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アマルガムの魔匠  作者: 字書き狸
交易港ナウマリスを覆う暗雲

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第9話 降り始めた雨

4月2日 火曜日。


目を開き、見慣れぬ天井と目が合った瞬間、テオはため息をつく。

ベッドから起き上がり、隣のベッドを見るとエリアンはまだ寝ているようだ。


(憂鬱だ…。早くこのクソったれな依頼を終わらせないと…)

昨夜の経費の事を思い出し再びため息をつく。


調査は何日かかるか分からない。

長引けば長引くほど利益は減り、あっという間に赤字へ突入するだろう。

昨日食べたシーフードパスタは味がほとんどしなかった。

いや、美味しかったような気もするが経費の事で頭がいっぱいで味の記憶があまりないと言った方が良いだろう。


(腹減ったな…、飯食うか…)




食料を置いているリネットの部屋の扉をノックする。


「開いてますぅ…」


中から聞こえる声に力がない。

扉を開けると、ベッドに腰掛け両膝に肘を乗せて手を額に押し当てるリネットの姿があった。

その苦悩の様子から、どうやら同じ事を考えていると思われる。


リネットはテオを一瞥する。

「朝ごはんは抜きませんか?」


「まだそこまでやばくないだろ」



     ◇



昨夜の食事帰りに買っておいたシーフードの缶詰を開け、パンに塗る。


(ちょっと塗りすぎたかな)


パンにはまだ余白が十分にあるが、先程リネットと交渉し3人で1缶だけという事で手を打ったばかりだ。

量はパンの方で稼いで具は節約しなければならない。


「ん、思ったより美味しいですねぇ」


先に塗り終わったリネットが一口食べた感想を意外そうに語る。

当然の如く安いものを買ったため、味には全く期待していなかったが予想に反して口に合ったようだ。


「おぉ、確かに」


多少塩辛いが量を抑えているため丁度良い塩梅だ。

なんとなく昨夜のパスタもこんな味だったような気がしてきた。


エリアンが扉を開ける。

「よぉ、2人とも早いな」


「これ、みんなで1缶だけですからね」


「…。へーい」

リネットのじっとりとした視線からいろいろと察したのか、分かってるよと言わんばかりの返事をする。




「今日はどうしますぅ?」

先に食べ終わったリネットが今日の動きを尋ねる。


「うーん、そうだなぁ…」

まだ何も塗っていないパンを片手に、エリアンは手を止め天井を見上げる。


情報は『熊が出た』以外何もない。

ノーマンらしい。

報告された内容が正確である保証は無いのだ。

勘違いや恐怖から来る幻覚まで不確定な要素が非常に多い。

そのため自分達で見聞きしたものを精査し、何が事実であるかを一つ一つ確定させろというスタンスなのだ。


「まずは聞き込みだな。三手に分かれて情報収集、その後集合してから精査する」

視線をパンに戻す。

「もし調査を進めるうえで有益な手がかりがなければ、範囲を広げてもう一度聞き込みだ」

そう言って残ったシーフードをスプーンで掬い始める。


「ふむ…。たぶん夕方くらいには終わりますよねぇ?」


「うん? そうだなぁ。まぁ2往復くらいしたらそんなもんじゃないか?」

エリアンはそれがどうしたという感じでシーフードをサンドしたパンを頬張る。


「じゃあ夕方から納品物を仕上げましょう」


パンを咥えたまま硬直したエリアンを力強く見つめながらリネットは続ける。

「昨日はノーマンさんが来て中断しちゃいましたが、あの魔法具今週までですからね? 今週って日曜までじゃないですよ? 金曜ですよ?」

さらに追撃の手を止めない。

「金曜って言っても役所の手続きが17時までに終わらないとペナルティですからね? この街の統括局の支局に依頼すれば帝都に配送はしてくれるみたいですが…」

「あくまでも受注したところでの手続き完了ですからね? つまり木曜の17時までに支部に持ち込まないと厳しいですからね?」


「わ、分かってるよ…」


「まったく…。こういう事が起きるからさっさと仕上げればよかったのに…。だいたいですね、余計な事して壊さなければこんな事には」




止まることの無いリネットの説教を聞きながら朝食を済ませたエリアンは後に語った。

「あのシーフードのサンドの味が思い出せない」



     ◇



一行が準備を終えて外に出ると雨がぱらつき始めている。


「珍しいな。ナウマリスは海賊が発生させる低気圧の影響で本来は年中雨だが…」

エリアンは手を空にかざしながら興味深そうに続ける。

「街の外に設置してある下降気流を発生させる気象装置のおかげで比較的晴れが多い都市なんだ」


「俺達の悲壮感が漂う状況にぴったりな天候だな」

ボソッとテオが呟く。


「毎日晴れってわけでもないし偶々でしょう。そのうちやみますよぉ。そんな事より聞き込みにいきましょ」


「そうだな…」

天候が気になりつつも今はリネットに従順である事を選択し、中央広場の方へ歩き始めた。




中央広場の時計台前に到着するとエリアンがテオとリネットの方に向き直る。

「昨日も言ったかもしれんが、右手が繁華街方面、正面が港方面、左手が住宅地方面だ。いったんここで分かれよう」


「今来た大通りの方はどうするんだ?」

テオが振り返りつつ確認する。


「あっちはこの街の唯一の門があって、外から来たやつが多いからな。後回しで良いだろう。検問所にはそれなりに大事な情報はあるだろうが…」

「お前等もこの街の事を多少知ってから聞いた方が効率良いだろうからな。だから後で3人で行こう」


「了解」


「分かりましたぁ」


「じゃあ1〜2時間くらいしたらまたこの広場に集まるか。その後宿に帰って情報整理しよう」


「じゃあ俺は海をじっくり見たいから港の方へ行くぜ」

テオが意気揚々と立候補する。


「私はお店見て回りたいので繁華街方面が良いですねぇ。昨日はあまり見れなかったので」

ならばとリネットも続く。


「おい、観光じゃないからな? ちゃんと熊の聞き込みしろよ? じゃあ俺は住宅地の方行くわ」

エリアンは若干の不安を覚えつつも分担を了承する。


3人はナウマリスの街へ散っていった。

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