裏路地
深夜の住宅街を包み込む、パチパチという不気味な火の音と、遠くから近づいてくる消防車のサイレン。
崩れ落ちた我が家の前で、10歳の中山健人は一人、立ち尽くしていた。
さっきまでそこにいたはずの、家族を奪った茶髪の少女の姿は、すでに夜の闇へと溶けて消えている。
健人の頭の中には、焼け焦げてしまった両親と妹の姿と、少女のあざけるような笑い声が、呪いのようにこびりついて離れなかった。
「……殺す。絶対に、殺す……!」
口から漏れ出た言葉は、10歳の少年のものとは思えないほど冷たく、深い殺意に満ちていた。
手のひらには爪が深く食い込み、赤い血がぽたぽたと滴り落ちている。
けれど、その痛みさえ今の健人には感じられない。
胸の奥で燃えさかる復讐の炎が、彼の感覚を完全に麻痺させていた。
一刻も早くあの女を追いかけ、この手で叩きのめさなければならない。
その狂気のような衝動だけが、健人の体を突き動かしていた。
健人は煙で汚れた顔を上げ、少女が消え去った方向へと歩き出した。
2階から飛び降りたときに痛めた足首が激しく痛んだが、そんなものはどうでもよかった。
一歩、また一歩と足を引きずりながら、燃え盛る火災現場をあとにした。
彼が向かったのは、普段の通学路とは正反対の方向にある、街の裏路地だった。
そこは街灯も少なくて昼間でも薄暗く、地元の人もあまり立ち入らない「危ない道」だった。
捨てられたゴミが散らばり、ひび割れたアスファルトからは、どぶ川のような嫌な匂いが立ち上っている。
闇に紛れて逃げたあの女を追うには、こうした表から外れた道を探るしかない。
健人の研ぎ澄まされた憎悪が、そう告げていた。
暗闇の中、健人はただ復讐のためだけに、険しい足取りで奥へと進んでいく。
耳をすませば、自分の荒い息づかいと、引きずる足が鳴らす砂利の音だけが響いていた。
恐怖なんて、とうの昔に焼き尽くされている。
あるのは、ただ獲物を狙う獣のような執念だけだった。
その時だった。
「おっと。危ないな」
暗闇の向こうから、不意にそんな声が聞こえた。




