場所に居座り続けている、一人の少年のこと。
中山健人――。
5年前のあの最悪な夜、火災のドサクサに紛れて姿を消し、警察がどれだけ捜しても見つかっていない、大切な幼馴染。
美有は制服のポケットにそっと手を入れ、そこにしまってある小さな箱に触れた。
中にあるのは、光の角度によって綺麗に輝く、ガラス製の桜のブローチだ。
4歳のとき、両親を事故で亡くした美有に残された、世界で一番大切な形見。
そして――あの日、健人がぶっきらぼうに拾ってくれた、大切な絆の証。
(健人、今どこで何をしてるの……? ちゃんとご飯、食べてる?)
毎日、学校へ行き、授業を受け、友達と笑い合う。
そんな眩しいくらいの「日常」を送りながらも、美有の心の半分は常に、行方の分からない健人の存在に囚われていた。
彼がいない世界は、どこか色褪せて見える。
どれだけ新しい環境になろうとも、胸の奥にぽっかりと空いた穴が埋まることはない。
それでも、彼がいつかフラッと帰ってきたときに「お前、全然変わってないな」って呆れられないように。
美有は健人の面影を胸に抱きながら、懸命に今日という日を生き続けていた。




