第14話 ソリハという少女のお悩み
薄紫の回廊には風など吹いていない。地面は白く、様々な花の匂いが鼻腔に伝わる。
花自体はこの異空間に全く無いというのに。
私は長い回廊の果てで、ある花壇に入った。そこには青空があって、地面は花でいっぱい、壮大無辺な空間。
私は足を止めさせて、眼の前の魔女ソリハに問いかける。
彼女は一切振り返れず自分の杖を強く握っていた。
「もう教えたはずなんだけれど、私は死ぬほどあのものを殺したいと考える」
「あのものを殺るのは重々理解したんだけど、本来今のあなたの目的がいまいち。ねぇ、教えてくれない?」
彼女もまたイマイチ、言葉も一切返せず。ただ、この回廊を前進していく。
私は彼女の後を追って、
「シズク、あなたはアンジェリカを守護するのが任務。これ以上はもう問い詰めないでください」
相変わらず、感情が籠っていない言葉だ。
お兄――嫌、この世界ではアンジェリカを守護するのは私の責務。全うするのは当然。
しかし、守護の任務を与えたこの魔女は些か偏った常識を持ち合わせている。
口が固い魔女の前にして、問いかけるのを諦めた。
魔女は花壇の中心に置かれている椅子に腰をかけていた。
「座ってちょうだい」
私は従って魔女の近くに座る。
魔女ソリハは無詠唱魔術で書物を召喚して、無表情のまま読み始めた。
「全てはアレシアのために」
◇◇◇
小鳥の鳴き声が響き渡る庭にて、花に囲まれ、香ばしい紅茶を啜りのんで、アンジェリカとソリハは対面している。
対面と言っても、二人の間では特に会話など成り立っていない。
ソリハはアンジェリカの事を一方的にライバルだと思い込んでいる。ライバルの前にして、平然とお茶会を行うのは些か心残りがある。
ただ、ずっと沈黙のまま紅茶を飲むのも内心では曇る。それによって、ソリハは意を決して話題を開く。
「あ、あのお。アンジェリカ様。どうしてわたしなんか…それに、どのようなご用事で?」
「あら、ダメだったかしら?私はただ、ずっと夢に出ているあなたとお会いしたかったです」
「夢って、わたしはそのような力をお持ちしません」
「知っていますわ」
「では、どうーー」
「ただ、ふと思ったんです。あなたはどうしてそのような力を持っていなかったのかを」
ソリハが言葉を終える前に、アンジェリカが途中で割り切った。
「へ?」
「では、まずは一から話しましょうか」
アンジェリカはこれまで自分が担当している事件を短く話している。
それは勇者の存在が突如現れた話と、龍神が殺害される話だった。
そして、アンジェリカ自身の夢にも繋がる『魔女ソリハ』との関わりも。
「もしかしたら、それが貴女なんじゃないかなと思うのですが…」
「ち、違います!わ、わたしじゃありません!」
「…そうかもしれませんわね」
アンジェリカは自分のバッグからあるものを取り出した。それは紙一枚の、しかもソリハはその紙をどこかで見覚えがある。
アンジェリカは紙で記載されている内容を見せて、問い始めた。
「これは退学届ですね…どうして退学したのですか?」
「そ、それは……」
「わたしも貴女のことを調査しました」
アンジェリカは別の紙を数枚、取り出していた。記載されているのは講義のテスト結果だ。
「な、なぜ、それを…」
「詳細は言えませんが、貴女、何回も零点を取ったそうですわね」
「そ、それは……」
ついついと顔を俯かせるソリハ。言葉を失って、何の話もできなかった。突然、自分のお腹が痛んで、顔色を悪くする。幸い、相手はこちらの様子をあまり窺っていない。
「おそらく、先ほど私が話した『魔女ソリハ』は貴女とは無縁の存在でしょう。だから、今は『魔女ソリハ』のことを置いといて、正直に話してもらえるかしら?公にしないと、約束する」
(約束…か)
国お姫様が……国のお偉いさんがそのような言葉を発しても、ソリハの心には曇りから晴れていない。むしろ、約束の言葉を聞いた時点で、ソリハは自身の前にいるアンジェリカのことを疑わざるを得ない。
だって、今まではずっと苦いものを食わせていたからだ。
「わ、わ、わたしは…話したくないです」
一方的に話を進めなかった。お姫様に裏切られるのが怖い。自分が裏切られるのが怖い。ソリハは内心で恐怖に満ちた。そもそも、アンジェリカが約束を守れる立場にいるのは、到底考えにくい。ソリハも、アンジェリカのことを良く知らない。
ソリハは震える体で立ち上がって、お茶会の場から離れている。
◇◇◇
『俊輔……、あなたは意外と無礼極まりないお方ですね』
(うるせえ)と通信魔法でアンジェリカ…中身は冨岡俊輔で、魔女ソリハと会話する。
魔女ソリハは鼻を鳴らして、俊輔を軽蔑する。
俊輔は今回の件であまり言葉を返せなかった。たとえ自分が今『アンジェリカ』というお姫様の身であっても、信頼関係をそう容易く築けるものではなかった。
今までは『アンジェリカ』というお姫様身分で人間関係を容易に築け上げたものの、どうやら今回の調査相手は強く拒絶しているらしい。
『まあ、今回はさておき、元の世界でシズクの日記を見つけたのかしら?』
(まだだよ、ちくしょう)
俊輔はティーカップに注がれる紅茶を飲み干して、同時に襲いかかる二つの問題を片付けなければいけなかった。だから、今は頭が来ている。
(魔女ソリハ殿)
『何かしら?苛立っているのを感じているのよ』
(お前やシズクのことは調べたくてしょうがないけど、何故か今離れていたソリハのことでいけないところを深く触れたんじゃないかと思い始めたよ。何故か見てみぬふりできない気がする)
背を失った現実世界のソリハ、そして通信魔法で話している魔女ソリハ。
どうもこうも胡散臭い話をしているが、やはり一つずつ問題を片付けなければいけない。
『片付けたければいいですよ。ただ、時間も迫ってくるし』
(はあ、時間って何だよ?)
唐突の話で俊輔は手を組んでいる。唐突、まさに唐突すぎる話だ。もしや今までのやったことで時間制限というものがあるのかということなのだろうか?
俊輔は眉間を寄せて、気分を悪くする。
『もうすぐ魔法戦隊スタームーンがこの国に訪れる。ソリハの問題を解決したければ、できるだけ魔法戦隊スタームーンが来る前に終わらせてくださいね』




