その日、少年は邪に変貌す
能力者。
テレビのニュースや都市伝説でしか聞いたことのない、常識を超えた力を持つ者。
そんな存在が、なぜ自分の家族を、家を、平穏な日常を奪わなければならなかったのか。
健人には理解できなかったし、理解するつもりもなかった。
「……く……くそっ」
健人は歯を食いしばり、血がにじむほどに唇をかみしめた。
地面を何度も殴りつけるが、圧倒的な力の差の前に、立ち上がることすらままならない。
少女はそんな健人に興味を失ったように、くるりと背を向けた。
「……まぁ折角だから貴方だけ見逃してあげる。精々、あの女みたいに頑張って生きるんだね」
『あの女』という言葉の意味を、今の健人が深く考える余裕はなかった。
少女がその場から一歩踏み出した瞬間、まるで最初からそこに誰もいなかったかのように、彼女の姿は夜の闇の中へと消えてしまった。
「はっは……はは」
静まり返った道路に、健人の乾いた笑い声が漏れた。
涙なんて、一滴も出てこない。
悲しみという感情は、あまりにも大きすぎる怒りと憎悪の炎によって、一瞬にして焼き尽くされてしまっていた。
健人はゆっくりと立ち上がった。
まだ燃え盛る我が家の炎が、健人の横顔を不気味に照らし出す。
その手のひらは、自分の爪が皮膚に食い込み、赤い血がぽたぽたと滴り落ちていた。
それでも健人は、さらに強く拳を握りしめる。
「……あのクソ女……殺す」
ぽつりと呟いた言葉は、さっきまでの少年のものとは思えないほど、冷たくて深い殺意に満ちていた。
健人の顔が、ゆっくりと歪んでいく。
泣いているのではない。笑っているのだ。
頬を引きつらせ、目の光を完全に消し去った状態で、健人は狂ったように笑い始めた。
「あっはは……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
狂ったような笑い声が、夜の闇に響き渡る。
頭の中で、あの茶髪の少女の顔と、焼け焦げた家族の遺体がぐるぐると回り続ける。
そのすべてを消し去る方法は、ただ一つ。
あの女をこの手で、跡形もなく、絶望のどん底に突き落として殺すことだけだ。
「殺す……絶対に、殺す……!」
野球のボールを握っていたその手は、今、完全に『人を殺すための拳』へと変わっていた。
正義も、法律も、子どもらしい純粋さも、すべてあの炎の中に置いてきた。
その日、東京の燃え盛る火災現場の真ん中で。
一人の平凡で、野球が大好きだった小学生が、復讐という名の黒い服をまとった『悪魔』へと、完全に生まれ変わろうとしていた。




