選択肢
激しい息遣いだけが、冷え切った路地裏の空気を白く染めていく。
中山健人と、二人の若き殺し屋――大村志人と市川太郎の死闘は、すでに限界を超えた泥沼の領域に達していた。
野球のバットを振るために鍛え上げられた健人の肉体は、復讐の狂気によって限界を超えて動き続けていた。
けれど、さすがに10歳の少年の体には限界がある。
全身が悲鳴を上げ、2階から飛び降りた際に痛めた足首は、パンパンに腫れ上がって感覚を失いつつあった。
対する大村と市川の二人もまた、無傷ではなかった。
市川の服の袖は健人の強引な組み付きによって引きちぎられ、大村の顔には、健人の拳がかすめた赤い傷が刻まれている。
中学生にして数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼らにとって、これほど年下の「ただの子ども」にここまで追い詰められた経験はなかった。
「……しぶといな。本当に、ただのガキかよ」
市川がナイフを握り直しながら、冷たい声の裏に驚きをにじませる。
健人は返事をする余裕すらなく、獣のように身を屈め、最後の一歩を踏み出そうとした。
だが、その瞬間、体が限界を迎えた。
膝の力が完全に抜け、視界が急速に暗くなる。
健人の身体は、前に倒れるようにして地面へと崩れ落ちた。
「がはっ……、あ……」
地面に顔を打ち付けながらも、健んは泥だらけの両手で地面を引っ掻き、なおも前へ進もうとする。
その瞳の奥に宿る、茶髪の女への漆黒の憎悪だけは、体が動かなくなっても強く輝いていた。
大村はその様子を、冷めた目で見下ろしていた。
彼はゆっくりと健人に近づくと、その胸元に静かに銃口を突きつけた。
「これで終わりだ、中山健人。肉体の限界だ。お前の負けだ」
大村の口調には、勝利を誇るような幼さは微塵もなかった。
ただ、冷酷な事実を伝える大人のそれだった。
「……殺せよ」
健人は地面を睨みつけたまま、かすれた声で呟いた。
「動けないなら、ここで殺せ……。俺は、あの女を殺せないなら、生きる意味なんてない……!」
その言葉を聞いた大村は、引き金にかけた指を動かさなかった。
しばらくの沈黙の後、彼は小さくため息をつき、銃を服の裏へと収めた。
「殺さない。俺たちは、どうしようもないゴミ屑を処理するために動いている。お前はただの、哀れな被害者だ。殺す理由がない」
大村はそう言うと、健人の前にしゃがみ込み、その汚れた顔をじっと見つめた。
「それほどの殺意と、中学生の俺たちと渡り合うだけの天性の肉体。……ここで無駄死にさせるには、少々惜しいな」
市川が背後から大村の意図を察し、驚いたように声をかける。
「おい、大村。本気か?」
「本気だ、市川。組織の上層部も、常に新しい『牙』を探している。このガキの目は、もうこちらの世界の住人のものだ。表の世界に戻したところで、待っているのは復讐に狂った破滅だけだろう」
大村は健人の胸ぐらを掴み、強引にその体を起こさせた。
至近距離で、大村の冷徹な、けれどどこか深い闇へと誘うような瞳が健人を捉える。
「中山健人、選択肢をやる。このままここでのたれ死ぬか。それとも、俺たちの組織に来るか」




